お前が 笑っていてくれるなら

お前が 幸せになれるなら

それでいい。

それをするのが たとえ 俺じゃなくても

お前が 幸せならば

俺は・・・・・・。







――― White Memorry ―――






片付けていた手を休め、本の間から滑り落ちた一枚の写真を拾い上げた。

それは、今から2年前の大学卒業式の時にサークル仲間と撮ったものだった。
中央でひときわ輝くように笑っている女性。



「・・・。」



お前は今頃、何をしているだろうか。
あの時と変わらぬ笑顔で笑っているだろうか。
幸せな日々を送っているだろうか。







存在を主張するような、黒曜石の長い髪と澄んだ蒼い瞳。
陶磁器のような白い肌に、それらは一際映えていた。
誰もがの笑顔を願った。
そんな彼女は卒業と共に、親の顔を立てた見合いをし、そのまま結婚した。
「恋愛」の方がよかったと最後まで零していたが、相手もの事を気に入って乗り気だった為断る理由が無かった。

それが、事実。

の気持ちは何処にあったのか。
今更ながらに思い返せば、あの時無理にでも気持ちを伝え、この手に入れていたら良かったのかも知れない。
でも、それはを困らせる事にしかならないと解っていたので、自分の溢れる気持ちを殺した。



お前が 幸せになれるなら
お前が 笑っていてくれるなら
俺の気持ちは伝わらなくていい
そう、それで・・・いい。



の事を想い出し、オッドアイを細めて窓から見える空を見上げた。
そういえば、あの日もこんな澄み渡った空をしていたな。




















夏も終わろうかという頃、からの電話で焔は海へと車を走らせた。
波打ち際、素足で寄せては返す波と戯れていた
いつも、無邪気に・・・。
いつも、笑顔で・・・。
いつも、周りに居る奴等を照らしていた。
いつも、・・・・・・お前のその笑顔に、俺は救われていたんだ。




居なくなって、初めて解った。
寂しさと
切なさが
この胸に、降り積もっていく。


以前、誰かが歌っていたか・・・。



「どうか・・・幸せに・・・」なんて よくあるセリフ
誰かに寄り添う 君に言おう 大人なら 大人らしく



あの時の自分がその通りだと思う。

笑えない日々。
それでも、その分お前が笑っていてくれるなら
寂しさも
切なさも
この胸に、降り積もっては・・・溶ける事を知らない。







忘れようとしまっていたお前の事が、今堰を切ったように溢れてくる。
あの頃の風景を
を 想い返すように・・・
俺は思い出の場所へ向かった。


























夕焼けが海を染める。
蒼い、碧い海を・・・・・・もう一つの色で染めていく。
あの頃の思い出。




「・・・焔。」




貴方は どう思ってくれていたのだろう。
卒業と同時に結婚した。
ああ・・・・・・あの時、貴方はそのオッドアイを細めて、
「おめでとう」
と言ってくれたのよね。
私は・・・・・・。






ねえ。
もう・・・・・・。
ダメみたい。
溢れては消えていく自分の想い。
どうする事もできないこの想い。
だから、もう終わりにしたいの。


ねえ。
もう・・・・・・。
笑えない。
あの頃のように・・・。
無邪気になんて、笑えない。
いつも、仮面を被るの。
御愛想笑いの上手な妻の・・・。
だから、もう終わりにしたいの。


ねえ。
もう・・・・・・。
偽りの気持ちは
偽りの自分は イラナイ。
誰も受け入れてくれないなら
そう。
このまま、海の泡となって消えていくの。











身体にかかる波。
打ち付ける波がだんだんと自分に絡まりついてくる。
重たい身体。
重たい足。
一歩。
また、一歩。
ゆっくりと、夕焼けに染まる海へと沈めていく。




私の蒼を染めるのは――――――――







!!!」







ねえ。
もう・・・・・・。
ダメだと思った。
なのに、聞こえてきた声は
ずっと、ずっと、待ち望んでいたもの。
唯一、待ち望んだ人のもの。
まさか・・・・・・。
そんな。
神様、偶然なんてあるんでしょうか?







自分以外が水を掻き分ける音。
バシャン、バシャン、と波紋をつくって・・・。
振り向いた時には、もう焔の胸に抱きしめられていた。
止まっていた時が 動き出した。
偽りの自分が 波に消えていく。









辿り着いた思い出の場所。
その中に、お前を見つけた。
信じられない程の偶然。
いや、偶然なんて言葉はナイ。
あるのは 必然。


波に飲み込まれそうになるを見て、全て悟った。
お前の心の辛さを・・・。
俺が悪かったのだと。
だから、今度は間違えないように・・・。



!!!」



波を掻き分け、壊れてしまいそうなの心ごと抱きしめた。


お前が笑っていてさえくれたら
俺の気持ちは、殺してもかまわない。
そう思っていたあの頃。
その間違いに、ようやく気づく事が出来たよ。


いま、胸の中で泣きじゃくる
それが、現実だから。





「・・・ほむ・・・ら・・・。」
「ああ。」
「私・・・わ・・・たし・・・。」
「何も言うな。俺が言う。」





夕焼けで、海が染まる。
蒼い、碧い海が、染まっていく。
その中で、俺たちの心も染まっていく。
離れていた
失くしていた
パズルの欠片を埋めるように
ピッタリと寄り添い
互いの色に染まっていく。





、お前の心も身体も、全てを俺だけで満たしてやる。俺の色に染めてやる。」





お前が囚われているものから、全て奪いつくしてやる。
だから、もう一度笑顔を取り戻して。
俺の傍で 笑っていてくれ。
俺を 照らしてくれ。
俺の心に積もった
寂しさと
切なさを
溶かしてくれ。

色褪せた過去を、未来を
鮮やかに染め上げていく為に



、お前をこのまま攫って行く。」




連れ出して。
色のないモノクロの空間から
連れ出して。
過去の気持ちを確かなものにする為に・・・。
もう、二度と自分の気持ちを殺したくないから
溢れる涙で
全てを洗い流そう。
焔と歩んでいく為に・・・・・・。





「焔・・・。」
「二度と離しはしない。」





重なり合った二人のシルエット。
染まっていく二人の未来。
遠回りをしたけれど
そう、
これからは、ずっと――――――――