寒い冬も終わりを告げ、日々暖かくなってくるこの季節。
冬物をしまい、春物を出してきて心機一転。
そして私は一つ年を重ねる。
――― HAPPY BIRTDAY ―――
去年は確か三蔵の部屋で祝った。
シンプルに、本当にシンプルに、ケーキだけだったけれど、貴方がプレゼントに選んでくれたピアス。
アメジストの石の入った小さなロザリオが、今も耳元で揺れている。
三蔵と付き合いだして二度目の誕生日。
今年は何をしてくれるんだろ?
秘かに楽しみを胸に抱きながら、は仕事に向かった。
誕生日だからとて休みが取れるわけでもなく、ただ定時にあがれる事だけを胸に仕事をこなす。
昼休みが過ぎ、そして就業時間である17時30分がきた。
今日、何度目かのメールチェック。
それでも、そこには一通のメールも届いてはいなかった。
三蔵のことだし、めんどくさくて送ってこないだけだよ。
そう自分に言い聞かせ、はカバンを手に会社を出た。
ぼんやり歩きながら考えるのは、恋人である三蔵の事。
そういえば、最近はお互いに忙しくて会っていなかったな。
前に会ったのは・・・ああ、バレンタインデーだ。
甘い物が苦手の三蔵に、ビターチョコの小さなケーキを焼いてあげたっけ。
つい先日のホワイトデーは「仕事が忙しくて暇が作れねぇ。次に会う時まで楽しみに待ってろ」
そう言われた。
だから、誕生日と一緒にされてもかまわないかと思った。
思ったのに、電話一本すら入らない。
メールだって・・・。
いつの間にか辿り着いた家に、不貞腐れながら入った。
パタンと扉が閉まれば、閉ざされた一人の空間。
一人の闇。
「忘れてる?それとも、仕事に追われてるから?」
シャワーを浴び、夕食を食べる事もせずベットに入ってケータイと睨めっこする。
ねぇ、三蔵。
一言でいいの。
忙しいなら、逢いたいなんて我儘言わないから。
一言・・・
メールをちょうだい?
でないと、私・・・。
時間は無情にも、その速度を変えることなく過ぎていく。
日が替わっても、三蔵からの連絡はなかった。
「こんなに寂しい誕生日・・・初めてかも。」
遣り切れない想いを胸に抱き、頬を濡らしながら眠りに就いた。
朝から会議に追われ、ようやく一息ついたのはお昼を大分回ってから。
決算期もあってか、この時期は何かと忙しい。
それでも自分の秘書の八戒が色々と仕切ってくれることもあり、仕事に押し潰されるということはなかった。
読んでいた書類を机に放り出し、眼鏡を取って疲れた目元を軽く指圧する。
ノックの音と共に入ってきた八戒はコーヒーをそっと机に置いた。
「三蔵、昨日はどうでした?」
「ああ?久しぶりに早く帰れてよく休めたが・・・それがどうした?」
「三蔵!?貴方、昨日一人だったんですか?」
「当たり前だ。最近帰るのが深夜続きだったんだ。疲れた身体で何処へ行けっていうんだ。」
「それ、本気ですか?」
そうですよねぇ。
困りましたねぇ。と言っている八戒の笑顔がだんだんと黒く淀んでくる。
俺は何かしたのか?
ただ、真直ぐ家に帰り寝た。ただそれだけだ。
やましい事なんざ何もねえ。
「三蔵。昨日が何の日だか覚えてます?」
「昨日・・・別に祝日じゃねえだろ。何かあるのか。」
そう答えた三蔵の言葉に、あからさまに溜息を吐く八戒。
「僕が何の為に昨日の夜空けたのか、解ってませんね。」
「だから何がある。」
「さんの誕生日ですよ。」
告げられた事実に、三蔵は数分固まった。
ようやく開いた口からは、擦れた声しか出てこなかった。
「な・・・んだと?」
「だから、貴方の恋人であるさんの誕生日だと言ったんです。」
忘れていた。
おそらくあいつの事だ。ギリギリまで待ってただろう。
クソッ。情けねえ!
