X'masの天使





「あ―っ!!もう、イライラするっ!」





悪態を吐きながら、は駅前のクリスマスツリーの前を歩いていた。


そう、今日はクリスマスイブ。
右を見ても、左を見ても、ベタベタといちゃつくカップルばかり。





おもしろくない。





もつい先程までは彼氏がいた。
なのにだ!
事もあろうに二股をかけていた事が発覚し、張り倒して別れてきた。
思い出しただけでイライラする。
せめてもの救いは、アイツに身体を許していなかった事だ。
これで抱かれてたなんて、考えただけで吐き気がする。
イライラとしていた事もあり、周りをよく見ていなかったは、すれ違おうとしていた男とぶつかってしまった。


「あっ。すいません。」
「いえ・・・僕の方・・・こ・・そ。」
「ちょ!うそ!?」


慌てて崩れそうな男の身体を支えたが、所詮は女の力。
しかも、身長もかるく175cm以上はあろうかという男なのだから。
ずるずると崩れ落ちていく身体をどうにか支えて、近くのベンチへと連れていった。


「あの・・・大丈夫ですか?」
「すいません。ちょっと・・・風邪をこじらせてしまって。」
「だったら、家でおとなしくしてて下さい!」


本当にすまなさそうに弱弱しく笑顔を見せた男に、は声を荒げていた。


今はそんな気分じゃない。
誰ともかかわりたくないのに・・・。


よくよく見ると、かなりの美丈夫。
メガネ越しの翡翠の瞳がとても印象的で、は思わず見入ってしまっていた。



でもこういう人こそ、彼女がいたりするんだろうな・・・。
ああ、もう考えただけで腹立ってきた!



「一人で帰れますよね。」
「いや・・・ちょっと無理かもしれません。」
「じゃあ、彼女でも呼んで下さい!」


じゃっ!と手を挙げて立ち去ろうとしたのに、男にその手をとられた。


「・・・生憎と呼べる彼女なんていないんですよ。」


あははと弱々しく笑う男に、はガックリと肩を落とした。




















その後なんとかタクシーに男を乗せ、男が住むマンションまで来た。


「部屋までですからね!」


念をおして、男を支えながらエレベーターに乗り込んだ。
どの階のボタンを押すか迷っていると、すっと男が最上階のボタンを押した。
それすなわち、この高層マンションの30階であるわけで・・・。
驚きを隠しながら、辿り着いた最上階へと出た。
案内されるまま、一つのドアの前に立った。
ドア横の表札に目をやる。


「・・・猪・・・八戒さん?」
「あぁ、まだ言ってませんでしたね。猪八戒です。」
です。」


柔らかく微笑まれ、はつられて自己紹介をしていた。


「鍵、開けれます?」
「えぇ。」


なんとか、と薄く笑いながら八戒は鍵を差し込もうとしているが、なかなか入らない。
それにイライラしたが、八戒の手から鍵を奪いドアを開けた。


「じゃっ!ちゃんと温かくして休んで下さいね。」
「あの・・・さん。」
「何?」
「・・・暫く居てくれませんか?」
「新手のナンパなら余所でして。それに部屋までって言ったでしょ!」
「あぁ・・・そうでしたね。すいませんでした。」


頼りなげに笑みを向けた八戒を置いて、今度こそ「じゃ!」とばかりにその場を後にした。





マンションから出て暫く歩いていたが、どうにも八戒という男の事が気になってしまっている。
別れ際の顔が忘れられない。
辛そうな・・・、それでいて無理して笑っているような・・・。


「あ――っ!!もうっ、分かったわよ!」


一際大きな声で叫び、近くにあったスーパーへ駆け込んだ。
適当に食材を買い込み、再び八戒の部屋の前に立った。
なるようになれ!とばかりに、インターホンを押す。
が、返事がないことに多少なりとも苛立ちを積もらせながらも、何度もインターホンを押し続けた。


