麗らかな午後の日差しをカーテンが遮る。
この季節は午後の数刻が一番暖かくて心地いい。
が・・・、三蔵の気分は逆に急降下していった。
桃源高等学校の英語教師。
それが三蔵の肩書きだ。
そして今、英語の教員室で午前中の授業で実施したテストの採点をしていた。
その中の一枚の答案用紙に三蔵の手が止まる。


名前は


赤々と色染まった紙を握り潰しそうな勢いで0を記入した。
他教科はそれなりの成績なのに、こいつは英語だけはこんなふざけた点をとりやがる。






『3-1 !放課後、俺の教員室に来い。逃げんじゃねえぞ!!』






「ゲッ」

突然鳴り響いた放送にの顔が引きつった。
和気あいあいと友達と過ごしていた休み時間だったのに、その雰囲気を一気に打ち壊した元凶に一瞬殺意すら覚えてしまう。

「どうしたの?」
「あははは。英語の小テストだ。」
「もしかして、悪かったんだ。」

友人達が同情の眼差しを送ってくる。
もしかして、なんて生半可なもんじゃない。
だって・・・白紙で提出したんだ。
間違いようもなく0点。
英語の教師、三蔵。
彼の容姿だけは凄く美丈夫。
だが・・・一度口を開けば「めんどくせぇ」「殺す」「ガキが」諸々、口が悪いどころの騒ぎじゃない。
そんな先生の気を引く為に今まで何人の生徒が赤点をとって呼び出され、教員室で二人きりの世界を狙った事だろう。
が、それが悪夢でしかないと知れ渡ったのもあっという間の出来事だった。
だから彼に呼び出されるのは、死刑宣告を受けたのと同じ。
は痛む頭を抱えた。










――放課後


重い足を引き摺るようにやってきた教員室。
溜息を洩らしながらドアを叩くと、不機嫌な声が返ってきた。
覚悟を決めたは勢いよくドアを開けた。

「失礼します。」
「逃げなかったようだな。座れ。」

促されるまま三蔵の向かいの席につくと、ばんとばかりに机の上に置かれた答案用紙。
引きつった笑みを浮かべながら、なんとか誤魔化そうと必死に頭を絞る。
が、何を言ったところで現実が変わるはずもなく。
言ったら言ったで、言い訳無用!と斬って捨てられそうなだけ口を開く事が出来なかった。

「言い訳はなしか。」
「言い訳もなにも。分かりませんでした。」
「てめぇ、良い根性してるじゃねえか。何が分からない。」
「英語すべてにおいて。分からないのが何かも分かりません!」

キッパリはっきり言い切ったに、三蔵は頭を抱えたくなった。
抱える代わりに溜息を吐き出して、英和辞典と和英辞典を机の上に出した。

「辞書付きでかまわねえから、やれ!」
「うぇ〜ッ」
「いいからやりやがれッ!!」

不機嫌な三蔵はそう言ってタバコを取り出した。

校内禁煙も、三蔵先生にとっては通用しないようである。
いつまでもふてくされていても問題は終わらない。
それに、三蔵先生の視線が痛い。
は渋々テスト用紙と辞書との格闘を始めた。

それから一時間。


「お、終わった。」

テスト用紙を三蔵先生の前に出して、はへなへなと机に突っ伏した。
無言で採点を開始した三蔵先生から視線を外し、室内をぼんやりと眺める。
そこで初めて違和感に気付いた。
きらびやかな包装紙がゴミ箱から飛び出している。
しかも中身は取り出されていないようだ。

「ねぇ、先生。あれ何?」

三蔵はゴミ箱を一瞥した後、めんどくさそうに口を開いた。

「ゴミだ。」
「うそ。何かプレゼントだよ、あれ。」
「誕生日だ。」
「へぇ〜。誕生日か。・・・って、先生の?」
「他に誰がいる。」

興味なさそうに告げられた新事実には顔をしかめた。

「知ってたら絶対プレゼント持ってきたのに。」
「ふん。捨てられるのがおちだぞ。」
「やっぱり無理か。」
「そうだな。俺が出すHearing testに答えられたら、考えてやらなくもない。」
「本当に?」

の言葉に器用に方眉を上げた三蔵は、駄目もとだといわんばかりに流暢な英語をその口に乗せた。

「・・・。yes,I do.」
「てめえ、それでも受験生か。」
「え〜ッ、正解じゃないの!?」
「寝言は寝てからいえ。」

呆れた声で告げた三蔵は、先のテストの採点に移った。
それを見ながら、はごそごそとポケットから飴玉を取り出し口に入れた。

「誰の断りがあってそんなもん食べてるんだ。」
「ほぇ。ふぇんふぇ〜。」

ドングリ飴なだけあって一つが大きい。
方頬を膨らませながら日本語にならない声をあげるに、三蔵は心底頭を抱えたくなった。
採点していた手を置いて、机越しにの顎に手をかけた。

「ふぁに?」
「るせえ。没収だ。」

思わず飴玉の入っているポケットを押さえた手は、次の瞬間力をなくしだらんと垂れた。
驚きで声すらでない。
思考回路も完全停止。
見開いた目は、真正面にある紫暗の瞳に完全に呑まれていた。
そして言葉通り、ドングリ飴は三蔵先生に没収された。

「おい。いつまで惚けてやがる。」
「・・・・・・・・・・・。」
「今日から受験まで、びしびししごいてやる。覚悟しておけ。」
「へ?や、それは・・・・ごめんなさい。」
「拒否権なんざねぇんだよ。こっちもな。」

再び奪われる唇。

「どうして?」
「お前は俺の誕生日を知らなかったからな。ただそれだけだ。」
「あ。先生、誕生日おめでと。」




それから、受験日まで三蔵の教員室には必ずドングリ飴が置いてあったとか。


桜咲くその日まで。





     〜 Happy Birthday,SANZO.〜





なんだか、最初の構想とかなりずれたような気が・・・。(苦笑)
まあ、それでも、ぎりぎり間に合いました。

三蔵、誕生日おめでとう!