が寝ている宿の一室。
その隣の部屋に顔をそろえる三蔵一行。
八戒の淹れたコーヒーを飲みながら、今後の事についての話し合いが進められていた。
「めんどくせぇ。足手まといは必要ない。」
「・・・・・・ですが、三蔵。観世音菩薩も言ってたじゃありませんか。」
「ハッ。それこそ知ったことか。俺たちに同行させるより、焔の奴に任せればよかったんだ。」
吐き捨てるように言った三蔵は、タバコに火をつけ窓の外を向いてしまった。
いくら菩薩の命だと言っても、当の本人がこの調子ではの同行の確立は極めて薄い。
八戒は苦笑しながらも、どうしたものかと視線を泳がせた。
その視線の先に、もう一筋の紫煙が映った。
ニヤッと口角を上げる悟浄。
「まあまあ、そう言うなって、三蔵サマ。いいんじゃねぇの?ヤローばっかの中に花一輪ってな。」
「くだらねぇ。見境なく盛ってんじゃねえよ、このエロ河童!」
「んだと!?だったらちゃん置いてくっつうのかよ。」
「貴様は何を聞いていた。さっきから、そう言ってるだろおが。」
「こんの、鬼畜生臭坊主!!」
「ホゥ、死にてぇらしいな。安心しろ、一発で決めてやる。」
ガウン!
悟浄の紅い髪が数本ハラリと床に落ちた。
米神をひきつらせながら、悟浄が三蔵に抗議の声を上げた。
が、それを紫暗の瞳で睨みつけた三蔵は再度引き金を引いた。
ガウン!
ガウン!
ガウン!
「マジ当たるだろぉが!!!」
「チッ、ゴキブリ並みのしぶとさだな。」
「んだと〜!!」
「まあまあ、悟浄も落ち着いてください。」
間に入った八戒に、勝手にしろと視線を投げつけた三蔵は、銃をしまいタバコに火をつけた。
上り行く紫煙を追い、視線を窓の外へと動かした。
不意に視界を一筋の黒が横切った。
普段ならたいして気にも留めないが、何故だかその黒をしっかりと紫暗の瞳へと入れた。
それは隣の部屋で寝ているはずの、異世界から来た女だった。
右も左も分からない桃源郷で一体何処へ行くつもりなのか。
だが、その足取りはしっかりとしていて、今この大地を、この現状を踏みしめて歩いているような…、そんな感じだった。
「チッ。」
苛立ち混じりに舌打ちし、三蔵は立ち上がった。
何かを言ってくる悟空と悟浄の言葉や、八戒の声を耳に入れるでもなく、
ただ「勝手にしろ。」とだけ吐き捨てて、三蔵は部屋を出た。
―――何故、自分があの女を追いかけているのか。
その理由すら見つけられないままに……。
目覚めて直ぐに耳に入ってきた声。
それが自分が倒れる前に聞いていた、三蔵一行の声だと認識するのに時間はかからなかった。
夢じゃなく、現実。
諦めにも似た溜息を吐きながら、は横たえていた身体を起こした。
こざっぱりと整えられている部屋の中に、一揃えの机とイス。
そして、自分が寝ていたベットが備え付けられている。
おそらくは、宿の一室だろう。
壁が薄いのか、彼らの声が大きいだけなのか…。
隣の部屋の彼らの会話が、あっさりと自分の耳に入り込んでくる。
「言いたい事、そのままって感じね。」
当たり前だろう。
彼らの……否、三蔵様の言っている事は。
―――足手まとい
それもそうだ。
右も左も解らない。
この世界の住人ではない私。
そんな私を連れての旅だなんて、足手まとい以外の何者でもないだろう。
だったら、気付かれる前に出て行けばいい。
何処か近くの寺院にでも行って、古い文献でも調べれたら、帰り方や、これからの事について少しは光が見えるかもしれない。
それでダメだとしても、焔って神様が何とかしてくれるだろう。
いや……。
絶対に何とかしてもらおう。
今の状況を作った張本人(無自覚)なのだから。
「善は急げってね。」
意を決したは、彼らに気付かれないように、こっそりと部屋を出た。
階下に下りると、帳場に宿の主人らしき人物が居るのに気付いた。
声をかけると、やはりココの主人だった。
そんな主人に、一番近くにある大きな寺院の事を尋ねた。
どうやら、ここから西の街に、この辺りで一番大きな寺院があるという。
詳しい道順を教えてもらい、主人に礼を述べて、外の世界へと足を踏み出した。
これから起こる事も知らずに………。
「本当に、迷惑この上ないわね。」
荒れた道。
『道』と言うのにもかなり抵抗があるが、まあ道には違いないところをひたすら歩く。
街を出て直ぐにある森の中へと続く道。
時間的に夕刻になろうかという頃なので、少し薄気味悪い。
思ってはみるが、の足は止まらなかった。
込み上げてくる、行き場の無い怒りに、ただただ身を任せて進んで行く。
「私が何かした!?」
神が四人も居るのに、帰り方すら解らないなんて……。
日頃そんなに行い悪かったかしら?
