見上げれば紺碧の空
雲一つない青い海
眩しいばかりの金色が
存在を主張するように
照り輝いている
――― As ever ―――
ジープの後部席で何をするでもなく空を見上げていた悟浄が不意にその身体を起こした。
連日の野宿が続いている。
今朝は早くから走りだして、もう陽も高くなってきた。
妖怪の襲撃もなく、平和といえば平和なのだが・・・。
「後どれくらいかかるんだ?」
「そうですねぇ。そろそろ・・・ああ、あの山の向こうですよ。」
「山!?」
のん気に返された言葉に悟浄が聞き返し、悟空が身を乗り出して前方にそびえる山を見た。
そうすぐには越えれないであろう高さの山。
「マジかよ。」
「げ〜ッ。俺、腹減った〜ッ!!」
へなへなと崩れ落ちる悟空。その後を追うように、盛大な音があがった。
もちろん悟空のお腹の音だが、いつも以上に大きく聞こえるのは気のせいではないだろう。
「八戒〜。街に着く前に飯って」
「無理です、悟空。」
「ゲッ・・・もしかして食糧ないとか?」
「当たりです。」
ミラーに映っている八戒がにこやかにほほ笑み、人差し指を立てた。
逆に、がっくりとうなだれる悟空。
「気分転換に何かしない?」
がそう言った時、上空を飛んでいた青龍が舞い降りてきた。
青龍がの腕にとまったと同時に前方に妖怪の一団が現われた。
毎度代わり映えのないセリフを吐き、高笑いをする奴らに、三蔵をはじめ全員が溜息を吐き出した。
「うぜぇ。」
「無視するに限りますね。行きますよッ!」
アクセルを踏み込み、スピードを上げる八戒。
妖怪一団も予想外の展開に半ば茫然とし、立ち尽くしている。
その脇を一気に駆け抜け何事もなく・・・・・・は終わらなかった。
数百メートル距離が開いたところで、ようやく我に返った妖怪たちが文句をつけながら追い掛けてくる。
「やっぱり気付いたみたいだよ。」
「無視ってわけにはいかねえか。なら行け、悟空。」
「なんで俺なんだよ!悟浄が行けばいいじゃんか!!」
を挟んで掴み合いの言い合いをしている悟空と悟浄。
とばっちりが降り掛かりそうなのを察知したは、静かに頭を伏せて小さくなった。
「てめぇら、いい加減にしやがれッ!!!」
三蔵の激怒した声と鈍い音がした次の瞬間には両隣の二人の姿が消えていた。
なんともいえない悲鳴が後方から聞こえてくる。
恐る恐る伏せていた顔を上げ振り返ると、妖怪たちの間に蹴落とされたであろう二人の姿が見えた。
もちろんジープのスピードは減速していないし、三蔵は二人を気にすることなく助手席に座りなおしタバコをふかしている。
どんどん離れていく距離にの胸に不安が過るが、これも今に始まった事でもない。
けれども、慣れたものでもない。
「大丈夫かな。」
「心配いりませんよ。すぐにケリがつきますから。」
後方に薄らと確認できるのは、舞い上がっている砂埃のみ。
文句を言いながら妖怪たちに八つ当りしてるであろう二人の姿が容易に想像できてしまう。
妖怪一団といっても、ざっと五十匹ほど。
悟空にしても、悟浄にしても、そんな雑魚を蹴散らすのは朝飯前だろう。
ある程度距離をおいたところで、八戒はジープを方向転換させ悟空と悟浄を拾いに戻った。
案の定、倒した妖怪たちの脇で地面に仰向けに寝転がっている二人がいた。
やられたわけではなく、ただ単にお腹が空いて動けないだけのようである。
紅い瞳と金色の瞳が非難がましくジープの上の三蔵を睨みつけている。
「ったく、たまには三蔵もやれって〜の。」
「いきなり落とす事ないじゃんか!」
「言う事はそれだけか。なら行け、八戒。」
三蔵の一言で走り出そうとするジープに、慌てた二人が飛び乗った。
肩で息をしている二人に、は水筒を手渡した。
それを奪い合うようにして飲み干すと、ようやく一息ついたのか悟浄はぐったりと身体を倒した。
「お疲れさま。」
「ホント、疲れたってぇの。」
「俺、マジ腹減って死にそう。」
豪快なお腹の音がまたしても後部座席に落ちた。
涙目の悟空がミラー越しに八戒を見て、無言で訴えている。
それに苦笑しながらも、スピードをあげたということはどうやら悟空の願いは届いたみたいで・・・。
小一時間もかからないうちに山を越えて、街に辿り着く事が出来た。
ジープを飛び降り、真っ先に街一番の料理店に駆け込んだのは言うまでも無く悟空。
苦笑いを湛えたが、その後を追うように入っていった悟浄の後に続いた。
賑やかな店内を見渡すと・・・・・・・。
早速ウエイトレスを捕まえて注文をしている悟空と、また違うウエイトレスを捕まえてナンパしている悟浄が目に入った。
「ええっと〜・・・。油淋鶏、軟炸鶏、炸子鶏、芙蓉蟹蛋、蝦仁炒蛋、乾焼蝦仁、炸蝦球、百花蟹爪、鮑魚鮮貝、青椒牛肉糸、蒜苗牛肉、酢豚、回鍋肉、獅子頭、糖醋丸子に炒飯かな。とりあえずこんだけ!全部5人前で頼むな。」
「は、はい。かしこまりました。」
「ねえ、お姉さん。独身?いや〜、こんな綺麗な人に会えるなんて思っても見なかったからさ。名前なんて〜の?」
「え///あの。」
スッパ〜ン!
