――― 静の中 ―――





さわっと窓から風が入ってくる。


穏やかな春の風。


小鳥のさえずりが微かに聞こえる。


暖かな春の日差しに誘われて、自由に空を飛んでいく小鳥。


ふわりと頬を撫でる風に運ばれてきたのは、綺麗な一片の花弁。




「桜。」




ゆっくりと舞い落ちる桜と、静寂の中に落ちた呟き。


何をするでもなく、いつものように新聞に向けていた視線を外した三蔵は、


桜が舞い込んできた窓を見つめるを紫暗の瞳に映した。













そういや、もうそんな季節か。

普段は仕事に追われ、たまの休日は家でのんびりとした時間を過ごすだけ。

同棲中の恋人にさえもかまってやれず。

デートを最後にしたのですら、一ヵ月以上も前の事だろう。

それすら不平を言わず、いつも穏やかに笑って傍にいてくれる。

俺がここまで出来たのも

俺がここまで来れたのも

の存在があったから・・・か。













新聞を無造作にたたんで、メガネをしまい、三蔵はおもむろに立ち上がった。


「行くぞ。」


急に声をかけられたは、大きな目をさらに大きくしてキョトンと首を傾げた。


そんな仕草に自然と口元が緩む。


「早くしないと置いていくぞ。」

「え。何処に行くの?」

「花見だ。」


短い言葉に、の顔が輝いた。


待たずに先に行く三蔵を追い掛ける形で、薄手のジャケットをとり、急いで戸締まりを済ませる。


そして、通りの角で立ち止まりタバコに火を点けている三蔵の腕に絡み付いた。





静寂の中、突然舞い込んだ春の便りに感謝して――