なんだか身体が重い
でも
凄く
温かい
ふわっと包まれるのは
マルボロの香り
―――― A falsehood and the truth ――― act.3
気だるい身を捩ってゆっくりと目を開けると、眩しい金糸の髪が朝日に照らされて、より一層輝きを増していた。
暫くの間、そのままの状態で三蔵の寝顔を見つめる。
いつも射るような鋭い視線を向ける紫暗の瞳も、今は隠れていて見えない。
何もかもが整っていて…。
「キレイ…だな。」
小さな、小さな呟きだったのにもかかわらず、三蔵の腕がの腰を抱き寄せた。
昨日の情事の後、そのまま意識を手放していたので、素肌のまま互いの熱をリアルに感じた。
恥ずかしくて逃れようとするが、そうはさせじと三蔵の腕にも力が入る。
「逃げんじゃねぇよ。」
「…や、だって、……恥ずかしいもん。」
消え入りそうな声に、閉じていた三蔵の瞼が開く。
自分の胸の中で、耳まで真っ赤に染めたがとても愛しく感じた。
華奢な肩口、そこに咲いた幾輪の紅い華。
女である事を隠し続けてきた。
男だと信じてやまないヤツラ。
戦闘になると遅れをとらず、それどころか、ヤツラ顔負けの戦いぶりで妖怪共を切り殺していく。
その行動に躊躇いはあるかと聴かれたら、否である。
そんな一面とは全く違った顔。
あまりに可愛くて、三蔵は小さく笑った。
「今更だろぉが。」
「違う!だって……昨日は………。」
昨日は明かりなんてなかったから。
今は朝だし…明るいし…。
三蔵の胸元で紅くなった顔を隠しながら告げると、腰に回されていた腕が離れて頭をくしゃっと撫ぜられた。
何も言わない。
それでも、そんな行動の一つ一つが嬉しくて、安心出来てしまう。
安心。
心休まる場所。
それはにとって初めて出来た居場所だったのかもしれない。
何一つ偽る事無く
何一つ飾る事無く
全てを曝け出す事が出来た
全てを受け入れてくれた人
――三蔵
初めて……ああ、そうだ。
女でいる事も、身体を許す事も初めてで、全てを俺にくれた。
初めてなのに無理をさせて、2回、3回と限りなく抱いてしまった。
与えられる快楽に溺れ、与え続ける快楽に喜びを感じて。
それでも、求めてくれるがとても愛しかった。
今も、あれだけ肌を重ねたというのに、抱き合うだけですぐに顔を紅く染めるに、自然と口元が緩んでしまう。
ああ……、ずっとこうして俺の腕の中で閉じ込めておきたい。
いつも戦っている緊迫した世界と違って、なんと愛しく温かい空間なのだろうか。
守る者などいらないと思っていた
心を通わす者などいらないと思ってた
そんな俺の心を開いてくれた
俺を受け入れてくれた人
――
シャワーを浴びて服を着替えた三蔵が、椅子に座って新聞を読んでいた。
静かな部屋に、今が使っているシャワーの音が聞こえてくる。
「腰が痛い」と少し潤んだ瞳で訴えられながらも、「シャワーを浴びないんなら襲うぞ」と脅しをかけた。
いや、襲いたいのは本音か。
なんとかシーツを身体に巻きつけて、よろよろしながらも風呂場に入っていったを思い出す。
白い肌のあちこちに見える紅い華が、己の独占欲の強さを示しているようで…。
かけていた眼鏡を外して、懐からマルボロを取り出して口へ咥えた。
スーッと立ち上がる紫煙を追いながら、今日の出発は無理だと考える。
八戒あたりが何か言って来そうだが、昨夜の艶声を聞いているだろうから深く追求される事はないだろう。
―― 出発の事に関してはだが。
そんな事を考えていたら、風呂場の扉が開いた。
「…おい、!!」
「な、何?」
「てめぇ、サラシなんぞもう必要ねぇだろうが!」
「そんな事言ったって」
「とっとと外してこい!それとも、俺が脱がせてやろうか?」
