「新年、明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願い致します。」
日が替わってすぐにそう言って深々と頭を下げる。
「こちらこそ、宜しくお願いしますね。」
結局、年を越したのも研究室。年越しそばも、カップ麺ですませたと天篷。
「で、どうします。初詣行きますか?」
「面倒だから行かない。・・・何?天篷は行きたいの?」
「いえ、そういうわけでもないんですが。」
天篷の返事を聞いて、はほっと溜息を落とした。
なぜなら人混みが苦手だから、出来ることならそういった場所に行きたくないというのが本音。
寒いのも苦手なは赤いちゃんちゃんこを着込んだ背をよけいに丸め、ビーカーでお湯を沸かしはじめた。
「何してるんです?」
「眠気ざましのコーヒーよ。天篷も飲むでしょ。」
「いただきます。」
二人でゆったりとした時間を過ごしていたが、それは長続きしなかった。
二人以外、誰もいない深夜の大学院の研究棟。
その廊下に響く靴音。
それも一人じゃなく二人分の足音が聞こえてきた。
「・・・金蝉と倦簾でも来たんでしょうか。」
「やることないのね、あの二人。」
「悪かったな。せっかくたこ焼き買ってきてやったのに。」
にやっと悪戯な笑みを浮かべた倦簾が、ドアにもたれて目の高さまでたこ焼きの入った袋を持ち上げていた。
「倦簾vvvおめでとう。」
つい先程の言葉とは反対に、はにっこりと全開の笑顔で倦簾を迎え入れた。
その後ろから不機嫌そうな金蝉が続く。
「金蝉も、初詣に行ってきたんですね。」
「あぁ。まったくこんな夜更けに誰が好き好んで人混みでもみくちゃにされなきゃいけねえんだ。」
「まあそうですが・・・。」
「それが初詣ってもんだろ。」
手近のイスに腰を下ろした金蝉の肩に倦簾が乗り掛かった。
それを鬱陶しそうに払い除けた金蝉の前に、湯気のたったコーヒーカップが置かれた。
中身はコーヒーではなく、日本茶のようだ。
濃い黒ではなく、濃い緑が湯気を上げ、その熱さを主張している。
「・・・おめでと、金蝉。」
「ああ。」
の言葉に短く答えた金蝉が、訝しそうに日本茶の入ったカップに視線を投げた。
「来るなんて知らなかったから、何も入ってないわよ!」
「知ってたら入れるつもりだったのか。」
「そうね。時と場合によるわよ。はい、倦簾もどうぞ。」
「悪ィね。」
躊躇いなく日本茶を一口啜ってから、倦簾は袋からたこ焼きを出した。
そして、その中の一つをに手渡した。
「ありがと!人混みはキライだけど屋台のたこ焼きは大好きなのよねv」
目を輝かしながら、いち早く蓋をとり、まだ温かいたこ焼きを頬張った。
そんな様子を見ながら、倦簾は天篷と金蝉にもたこ焼きを差し出した。
「ありがとうございます。」
「礼なら・・・」
「身体で、ですか?いくら貴方と夫婦関係と噂されていても、それは遠慮しておきます。」
「ったりまえだ!」
「おい、倦簾。礼なら屋台の店主だろおが。」
「なんです?」
「いや。まぁ、なんつうか。一個サービスしてくれただけなんだけど。」
黙々とたこ焼きを頬張りながら、三人のやり取りを聞いていたが、思わず手に持っていた楊枝を空になった容器の中に落としていた。
それを勘違いした捲簾が手に持っていた自分の分のたこ焼きの容器を差し出した。
「まだ食うか?」
「い・・・いい。それより倦簾。サービスしてくれたたこ焼きって・・・どれ!」
「どれって、それだけど。」
倦簾の指差す先は、の手元の空になった容器。
「そういや、変なこと言ってなかったか?」
何かを思い出した金蝉が方眉を器用に上げた。
「ん?ああ、それ女性用とか言ってたか。けどよ、たこ焼きに男性用も女性用もないだろって。」
「まさかその店主って・・・どこかにウサギの何か付けてなかった?」
「なんだ、知り合いか。ウサギのぬいぐるみが置いてあったぜ。」
