いつもの研究室。
天篷は今日も本に埋もれ、も同じように本に埋もれていた。
―――いた。
―――いたはずだった。
突然一角から上がった笑い声に、さすがの天篷もトリップしていた意識を戻した。
本に向けていた瞳を上げ、ガリガリと頭を掻く。
そうしている間も上がり続ける声。
含み笑いのような・・・。
それでいて、時折吹き出すように上がる笑い声。
この研究室内にいるのは以外考えられないんですが・・・。
何か変なモノでも飲んだんでしょうか?
埋もれていた本の間から立ち上がった天篷は、一度室内を見回した。
「・・・。これじゃあ、また倦簾に怒られちゃいますね。」
悪怯れる風でもなく、へらっと笑う。
足の踏み場もない程に散らかっている室内。
本の山。
器材の山。
その中に、笑い声と共に揺れる黒髪を見つけた。
山を崩さないように、器用に歩いていく。
「。どうしたんです?」
「あはははは!!イイよ!それ!!!」
「、聞いてます?」
「ぷっ。あははは!!」
「・・・?」
近付くにつれて、ようやくの姿を確認した天篷。
背後から覗き込むように手元を見ても、何の本も見ていない。
ただそこに座り込んで笑っている。
それに何度声を掛けても、一向に気付く様子もない。
一つ息を飲み込んだ天篷は、声を掛けながらトリップしているの肩に手を置いた。
「・・・にしても、よく考えましたね。。」
「当たり前じゃない。折角なんだから、楽しまなくちゃ。」
「それもそうですね。」
互いに顔を見合わせて、くくっと肩を震わせる。
今回作ろうとしているのは『猫薬』。
が先日CDを買いに行った時、ふと目についたジャケットに興味を引かれて購入したドラマCD。
それは、洗脳されて猫になったドクター二人が活躍する話。
先程のの笑い声は、これを聴いていたからだった。
「ねー。どうせなら、洗脳より本物の猫耳が生える方がよくない?」
「そうですね。だったら、構築式変えないといけないですねぇ。」
半分程埋まったホワイトボードに、更に書き連ねていく。
解らない所は、天篷と討論しながら分厚い本で調べ埋めていった。
ホワイトボードが隙間無く埋め尽くされた時、構築式は完成した。
勢いそのままに、二人は実験に取り掛かる。
カチャカチャとガラス同士が音をたてる中、思い出したかのように天篷が口を開いた。
「ところで。一体誰に飲ませるんです?」
「決まってるじゃない。」
悪戯に微笑むに、天篷は「やっぱりですか。」と乾いた笑いを落とした。
それから小一時間程経った頃、『猫薬』は完成した。
ビーカーの中に、無色透明の液が揺れている。
はそれを見ながら腕を腰にあてた。
「どうやって飲ませるかよね。」
「それ以前に、金禪が来ないと話になりませんよ?」
「・・・金禪の猫耳、面白いよね。」
「それはもう。見物でしょうね。」
天篷の言葉に、は口角を上げた。
そして、白衣の胸ポケットからケータイを取出し、一本電話を掛けた。
ビーカーでお湯を沸かし、コーヒーの用意を進める。
来客用カップは二つ。
内、一つにはもうコーヒーが入っている。
が残りの一つにお湯を入れようとした時、研究室のドアが前触れもなく開いた。
入ってきたのはこの大学院の理事長の観世音菩薩だった。
「よ〜、。面白いモンが見れるんだって?」
「菩薩!連れてきてくれた?」
蒼い瞳を輝かせながら、菩薩の後ろを伺い見る。
強制的に引き摺られるように菩薩に連れて来られたのは、もちろん金禪。
逃げようとしている金禪の襟首をしっかりと菩薩の手によって捕まれていた。
そんな金禪の紫暗の瞳が、室内のボードの構築式を捉えた。
その視線は、の手元のコーヒーに移る。
つい先日もこのコーヒーで苦い思いをしたのを思い出した金蝉は、米神を引き攣らせながら視線をに向けた。
「・・・、今度は何作りやがった。」
「え?何も。それよりコーヒーでもどう?」
ニッコリと、満面の笑みで菩薩と金禪にコーヒーを進める。
見るからに、今入れたての怪しさ満載のコーヒーが金禪の前に置かれた。
「何も入れてねぇだろうな。」
「人聞き悪い事言わないでよ。」
「じゃあ、テメェが飲め。」
そんな言い合いの中、菩薩は天篷と一足早くお茶をしていた。
「で?実の所、どうなんだ。」
菩薩の言葉に、天篷はへらっと笑いながら、に視線を向けた。
「私?コーヒーより水よ。」
市販の『おいしい水』の入ったペットボトルを、は自分のバックから取り出した。
そして躊躇い無くキャップを開け、口元に運ぼうとしたがそれを横から金禪に奪われた。
「あ・・・何するのよ!」
抗議するを尻目に、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ金禪。
飲んだのを確認した瞬間、はガッツポーズをした。
「ふふふ。引っ掛かったわね、金禪。」
「な、テメェ。」
ぽんっ!
可愛い音が上がった瞬間、菩薩が耐え切れず吹き出した。
「・・・ぷっ。」
「や〜、予想どおり似合いますねvvv」
金禪がわなわなと肩を震わせると、それに呼応するように頭から生えた金色の猫耳が動いている。
「!にゃに飲ませやがったのにゃ。」
「ぷっ。あはははは!!やっぱ、最高!」
喋り方も猫風になっている金禪に、三人ともお腹を抱えて笑いだした。
涙を溜めて笑い転げるの目に、金色の何かが映った。
逆立てた毛並みの、ふさふさのそれを辿ると金禪のおしりの方からぴょこんと出ていた。
「・・・。し、シッポ!あはははは!可愛い!」
「シッポもあれば、可愛さ倍増なんてvvv構築式に加えちゃいましたv」
「テメェら!いいきゃげんにしやがれなのにゃ!!!!!」
後書き