真っ赤になったウエイトレスの隣で頭を抱えて蹲る悟浄を尻目に、三蔵は空いている席に着いた。
「バカの一つ覚えだな。」
「んだと!いい女に声かけなきゃ失礼だろ。」
「フン。くだらん。」
居辛くなりペコリとお辞儀をして去っていこうとしたウエイトレスをが呼び止めた。
「あ!待って。炒油菜追加でお願いしていいかな?」
「5人前でしょうか。」
「1人前で。」
先程の悟空の注文を聞いていたのだろう、それを訂正してからも空いてる席についた。
少し遅れてやってきた八戒も席につき、ようやく全員がそろった。
そして八戒もウエイトレスを捕まえてビールを注文した。
暫くしてテーブルの上に所狭しと並べられる皿、皿、皿。
肉、肉、肉。
ビール、ビール、ビール、烏龍茶。
それを片っ端から片付けていくのはもちろん悟空と悟浄。
見慣れた光景といえばそれまでだが、やはり尋常ではないのだろう。
店内にいた客の視線を独占してしまっている。
それすら気にすること無く箸を進める悟浄が一つだけ残っていた炸子鶏に手を掛けた。
「あ〜ッ!それ俺のだぞ。返せよ。」
「んだと?名前でも書いてあんのか。え!?」
「俺の皿に置いてんだろ!」
「知らねぇな。食わないお前が悪い。」
「取ってんだよって、あ〜〜ッ!!!」
「てめぇら、うるせえんだよ!!!」
ガウン!
ガウン!
「「ぎゃ〜ッ、当たる!」」
「三蔵。流石に店内ですから、そのくらいにしておかないと。」
「フン。」
それでも止まる事を知らない手と口。
言い争い、基、取り合いをしながらも次々と空になっていく大皿。
最初に注文していたのは既にそれぞれの腹の中に収まり、追加注文した分は底無し胃袋の持ち主の悟空と悟浄の中に納まっていく。
野宿が続いた後なんかは大概こうだ。
その時足りなかった分を補うかのように食べているんだから。
は既に食べ終えて、どうしたものかと思案していた。
いつもなら八戒が宿を探しに席を立つのだが、あいにく今日は三蔵と一緒にお酒を飲んでいる。
かといって、自分はもうお腹いっぱいで箸を置いている。
なら――
「三蔵。ぶらぶらしてきていいかな。」
「ああ。」
少し頬を染めた三蔵が短く答えた。
それに続くのは八戒で、ビールから紹興酒に代えて飲み進んでいたグラスを置いた。
「。宿屋は先にとってきました。もしここに居なければ、通り向うの宿に行ってくださいね。」
「わかった。」
じゃあ、と短く手を振ってからは中華料理店を後にした。
ぶらぶらと久しぶりの街を満喫しながら歩いていく。
大きな街なだけあって、お店も色々と揃っている。
服屋、薬屋、雑貨屋、花屋、本屋までが店をかまえていた。
一本裏に入ると、悟浄が好きそうな賭博場や酒場も見て取れる。
今夜辺り、悟浄は意気揚揚と出かけていくだろう。
大体を見て回り、時間にして小一時間が経っただろうか。
照り輝く太陽も和らぎだしたので、は八戒に教えられた宿屋にむかった。
軒をくぐると、愛想のいい主人が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。」
「あの・・・たぶん連れが先に来てると思うんですけど。」
「今日はお昼過ぎに五名様を受け付けたきりです。それに、その方もまだ来られていません。」
「え、まだ来てない?」
宿の主人に礼を述べてから、は宿屋を飛び出した。
何かあったのかもしれない。
それこそ妖怪の襲撃や、もしかしたらが居ない事を察した焔たちが魔天経文を奪いに来たのかもしれない。
街の人たちが騒いでいない事を考慮すると、おそらくは後者だろうか。
やみくもに探すよりかは、何か情報が得られればと考えたは料理店へ駆け込んだ。
そして目にした光景に、いつの間にか焦りは吹き飛んでいた。
先程と変わらないテーブルで、何やら顔を寄せあっている三蔵たち。
近寄りがたい雰囲気がの足を止める。
仕方がないので、入り口近くの会計場にいたウエイトレスに小声で事情を尋ねると、奥にいた店主までもが顔を出してきた。
「確かお客さんもあの人たちの仲間だよな?」
「・・・そうだけど、何したの?」
首を傾げるに店主が事細かに事情を説明してくれる。
が席を立ってからもずっと飲食していた三蔵たち。
店側にしてみれば、儲けが出て万万歳のはずが、いざ会計という時に出されたゴールドカードの残高不足で支払いが出来なかった。
