何故だ。

俺が何をした。

お前は何処に行った。

俺は・・・何もしていないのか。





―― った月 ――





苛立ちと焦りの入り交じった感情を短くなったタバコに押しつける。
よれて消されたタバコは数知れず。
車の灰皿は今にも溢れそうだった。
短く舌打ちして、繋がらない携帯電話の番号をもう一度押した。
少しの希望がなくなる瞬間。

「クソッ。一体何処に行きやがった。」

無機質な音声案内を聞きたいんじゃねぇ。
半年前にようやく手にいれた恋人の声が聞きたいんだ。
何も執着する事のなかった俺が、唯一手に入れたいと願ったモノ。
それがだ。
なのに、今日帰ったら家の中はもぬけの殻。
の姿も、・・・荷物すら残っていなかった。
思い付く限りの場所に電話をしたが、全て同じ返事。
三蔵の最も望む答えは得られなかった。
いてもたってもおれず、夜の街に車を走らせる。
そう、ただあてもなく。
そこでようやく気付いた。
俺はの何も知っちゃいなかった事を。
手に入れたいと願って、いざ手に入ればもうずっと俺のモノだと思い込んでいた。
の気持ちすら考えずに。
傍にいるのが当たり前だと思っていた。

「クソッ。最低だな。」

いなくなって初めて気付いたのはの存在そのもの。
が傍にいる事の大切さ。


あてもなく走らせていた車を路肩に止め、ハンドルに顔を埋めた。
脳裏に過るの顔と声。思い出さないといけないのはの言葉。
手に入れて、傍にいた時にあいつが口にした言葉。
手掛かりがあるとすればそこしか考えられない。
眼を閉じて記憶を手繰る。

「・・・星。」

伏せていた顔を上げた三蔵は勢いよくアクセルを踏み込んだ。
今度は確信を持ってハンドルを握る。




























は自分の荷物のなくなった部屋を寂しい想いで一瞥した。
ここに来た時は嬉しさ半分、戸惑い半分で。
それでも、好きだと言ってくれた三蔵の事がも好きだった。
求められるがままに身体も心も委ねた。
でもそれは最初の内だけで、時が経つにつれて薄れていった。
私がそこにいるのが当然だと思われていた。
私を見ているようで、でも視線は空を切る。
話していても曖昧な返事しか返ってこない。

いつからだろう、心がすれ違いだしたのは。
いつからだろう、淋しさと虚しさが入り交じりだしたのは。

これ以上三蔵の傍にいれない。
大好きだけど、辛い。
本当に私を見てほしい。
願っても叶わない。
そんな気持ちはもう嫌だから。

「さよなら。」

パタンとドアを閉めた。
二人で暮した部屋のドアと私の心のドアを。
一滴の涙が頬を伝う。
もう戻れない?
最後に。本当にこれで最後にしたいから。
一つだけの希望を胸に抱いて、は一歩を踏み出した。















都心から少し離れた小高い丘の上にある公園。
見下ろせば都会の灯りが煌めいていて、見上げれば自然の灯りが煌めいている。
地上と天空の輝きが楽しめるこの場所はカップルお薦めのデートスポットだった。
右を向いても、左を向いてもカップルが寄り添いながら今のこの一時を満喫している。
の憧れの一つだった。
彼氏が出来たら必ず来よう、そんな小さな願いがあった。
一度三蔵に話したことがあるが、上の空で曖昧な返事しかされなかった。
くだらなそうに、面倒くさそうにあしらわれた記憶しか残っていない。
確かに三蔵の性格からして、こんな場所に自分から好き好んで来てくれるなんて思ってないけど。
思い返すのは悲しい記憶。
それでも願いたい。
まだ僅かにでも出会った頃の気持ちが残っているのなら、もう一度やり直したい。

「・・・三蔵。」

小さな呟きが闇に溶ける。
硝子の破片を散らしたような煌めきに願いをかける。
終わらせたくない恋。
だからただ一つの想いを胸に、祈るように両手を握りしめて目蓋を閉じる。

「三蔵。」
「・・・呼んだか。」

不意に聞こえてきた声に、そんなはずないと否定する思考回路。
恐る恐る目を開けるとそこには待ち望んでいた三蔵の姿があった。
抱きしめられてそっと重なる唇。
互いの温もりを確かめるように、存在を確かめるように。

「・・・覚えててくれたんだ。」
「当たり前だ。俺は・・・・・・・今更遅いかもしれねぇが、お前の事が好きなんだ。もう・・・戻れねえか?」

いつもは揺らぐ事のない紫暗の瞳が今は頼りなく揺れている。
背中にまわされたままの腕からも僅かな震えが伝わってくる。
三蔵の気持ちが痛いほど伝わってくる。

「悪かった。」
「・・・好き・・・なの。だから辛かったの。」
「ああ。」





星降る夜に願ってみよう。
大切な気持ちを。
夜空に輝く月の下で無くしたモノを捜し出そう。
お互いの存在を。
もう二度と手放さないと誓う。
この温もりを永遠に。
凍った月を溶かすほどの温もりを永遠に。