「何で出ないのよ!」


そう言った時、目の前のドアから微かに音が聞こえた。
だが、いくら待ってもそのドアは中から開くことがなく痺れを切らしたが思い切りドアノブを回した。


「ちょっと!八戒さん、居るんでしょ!!」


「・・・はっ?!」


鍵が掛かっていると思っていたドアは難なく開き、そこには先程と同じ位置で倒れこんでいる八戒の姿があった。
慌てて荷物を放り出し、倒れている八戒のもとに座り込んだ。


「八戒さん!八戒さん!・・・はっかい!!」


ぴしぴしと頬を挟むように叩くと、ようやく気付いた八戒がを見た。


「・・・戻ってきてくれたんですか。」
「そうよ。ねぇ、立てる?ってか、立って!歩いて!」
「はい、はい。」


八戒が立ち上がるのを手伝い、先刻と同じように支えて部屋の中へと入っていった。
着ていたブラウンのロングコートを脱がせてベットに寝かせる。
メガネを取り、サイドテーブルに置いた。


「ちょっと、救急箱どこ?」
「ああ、体温計ならその引き出しに。」


メガネを置いたサイドテーブルの引き出しを開けると、確かに体温計があった。
それを八戒に渡す。
八戒が熱を計っている間に、玄関に置き去りにしていた買い物袋とバックをキッチンへと持って行った。
もオフホワイトのカシミアのロングコートを脱いでダイニングのソファーに掛けた。
男の一人暮らしにしては、さっぱりと片付いている部屋。
窓際には観葉植物が置かれていて、どこか温かい空気をかもし出していた。





これで本当に彼女いないの?





疑問に思いながらも、そろそろ熱も計れただろうと八戒の元にいった。
が部屋に入ると、八戒が手に持ちながら、どうしたものかといじっていた体温計を素早く取り上げた。


「ちょっと!39.6度ってどういう事よ!!」
「あはは。おかしいですね・・・。朝は38度だったんですよ。」
「そんな身体で出歩いてるからでしょ!」
「すいません。」


謝る八戒に、仕方ないわねと肩を竦めながら背を向けた。


「・・・お粥、食べれるでしょ。」
「作って下さるんですか?」


驚く八戒に、味の保障はないわよとだけ告げてキッチンへ戻った。



















窓から差し込む日差しで目が覚めた。


八戒はゆっくりと身体を起こし、サイドテーブルの上に置いてあった体温計で体温を計った。
デジタルの数字は昨日よりも低くなっていた。


「・・・さんのおかげですね。」


小さく呟きながら、ベットに頭を乗せて眠ってしまっているを見つめた。
額にかかっている長い漆黒の髪を梳いていると、うっすらとその瞳が開いた。
吸い込まれてしまいそうなくらいの綺麗な蒼色の瞳が優しげに揺れた。


「そんな所で寝たら風邪引いちゃいますよ。」
「誰のせいだと思ってるのよ。」
「すいません。」


そう言って謝る八戒の額にの手が置かれた。


「・・・熱、下がったね。よかった。」
「ええ、ありがとうございます。」
「じゃっ!私帰るから。」


そう言って立ち上がったの腕を、八戒は咄嗟に掴んでいた。


「行かないで下さい。」
「や・・・だって、ね?もう熱下がったんだし、大丈夫でしょ?」


の言葉に苦笑いを落とす。
確かに、見知らずの男の看病など頼めたものでもなかったのに、は戻ってきてくれた。
そしてお粥を食べさせてくれたり、薬を用意してくれたり、夜の間も氷枕を交換してくれたり・・・。
ずっと傍についていてくれた。


「貴女にずっと居てほしいんです。」


掴んでいた手をぐっと引き寄せ、倒れてくるを抱き留めた。
突然の事に驚いて固まってしまっているをまっすぐに見つめ、ゆっくり唇を重ねた。





逃がしませんよ。

クリスマスイブにやってきた天使ですからね。

僕のモノにしちゃいます。

ねっ、





Merry Christmas!