…ああ、きっと今頃家族が心配しているだろうな。
そういえば兄様と、あの三蔵様…少し似てるかも。
俺様的な所とか。
金糸の髪って所とか。
「おい、女!」
「……。」
「そこの女!!」
「…私?」
背後から聞こえてきた図太い声に、ピクリと身体を震わせた。
私の前に、他に人は居ない。
という事は、呼ばれているのは自分以外有り得ない。
立ち止まって振り返ったは、次の瞬間言葉を失くした。
人だと思っていた者が、人ではなかったから。
尖った耳に、色黒い肌。
そこには紋様が刻まれていて、口からは尖った牙が覗いている、人ではない何かが五人。
背中に冷や汗が流れた。
――動きたい。
――逃げなきゃ。
頭では解っていても、身体が恐怖のあまり動いてくれない。
心臓が異様なまでに速くなる。
口内がカラカラに乾いて、叫び声ですら上げる事が出来ない。
そんなを嘲笑うかのように、妖怪たちは一歩一歩とその距離を縮めてくる。
「へへへ。いい女じゃねえか。」
「殺る前に、イイ事してやるよ。」
一歩、妖怪が近づいた。
焦るあまり、足が絡まり、その場に崩れ落ちてしまった。
――誰か…。
――「足手まといは必要ねぇ。」
不意に三蔵の言葉が頭をよぎった。
手に触れる小石交じりの砂をギュッと握りしめ、最後の足掻きだと言わんばかりに、迫ってくる妖怪に投げつけた。
「ぐあっ。このアマ!やりやがったな!!」
手前に居た二人の目に見事に入り、に向かって来るスピードが微かに落ちた。
が、それでも、更に投げつけようと振り上げた手を妖怪に掴みあげられた。
その衝撃で、眼鏡が地面に落ちた。
パリンと乾いた音が耳に入る。
それを踏みつけて、もう一人の妖怪がに向かって長い爪の生えた手を振り上げた。
――殺られる。
そう思った瞬間、耳に入ってきた衝撃音。
妖怪たちの断末魔。
視界を染め上げる紅。
それが何か解ったは、恐怖で叫び声を上げていた。
あまりに非現実的で。
己の身に降りかかる恐怖と言う名の現実。
身体も心も、全てが拒絶反応を示す。
悪い夢なら覚めてくれ、と。
しゃがみこんで、両手で耳を塞ぎ震えている。
昇霊銃をしまった三蔵がゆっくりと近づき、見下ろした。
あれから、宿の主人を問いただし、急いで追いかけてきた。
そして、間一髪のところで最悪の事態から免れた。
声をかけるでもなく、ただ懐からタバコを取り出して火を点けた。
深く吸い込み、吐き出した紫煙が長い線を空中に描いた。
ゆっくりと流れる時間。
タバコを吸う三蔵の傍ら、の嗚咽だけが時折聞こえてくる。
それがようやく収まった頃には、三蔵の足元にタバコの吸殻が無数に散らばっていた。
「おい。」
三蔵の声に、ビクッと肩を震わせた。
恐る恐る見上げると、不機嫌な紫暗の瞳が目に入った。
「勝手に出歩いてんじゃねぇ。」
「…、でも。」
「迷惑なんだよ。」
その言葉に、の瞳に新たな涙が溜まる。
「お前一人で何が出来る。直ぐに殺られるのがおちだな。」
「……。だったら、どうすればいいのよ!!!」
「来い。」
座り込んでいるの手を取り立たせた三蔵は、その手を離すこと無く歩き出した。
何を言われたのか。
何をされているのか。
理解できないまま、ただ引き摺られるように歩いて行く。
さっきまで、自分をいらないと言っていた三蔵が、今はその手を掴んでいる。
繋いだ手が、熱をおびていくようだった。
頼るものが、ココにある。
何も言われていないけど、繋がれた手がその証拠。
温かくて、強くて、有無を言わせないほどの自信に満ちたその手。
「…一緒に行っても……いいの?」
「ババアの命令だからな。だが、今みたいに勝手な事をしたら置いて行くぞ。」
「はい。」
三蔵に繋がれた手に視線を落としながら、は小さく答えた。
安心したせいか、三蔵の不器用な優しさに触れたせいか、込み上げてくる涙を自由な方の手で拭った。
さあ、旅の幕開けだ。
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後書き