なら現金で払ってもらおうかと詰め寄ったら、「なんとかするから少し待ってくれ」と、それからあの状態が続いているという。
「なんだ、そんな事か。」
「そんな事って、こっちにしたら死活問題だよ。」
溜息を吐き出しがっくりと肩を落とした主人に、は胸元から取り出したゴールドカードを手渡した。
前にいた世界から桃源郷に来るときに観世音菩薩から貰っていた物だ。
使った回数は一度きり。
しかも紅孩児の妹李厘にご飯を奢った時に使っただけ。
三仏神が入金し忘れていたとしても、三蔵のに比べてかなりの額が残っているはずである。
「僕のなら大丈夫だと思うよ。」
受け取った店主がそのカードを機械に通すと、何事もなく料金が引き落とされた。
「ありがとうございました!」
「こちらこそ、ご心配とご迷惑をお掛けしました。」
「とんでもない!なんなら夕食も」
そう言いながら返されたカードを胸元にしまい、は三蔵たちのテーブルに近づいた。
まだ三蔵たちは気付いていない。
額を寄せあい、こそこそと何か言い争っている。
「だいたい、てめぇらが調子にのってバカみたいに食うからこうなるんだろおがッ。」
「んだ〜?そう言う三蔵だってバカみたいに飲んでたじゃねえか!」
「俺より悟浄の方が多かったって。」
「なッ、バカ猿の方が多かっただろ!」
「まあまあ、みなさん落ち着いて。言い争っていても何の解決にもなりませんから。」
「つうか、おまえも結構な量飲んだだろ。」
「何か言いましたか、悟浄?」
「なんでもありませ〜ん。」
「現実的な話、持ち金はこれだけなんですよ。後は・・・」
「こいつらに働かせれば問題ねぇ。」
「「だから、なんで俺たちなんだよ!!」」
「てめぇらが一番食っただろおが。」
まだまだ聞いていても飽きないが、さすがに面白すぎて小さく笑ってしまった。
それを聞き付けた四人が一斉に顔をあげる。
「あ〜ッ、びっくりした。」
店主が来たのかと勘違いした悟空がへなへなとイスに崩れ落ちる。
「よ、お帰り。いい女でもいたか?」
引きつった笑みを浮かべながらも、冗談を飛ばす悟浄。
「おまえは先に宿に行ってろ。」
八戒と顔を見合わせた三蔵は、何事もなかったかのように突き放す。
三蔵は・・・三蔵だけが知っているの秘密。
だからなのか、余計に庇われているように感じる時もある。
さっきの戦闘だってそうだ。
いくら三蔵と八戒も参加しなかったとはいえ、僕も不参加だなんて。
三蔵の優しさだとわかってはいるが、仲間なんだから言ってくれてもいいんじゃない?
「言いにくいんだけど、宿に行ってもカード使えないんじゃない。」
「「「「あッ!」」」」
誰も気付かなかった新事実に、更に青ざめる四人。
面白いので、暫らくはこのまま黙っていよう。
僕だけ仲間外れってのも嫌だしね。
そうして、真実はの胸の中にしまわれた。
が、こうしている今、青ざめていたのは三蔵たちだけではなかった。
天界の三仏神も、入金し忘れていた事を思い出し慌てふためいていたとか、いなかったとか・・・。
こうしていつものように騒々しい一日は幕を降ろしていった。
【参考】
油淋鶏――鶏肉揚げ鶏の中華ソース掛け
軟炸鶏――骨なし鶏肉の揚げ物
炸子鶏――骨付き鶏肉の揚げ物
芙蓉蟹蛋――蟹の卵炒め
蝦仁炒蛋――芝蝦の卵炒め
乾焼蝦仁――芝蝦のチリソース
炸蝦球――すり身蝦団子の揚げ物
百花蟹爪――蟹爪の揚げ物
鮑魚鮮貝――鮑と貝柱の炒め
青椒牛肉糸――牛肉細切りとピーマンの炒め
蒜苗牛肉――牛肉細切りとにんにくの茎の炒め
酢豚――すぶた
回鍋肉――ボイル豚肉とキャベツの中国味噌炒め
獅子頭――豚挽肉の中華ハンバーグ(味付け挽肉を、団子にして、焼くか揚げるにしてしょうゆ味で煮込みます)
糖醋丸子――揚げ団子の甘酢絡め(酢豚のように、玉葱などの副材料が入っていることもあります。)
炒油菜――菜の花の炒め
空智太陽様、長々とお待たせ致しました。
三蔵一行の日常ということで、リクエスト頂いたのですが・・・。
そこで気付いたのは、今まで単品(相手)でのリク夢しか書いたことが無いということ。
まとまりが無いような気もしますが、申し訳ないです。
逆ハーでもない・・・ですね。もう、そのままの日常を書かせて頂きました。
(当サイトの三蔵桃源郷連載設定なので、男装ヒロインです。)
これからも、宜しくお願い致します。
蒼稜 07.04.18