「・・・どこかに素敵な出会い、転がってないかな。」
「あるわけないじゃない。まったく。」
昨日のお昼に友人と話していた内容が脳裏を過った。
―― ガラス球 ――
大学も終わり、まっすぐ帰るのもと公園によった。
それがきっかけになるなんて思ってもみなかった。
木陰のベンチに座り、公園で遊んでいる子供たちをぼんやりと見ていた。
その中で一際元気のいい男の子が友達に手を振りながらの前を駆け足で通りすぎていった。
手を振られた方の友達も、迎えにきた母親に手を引かれて帰っていく。
いつの間にか時間も過ぎて、気が付けばもう夕方になっていた。
もそろそろ帰ろうかとベンチを立った時、夕日に煌めく何かが目に入った。
地面に落ちている輝きをそっと拾い上げると、それは綺麗な薄紫のさざれ石だった。
公園の地面に似付かわしくないその石に、疑問を覚えながら辺りを見回せば、まだ同じ石が少し離れた場所に落ちていた。
屈みこんでそれを拾い上げる。
するとまた少し離れた場所に落ちているのが目に入った。
「?何だろ。」
何かの道しるべなのだろうか。
理由も分からぬまま、それでも一つ拾ってしまえば気になって仕方がない。
ハンカチを取出し、それに拾ったさざれ石を入れながらは歩きだした。
二つが三つになり、どんどん増えて、ハンカチにいっぱいになった時だった。
は知らないお寺の前に立っていた。
立派な門の向こうに、やっぱり石が落ちている。
一瞬どうしようか迷ったものの、ここまで来て引くことも出来ないだろうと意を決して寺の敷地内に足を踏み入れた。
「・・・もしかしたらここに住んでいる誰かの落とし物かもしれないし。」
小さく呟きながら、本堂の前を通り過ぎ、奥の方に見える住居の玄関に向かった。
知らない人の家を訪ねるのはこの年になっても勇気がいるものだ。
しかも訪ねる内容が内容なだけに、一抹の不安がよぎる。
玄関に近づくにつれて心臓が早鐘を打ったように鳴り響きだした。
手に持った石入りのハンカチをギュッと握り締めて、は玄関横のインターホンを押した。
が・・・、押したのと誰かが玄関から出てくるのが同時だった。
あまりの速さに暫し呆然と固まり、自分より目線の低いところから見上げてくる金色の瞳をただ無言で見つめる事しか出来なかった。
沈黙を破ったのはその金色の瞳の少年だった。
「なんか用事か?」
「え・・・。」
我に返ったは、その少年が公園での前を元気に駆け去っていった子だと気付いた。
「あ・・・の、えっと。」
シドロモドロになっていると、インターホンを聞きつけた家人が奥から出てきた。
少し暗かった玄関に明かりがさす。
「誰だ、悟空。」
悟空と呼ばれた少年の後ろから現れたのは、も遠くから見知った顔だった。
それは同じ大学で同じ学年の金蝉だった。
一方的に見知っているだけで、おそらく金蝉は自分のことは知らないだろう。
容姿端麗、頭脳明晰、運動は・・・出来ないらしいし、口は悪いが大学の全女性の憧れの的だった。
そんな彼に言い寄り、振られた女性を数知れず見てきた。
自分には不釣合い。
告白したところで絶対に無理。
そう思っていたから、にしてみればそれ以上の興味はなかったし、お近づきになりたいなどとも思わなかった。
だが思わぬ展開で、目の前に金蝉がいる。
「お前・・・。何か用か。」
「あ・・・っと、コレ。」
握り締めていたハンカチを少し開き加減で金蝉に差し出した。
それに反応したのは悟空だった。
「あ!!これ、何処にあったんだ?」
「君の落し物?」
「今日友達に貰ったんだけど、家に帰ったら一個だけになってたんだ。せっかく金蝉に似てるって思って見せたかったのに・・・。」
ごそごそとズボンの後ろのポケットからが拾い集めてきた石と同じものを取り出した。
小さな手のひらに薄紫のさざれ石がちょこんと乗っている。
はしゃがみこんで悟空と視線を合わせた。
「ねえ、後ろ向いてみて?」
「?」
訳もわからぬまま悟空が後ろを向く。
「やっぱり。ポケット破れてたんだね。走って帰るうちに落ちちゃったのよ。」
再び視線を合わせた悟空の手にハンカチを持たせてやった。
それを受け取った悟空は「ありがとう!」と言ったかと思うとに抱きついてきた。
あまりに突然の事にバランスを崩して尻餅をつくが、それでも悟空はぎゅっと抱きついたまま離れない。
よほど嬉しかったのだろう。
「いい加減に離れろ!」
金蝉の不機嫌な声と共に、悟空の体が離れていく。
見上げた瞳に映ったのは、金蝉に首根っこを掴まれたまま無造作に背後に放り出されている姿。
悲鳴にならない声が聞こえてきたが、それを気にするより早く金蝉に腕をとられ抱き起こされた。
「悪かったな。」
「え・・・。や、別にかまわないわよ。」
「送っていく。」
「気にしないで。」
一刻も早く逃げ出したかった。
こんなに近くにいて、心臓の鼓動がバカみたいに早く大きくなっているのを気付かれたくなかった。
おそらく顔も赤くなってるはず。
視線も合わさないように俯き加減のままは玄関を飛び出していた。
興味はない・・・はずだった。
なのに金蝉に腕を掴まれた瞬間、ドキッとして心臓が止まるかと思った。
だから逃げた。
怖かったから。
今までに何人もの女性がことごとく振られているのを知っていたから。
生まれたばかりの感情を消せるうちに・・・手遅れにならないうちに・・・。
分かりきっている結果に傷つきたくなかった。
なのに・・・・・・・。
不意に掴まれる手。
一瞬にして暗転する視界。
何が起きたのか理解できなかった。
「何故逃げる。」
低いが心地よい声が耳元に掛かる。
そこでようやく金蝉に抱きしめられているのだと気付いた。
「・・・何故、俺から逃げる。」
「!ど・・・うして?・・・名前・・・・・・」
知らないと思ってた。
なのに知っていた。
疑問が生じた事で、パニックになりかけていた頭に少し余裕が生まれた。
そのことで金蝉が微かに震えているのが分かった。
そして早鐘を打つ自分の鼓動と同じくらいの音が耳に入ってくる。
それは間違いなく金蝉の心臓の鼓動。
「・・・金蝉君?」
「。お前が好きだ。」
「またまた、冗談きついよ。」
「こんなことで冗談なんぞ言わねぇ。」
抱きしめていた腕の力が緩む。
身動ぎして、見上げれば紫暗の瞳が微かに揺れている。
「ずっと見ていた。」
「・・・見てたなら分かるよね。私なんて可愛くもないし、美人でもないし、勉強だってそこそこしか出来ないし」
「関係ねぇ。俺はお前が好きだ。お前は・・・嫌か?」
「嫌じゃ・・・ない。私も好き。」
消え入りそうな小さな声で返事をすれば、金蝉の表情が和らいだ。
再び抱きしめられて、そして重なる唇。
壊れ物を扱うような優しい口付けに、嬉しさと戸惑いで生まれた雫が頬を滑り落ちる。
金色の瞳の天使が与えてくれたきっかけ。
それはこの恋への道標だった。