仕事の事なら何一つ忘れる事などないのに、テメェの彼女の誕生日を忘れるなんざ、俺は一体何をしていた。
手荒く机の引き出しから、黒い小箱を胸ポケットへしまい立ち上がった。
「八戒!」
「ええ、かまいませんよ。その代わり、いい結果でなければ承知しませんよ?」
「当たり前だ。あいつは俺のモンだ。」
必ず手に入れてみせる。
慌ただしく社長室から出ていく三蔵を見送った八戒は、窓から晴れ渡る空を見上げた。
恋愛に臆病なのは自分も同じ。
けれども誰も寄せ付けない、他人が踏み込む事を拒む、そんな三蔵の殻を破っただから期待してしまう。
このまま二人が結ばれればいいのに、と。
「もし失敗するようなら、僕がもらっちゃいますよ。」
眼鏡の奥の翡翠の瞳が不敵な笑みを浮かべた。
何度も何度もケータイを鳴らした。
家にもかけた。
「クソッ!出てくれ!!」
苛立ちと、どうにもならない想いを吐き出すが、やはりの透き通るような声は三蔵の耳へ届かなかった。
とりあえず会社へ連絡し、出社しているか確認すると、ちゃんと出社しているとのことだったので、三蔵はの会社の前へやって来た。
まだまだ就業時間には程遠いが、逃げられては困る。
会社の前の街路樹に寄り掛かり、タバコに火を点けた。
ここにいれば必ず逢える。
、早く来い。
今日は一日がぼんやりしている間に過ぎていった。
着信拒否をしたケータイは、カバンの底で眠っている。
お昼までは、それでももしかして?なんて希望はあった。
でも、やっぱりケータイは鳴らなかった。
たかが誕生日一つで別れる?
別に別れたいわけじゃない。
三蔵は大手企業の社長なんだから、仕事が忙しいのは当たり前。
それは解ってる。
だから逢えなくてもいいの。逢いたいなんて我儘を言うつもりもないの。
ただ一言。その一言が欲しかったんだけどな。
溜息を一つ残し、は席を立った。
「・・・帰ろ」
何一つやる気の起きない重たい身体を引き摺り、ただただ足を進めた。
一階へ降りると、入り口に女子社員の人集りができていた。
一体何事なのだろう。
まぁ、自分には関係ないか。
そう思い、彼女等の間を抜けて外へ出た。
そしてそこにいるはずのない人物を見て、は逃げ出した。
・・・ずるい、三蔵。
涙が頬を濡らす。
視界がぼやけるが、気にせずに走った。
「待て、ッ!クソッ・・・待ちやがれ」
女子社員の間から、我関せずといった感じで現われたが三蔵を認めて、すぐにきびすをかえして逃げ出した。
逃がしやしねえ!
俺が本気なのはおまえだけだ。
逃げるの腕を掴み、その足を止めた。
小刻みに震えている身体に気付き、の身体を己の方へ向けると泣いているのが解った。
そのままを腕のなかへ閉じ込める。
腕の中で、逃れようとあがいているの耳元へ顔を寄せた。
「、俺が嫌いか?」
低く問い掛けた言葉にピクリと反応したは抵抗をやめた。
「ずるい。・・・三蔵は・・・ずるいよ。」
「ああ。」
「仕事が忙しいなら逢えなくてもいいの。でもね・・・でも」
「ああ。悪かったな。すまねえ。」
俯いていたが、涙に濡れた顔を上げた。
「さんぞが・・・謝った。」
「るせぇ。」
「さんぞ、やっぱりずるい。」
「。一日遅れだが、誕生日プレゼントだ。返品は不可だぞ。」
「三蔵からのプレゼントだもん。返品なんてしないよ。」
涙を拭い、僅かに微笑んだに胸ポケットに入れていた黒い小箱を差し出した。
それをの目の前で開けた。
夕日を受け輝きを増す、箱の中の一粒の煌めき。
シンプルなプラチナのリングの中央に、存在を誇張するように輝く宝石。
「・・・うそ。」
「うそじゃねえ。一回しか言わないからな。」
夕日に照らされてではなく、恥ずかしくて赤くなる頬を手で隠しながら蒼い瞳で真直ぐ三蔵を見つめた。
「おまえは俺のモンだ。これからずっと俺の傍にいろ。言っとくが、拒否権はねえぞ。愛している。」
返事の代わりに止まっていた涙をまた溢れさせながら、コクンと一つ頷いた。
ったく、見てて飽きねえぐらいにコロコロ表情を代えていく。
「。泣くか笑うかどっちかにしやがれ。」
「・・・だ・・・て・・・えへへ。」
そんなの左手をとり、薬指へはめてやった。
おまえは誰にも渡さない。
逃がしやしねえ。
ずっと、ずっと俺の傍にいろ。
。
たっぷりと愛してやるよ。
永遠にな。
桜羅様、お誕生日おめでとう御座います。
ここに日頃の感謝の気持ちを込めて、ささやかですが夢をお届けいたします。
桜羅様にとって、また素敵な年が過ごせることを願って。
蒼稜