バタンと勢いよく扉が閉められ、次に開いた時には見た目に分かる程の胸の膨らみがあり、三蔵の口角が少し上がった。
しかも『女』になったことで、昨日まではなかった色香、艶っぽさが現れていた。
恥ずかしがって動けないでいるを引っ張って、三蔵は階下の食堂へと下りていった。
「おい、いつまでそうしてやがる!?」
悟空は食べかけの春巻きをお皿の上に落とし。
八戒は「おはようございます」と言ったきり動きがなく、笑顔すら引きつっていて。
悟浄はわなわなと、三蔵とを指差したまま大口を開けていた。
そんな彼らを面白そうに見やった後に、三蔵が怒鳴ったのだ。
それでようやく我に返った面々が、各々の時を動かし始めた。
「ありえねぇ――ッ!!!くっそ、こんなんだったら昨日俺が」
「何か言ったか、エロ河童!」
すかさず銃を悟浄に向けると、降参しましたとばかりに両手を挙げてがっくりと項垂れる始末。
「にしても、驚きました。三蔵は……その……」
「偶然だ。」
「いつ…からですか?」
「こいつが熱中症で倒れた後だ。」
「ああ、だからですか。」
八大竜王の封印を解く時の人工呼吸にしても、その後ずぶ濡れのを着替えさせて介抱したことも、これで合点がいく。
八戒は三蔵の後ろにまだ隠れているに視線を向けた。
「何故、隠していたんですか?」
「隠すつもりじゃなかったんだ。ごめん。」
「家庭の事情だ。こいつは悪くねぇ。」
「そうですか。まぁ、男ばかりより女性が居てくれる方が華があっていいですからねぇ、悟浄。」
がっくりと肩を落としていた悟浄だったが、八戒の言葉に顔を上げた。
そして、はにかみながら笑顔を向けてくれるにもう一度向きなおり、手を差し出した。
それが何を意味するのか分からないは首を傾げながら悟浄を見た。
「俺、沙悟浄。悟浄って呼んで?」
「あ。」
それが意味するもの。
自己紹介。
「僕」
「”私”ですよ。」
柔らかく細められた翡翠の瞳。
「わ、私。」
今まで被ってきた仮面が剥がれ落ちていく。
男として必要とされてきた日常が、過去のモノへと変わっていく。
そう。
もう、あの世界には帰れない。
あの世界に『』はもういない。
この世界に『』は必要ない。
本当の私を必要としてくれる彼らだから、僕が私で居られるようになる。
次の言葉を待ってくれている。
「私、。宜しく。」
そう言って悟浄と握手する。
「猪八戒です。宜しくお願いしますね。」
八戒と握手する。
「俺、悟空!宜しくな!」
元気な悟空が手を差し出す。
「気が済んだか。」
何も聞かずに受け入れてくれた優しさに、自然と涙が零れ落ちた。
説明なんか必要じゃない。
あるのは真実のみ。
目の前にある現実が、これからの道を示してくれる。
偽りの仮面を脱ぎ捨てて
真実のみを纏って歩き出そう
支えてくれる仲間が居るから
安心できる居場所があるから
僕を消して、私を戻そう
小さい頃から消してきた、本当の私を
「これからも、宜しくね。」
零れ落ちたのは、最上級の笑顔。
愛でる様に微笑みを向ける蓮池の向こうで、一輪の華が咲いた。
遅咲きの桜のような綺麗な華が。
「ようやく会えたな、。お前がお前で居られる場所は、今も昔もあいつらの傍なんだよ。」
「本当によかったですな。」
「ああ。」
本当に
よかった
ようやく終わりました。
このような駄文でしたが、ここまで読んで頂いて本当に有難うございました。
本来ならば、もう少し速く書き上げるべきだったのですが、諸所の事情がありまして。
こんなに遅くなってしまいました。
大変お待たせして、申し訳ございませんでした。
これからも、当サイトの三蔵一行を宜しくお願い致します。
09.08.06 蒼稜