倦簾の言葉が終わらないうちに、は勢い良くイスから立ち上がっていた。
ガタンと、大きな音とともにイスが倒れた。
さっきまではよかった顔色も、今では蒼白に変わっている。
「どうした、。」
と、心配そうに声をかけた金蝉。
「あ・・・の。金蝉・・・」
途切れ途切れに、小さな声がの口から洩れる。
それを聞かれないようにと足掻いているのか、の額に玉の汗が浮かんだ。
どう見てもただ事てはない様子に、天篷と倦簾は互いに顔を見合わせた。
今にも泣きだしそうなに見つめられている金蝉も、眉をしかめた。
「苦しいのか?」
「ちが・・・う。」
「だったらどうしたんだ。ちゃんと話せ。」
遂に自分を押さえ切れなくなったが、ぎゅっと目を閉じた。
勢いで、溜まっていた涙の粒が一粒飛んだ。
「金蝉!貴方が好き!」
突然の愛の告白に、金蝉はもちろん天篷、倦簾も唖然とし、暫らく時が停止した。
耐え切れず、涙を零しながらもが再び口を開く。
「金蝉。私と付き合って。」
「・・・新年早々、からかってんのか?」
「本気よ。黙ってたけど、ずっと好きだったの。」
そう言っている声とは反対に、その表情は苦痛に歪んでいた。
からかっていないと言ってはいるが、どう見ても自然ではない。
何か薬でも・・・
そう思ったのは三人同時だった。
互いに顔を見合わせ
「どうすればいい。」
「何にでも効く解毒剤って・・・あるわけねえか。」
「倦簾!それですよ!!」
勢い良く立ち上がった天篷は、ある薬品棚を開け、中から茶色い瓶を取り出した。
ラベルにはドクロマークと赤い大きな×印が描かれてある。
「・・・お前、それってやばくないのか?」
「大丈夫ですよ。なにせ自身が作った薬ですから。」
「なら早く飲ませろ。見てられねぇ。」
天蓬はその中の赤茶色くて、どろっとした液体をきれいな試験官に1/3流し入れ、それをの口に注ぎ入れた。
それを心配そうに見守る金蝉と倦簾。
コクン、コクンと解毒剤を飲み干したは、一つ大きく息を吐いた。
「あんの、クソおやじ!!!絶対復讐してやる!」
顔色も元に戻ったが、開口一番にそう叫んだ。
「おい。ってことは、あの屋台の店主っての親父さんだってのか?」
「・・・そうよ。」
驚く捲簾の言葉に、苦々しく返事をした。
そしてメラメラと蒼い瞳に炎をためながら、は悔しさに拳を握り締めた。
「一体何者なんですか?」
「天篷なら聞いた事くらいあると思うわよ。マッドサイエンティストで生命工学の第一人者。」
「まさか、祢健一博士ですか!」
驚いた声を上げる天蓬に、は頷いてかえした。
「博士なんていらなわよ。くだらない事ばかりしてんだから。いい迷惑よ!!!」
「・・・お前が言うな。」
「へ?何よ、金蝉。」
「大体いつもくだらん薬ばかり作りやがって、こっちの身にもなってみろ。」
「それは、金蝉だからね。いいのよ。」
「よくねぇ!それより、さっきのはお前の本音でいいんだよな。」
にやっと口角を上げる金蝉に、はやばいと口元を歪めた。
「何の事?知らないわよ。」
「ほぅ。とぼける気か。」
「とぼけるも何も、金蝉の事なんて嫌いよ!!!」
「嫌い嫌いも好きのうちってな。、今回ばかりは認めたほうがいいんじゃねぇのか?」
「捲簾、煩い!!!」
「へぃ、へぃ。」
まったくお手上げだね。とばかりに肩を竦める捲簾に、同じく苦笑をする天蓬。
今回ばかりは引く気は無いと珍しく意気込んでいる金蝉。
そんな彼らを見ながら、頬を紅くして、わなわなと震えている。
「、諦めるんだな。俺は確かに聞いたぞ。」
「そんなの知らない。言ってない。」
「・・・何を言ってないって?」
「私が金蝉を好きだって」
「言ってるじゃねぇか。そこまで言うんなら受けてやるよ。」
「金蝉なんて嫌い!!!金蝉のバカ〜!!!」
手近にあった分厚い本を躊躇なく金蝉に投げつけて、は仮眠室へと駆け込んだ。
どうやら今年は波乱の幕開けになりそうだ・・・。
後書き