――― important feeling ―――





最近、愛娘のの様子が変だ。
何がどうと言うのではないが・・・。
どこかそわそわしていたり、手にバンドエイドを貼る事が増えた。
五歳だから、というわけでもなさそうだ。
外で遊ぶ時は、決して危険な事はしないし、人一倍慎重派のが、指先だけに傷を作るのはどう考えても不自然だった。
理由を聞いてみたところで、パッと両手を背中に隠し、なんでもないの、と誤魔化されてしまう。


一体何をしてるんだ。
まさか・・・男・・・じゃねえだろうな?


愛しい妻の忘れ形見。
日に日に似てくるは、そこらの男・・・もとい、クソガキどもによく言い寄られている。
本人は至ってその気もないらしく、笑って断って、皆が皆、いい友達になっているらしい。


「・・・油断はできねぇ・・・か。」
「三蔵?何か言いましたか。」

零れ落ちた言葉に、書類に向けていた視線を俺へと替えた八戒。
こいつも幼い頃からの腐れ縁ってやつで、こうやって社会人になった今でも傍にいる。
まぁ、実際その腕のよさと保父の性格を見込んだうえで、俺が無理矢理秘書という肩書きに据えているようなもんだが。

「いや、なんでもねぇ。」
「そうですか?おや、もうこんな時間じゃありませんか。僕、行きますけど、ちゃんと重役会議出て下さいよ。」
「めんどくせぇ。ジジイどもの相手なんざ、他のヤツにやらせときゃいいんだよ。」
「そうもいかないですよ。頼みますからね。」

コートを手にした八戒が嫌味なまでの笑顔を向けた。
こういう顔をする時が一番怖い。
いや、心底怖いというわけじゃねえが、後で嫌味を言われるってのが、勘弁願いたいもんだ。
帰っていく八戒に気のない返事をしながら、また頭はの事で一杯になった。

「チッ、八戒なら何か知ってたかも知れねぇな。」

保育園から帰ってくるを迎え、夕食の支度をする為に帰らせた八戒のことを思う。
だが、何か知っていたとしても、本人から聞き出さないと意味がない。
手強いな。
溜息を吐き出しながら、机上の書類を手に会議に出席する為に立ち上がった。






























甘い香の漂うキッチン。

空気とは裏腹に、小さい悲鳴が時折あがる。
それに続くのは、心配そうな柔らかい声。

。市販のにしませんか?」
「ダメったら、ダメ〜ッ!!」

意志の強い真っすぐな目で見つめられた八戒は、やれやれと肩を竦めるしかなかった。
本当に三蔵に似て頑固というか、意志が強いというか。
小さな火傷を負ったの指に薬を塗り、バンドエイドを貼ってやる。
再び闘志を剥き出しにし、本日二度目の沸いた湯の入った鍋を作業台の上にそっと置いた。
その中に刻んだチョコと、バターの入ったボールを入れる。
それを湯煎しながら、別のボールで卵黄と砂糖を白っぽくなるまで混ぜる。

「そろそろいいですよ。」
「うん。でも、八戒さんは言っちゃダメ。向うで待ってて。」
「一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫よ!今度こそぜーったい成功させるから。だから」

ビシッと人差し指でリビングの方を指差す。

「解りました。ですが・・・」
「くどい!」

まったく誰に似たんでしょうね。
手を洗ってから、八戒はリビングのソファに腰を落ち着けた。
落ち着くのは腰だけで、どうも気持ちは落ち着かない。
これ以上、の手に傷を作れば三蔵が何を言いだすか。
それでなくとも、気になっているみたいですし。
誤魔化しようのない理由で、しかもにせがまれ、なるべく簡単な物にしてはいるが日に日に怪我が絶えない。
そんな少しせっかちな所は、今は亡き三蔵の愛妻によく似ている。
はぁ、と軽く溜息を吐き出せば、それを聞き付けて可愛い抗議の声があがる。
とりあえず、この心配も明日までですし・・・。
壁に掛けてあるカレンダーには赤くて大きなハートマークがついている。
それが明日、2月14日のバレンタインデー。




















保育園から急ぎ帰りついたは通園カバンを放り出し、一人キッチンに立った。
手を洗い、エプロンを身につけ、必要な材料を用意していく。
昨日までは八戒さんの家で練習していたので、自分の家のキッチンで作るのは今日が初めて。
やっぱり勝手が違うと幼心で理解した。
でもそんなことでへこたれるではない。
キッチンを粉だらけにしながらも、大好きな気持ちを詰め込んだチョコケーキを焼き上げた。
冷めたところで型からはずし、粉砂糖を全体にふる。
生クリームでデコレーションするより簡単で、シンプルで、そこまで甘くない。

「パパ、早く帰ってこないかな。」

壁掛時計を見上げたのと、玄関で鍵を開ける音がしたのはほぼ同時だった。
は自分が粉塗れであることも忘れて、大好きな三蔵を迎える為に玄関へと走っていった。

「パパーッ!お帰りなさい。」
「ただいま、。」

靴を脱ぎ、振り向いた三蔵は抱きついてきたを軽々と抱き上げた。
鼻に付く甘い香りに微かに眉を寄せ、改めて胸に抱き上げているに視線を向けた。
そして、その有様に絶句する。
髪にも顔にも白い粉が付いている。

「・・・一体何してたんだ?」
「えへへっ。来て。」

三蔵の腕から抜け出したがキッチンに姿を消した。
それを追って三蔵もキッチンに足を踏み入れた。
さっきより鼻孔をくすぐる香り。
そして花が咲いたような眩しい笑顔を浮かべたが、ケーキの乗ったお皿をそっとテーブルに置いていた。

「・・・どうしたんだ、それ。」
が作ったの!」
「一人でか?」
「うん。八戒さんに教えてもらったの。だってね、バレンタインデーだもん。パパにが作ったケーキ食べてほしかったの。」

そう告げられて、ようやく三蔵は全てを理解した。
カバンを置いて椅子に座り、膝の上にを抱き上げる。
そしてホークで一口分切り分け、口に放り込んだ。
ふわっとした口当たりに、口元が自然と緩む。
心配そうな顔のが三蔵を覗き込んでいた。

「・・・おいしい?」
「ああ。最高にうまい。頑張ったんだな。」
「うん。パパ、だーい好き!」

ギュッとしがみついてきたの頬に口付けを贈ると、「お返し」とも三蔵の頬に紅くて柔らかい唇を押しあてた。



溢れんばかりの愛情を貰った。
何物にもかえられない最高の贈り物を。


俺が愛しているのもおまえだけだよ。


再び軽くキスをして、三蔵はケーキを口に運んだ。


――― Happy Valentine's Day




ノンノ様、大変お待たせ致しました。
お相手は三蔵で、シスコンもしくはファザコンということでリクエストを頂きました。
色々考えた結果、三蔵の娘設定でこの月のイベントであるバレンタインデーともかけてみました。
一生懸命作ったチョコケーキを三蔵に。
愛情を込めて、また愛されて。いつまでもこの甘い一時を・・・。

キリ番の報告、そしてリクエスト、本当に有難う御座いました。
蒼稜


後書き