―― バスタオル ――
ポツリと一滴。
乾いたアスファルトを黒く染める。
ポツリポツリと小さな丸が重なり合い、やがて斑だったアスファルトを全部濡らしていく。
どんよりとした厚い雲からの、滴り落ちる雫。
それは次第に勢いを増していった。
「やっぱ夜までもたなかったか。」
天気予報では降りだすのは夜からだと言っていた。
それでもこの季節、いつ降ってもおかしくはない。
うんざりしたように紅い髪を掻き上げた悟浄は、視線を窓から室内の壁へと変えた。
そこに掛かっている時計は恋人の帰宅時間をさしていた。
朝出勤する時にちゃんと傘を持って行ったし、濡れて帰ってくる事はないだろう。
そう思っていたが、帰ってきたを見て悟浄は盛大な溜息を吐き出した。
それに眉を寄せながらも、は早くとばかりに手を差し出す。
「傘持って行ったんだろ。」
「・・・だって、会社出る時に降ってなかったから。」
口を尖らせながら困ったように言うにとりあえずバスタオルを被せた。
濡れた髪と剥き出しの腕の雨水を拭い、はそのままバスタオルを廊下にひく。
都内のワンルームマンション。
限られたスペース。
最小限の空間。
廊下といっても形ばかり。
玄関から数歩あるけば浴室のドアを開けれる。
その距離がちょうどバスタオル一枚分と同じ。
廊下を濡らさないようにひいたバスタオルだが、悟浄にしてみれば些か面白くない。
「チャン?ゴジョさんいるんだけど。」
「却下!狭い!廊下が濡れなくても壁が汚れる。」
「・・・さいですか。」
がっくりと肩を落とした悟浄の横をすり抜けて、は浴室へ入っていった。
パタンと閉めたドアに小さく呟く。
「悟浄が濡れるからよ。」
私だけならいいけど、悟浄が濡れるのは・・・ね。
それだけよく降ってきた雨。
脱いだ服を少し絞っただけで大量の水が滴り落ちる。
こんな状態で悟浄がお姫様抱っこなんてしたら・・・・・・考えなくても結果が見える。
この男にそんな事言っても無駄だといい加減学んだ。
「俺のことはいいの」そう言われた事が今までに数え切れないくらいある。
だから他の理由を探す。
悟浄が納得いく理由だと何もいわずに諦めてくれるから。
少し冷えた体をシャワーで適度に温めてから、ふとある事に気付いた。
「・・・バスタオルないじゃない。」
どうしたものか。
このまま浴室から出れば・・・紅い狼の餌食になりかねない。
いや。嫌いではない。
むしろ好きだからこそ、こうやって同棲しているのだ。
でもそれとこれとは違うだろう。
仕事の帰り、雨に降られてずぶ濡れで、疲れも倍増・・・とくれば、せめて夜まで待ってと自分じゃなくても言いたくなるんじゃないだろうか。
思案に暮れていると、その対象である悟浄が外からドアを叩いてきた。
シャワーの音が止んでいたからそろそろだとでも思ったのだろう。
「何?」
「忘れ物。」
ほんの僅かに開いたドアの隙間から差し出されたものは、今が一番望んでいた物だった。
「・・・ありがと。」
ふんわりとした感触のバスタオルは仄かな柔軟剤の花の香りと、付いたばかりのハイライトの香りがした。
これを持ったままタバコをふかして待っていてくれた悟浄の姿が目に浮かぶ。
いつもは強引なのに、こういう時は気遣ってくれる。
そんな小さな優しさが好き。
自然と緩む口元をタオルで隠しながら、ドアにもたれ掛かっている悟浄の影に手を添えた。
柔らかなタオルより、柔らかな貴方の温もりに包まれていたい。
いつまでも・・・。
後書き