広い。

寒い。

寂しい。

辛い。


――会いたい。





―― I miss you ――





我慢出来なくて、八戒に頼んだ。
八戒は苦笑いしながらも、色々と手配してくれた。
木枯らしが吹く中を見送られて、は空の旅人になった。


三蔵に会えるなら、怖いけど、一人だけど、だけど頑張れる。


異国語が当たり前のように飛びかう空港ロビー。
心細くて涙がでそうになるのをぐっと我慢して、八戒に書いてもらったメモの文字と頭上にある案内板の文字とを見比べる。
いっぱい歩き回ってようやくTAXIの文字を見つけた。
順番待ちの列に並び、怖くてガクガクと震える膝をなんとか落ち着かせる。

英語なんて学生の時以来。
いつも赤点……どちらかというと一桁台。
そんな学力だったから、社会に出たらもっと英語から遠ざかった。
いや、本来は身近になってしまったのだろうが、三蔵や八戒があえてをそういう席に出ないでいいようにしてくれた。
だからずっと甘えてた。
その陰で三蔵が色々と噂されているのも知っている。
一度、勇気を出して言ってみた事もあったが、三蔵は優しい笑顔をくれた。
「無理すんじゃねぇよ。」

でもね、三蔵?
無理と寂しさなら、私は無理するの。
無理かもしれないって解ってるけど、それでもあのまま待っているのが耐えられなかったから。



寒さのせいなのか、恐怖のせいなのか、ぶるぶる震える肩を抱き締めて、目の前で口をあけている身知らずの鉄の箱に足を踏み入れた。

『どちらまで?』

何を言ってるのか理解出来ず、怖くて耳を塞ぎたいのを堪えたはもう一枚のメモを運転手に渡した。
そこには三蔵のいる会社の名前と住所、そして電話番号までもが書いてあった。
頷き「OK」と返した運転手を見て、ようやく前途に光が差したように感じた。
滑らかに走りだしたTAXIの窓から遠くに見える摩天楼を眺める。

あの中に、あの中の何処かに三蔵がいる。
大丈夫。
絶対会える。

そう信じてぎゅっと手を握り締めた。
どれだけ、何処を、どうやって走ったか解らないまま、急にTAXIが路肩に停車した。
キョトンと首を傾げると、運転手が何かを言ってきた。
渡したメモを返してくれながら、そのメモと外の高層ビルを交互に指差す。

「ここ?着いた?」

恐怖していた心がほんわりと軽くなった。
自然と今日初めての笑顔が零れる。

『お客さん、料金』

また英語が耳に入り、一瞬にして現実に引き戻された。
メーターを指差す運転手に、料金の事だと解って財布からお金を取り出した。
そしてはたと気付く。
日本とではお金の単位も違うし、何より幾らなのか解らない。
どうしよう。
せっかくここまで来れたのに…。
財布からドル札を取り出そうとした時、ひらりと一枚の紙が落ちた。
拾い上げてみるとそれは八戒からで、丁寧な文字で料金の事が書いてあった。
その指示に従って運転手にお金を支払った。
TAXIから降りて、改めて三蔵の会社を見上げる。
周りのどのビルにも負けていない、それどころか一番立派ではないかとさえ思ってしまう。

「三蔵…。」

もうすぐ会える。
まだ仕事中だろうから終わるまで待っていないといけないだろうけど、そんな時間くらい我慢できる。
日本で待っている時間に比べたら、ほんの僅かな時間なのだから。
入口から入って、ホールの中央奥に受付がある。
見目麗しい女性が二人、に気付いて立ち上がった。
圧倒的な威圧感に逃げ出したいのを我慢して、八戒に書いてもらった手紙を受付の上に置いた。
一人の女性が手紙を読んで、まじまじとを見てきた。

「あの………、三蔵に会いたいの。」

の『三蔵』の言葉に、もう一人も訝しそうにそれを覗き込んだ。
そして二人は顔を見合わせて笑いだした。
何がなんだか解らない。
八戒の手紙には、が三蔵の妻で、三蔵に会いに来た旨が書いてあるはずなのに。
勿論、三蔵の片腕である八戒のサインと社印が押してある。

「三蔵に会える?」
「NO!」
『こんな子が三蔵さんの奥さんなわけないわよ。これだって、どうせ偽造でしょ?』
『まったくよ。あんたみたいなダサい女がここにいるなんて場違いもいいところよね。』
『そうそう。』

そう言って笑いあう二人。
例え言葉は違っても、嘲笑されている事は空気で解る。
耐え難い屈辱と恐怖ではポツリと大粒の涙を零した。
一度零れてしまえば後は止まる事なく落ちてくる。

「っ……く……さんぞ……っ」


三蔵。
会いたいの。
三蔵。
頑張ったのに…。
なのに………。


しゃくりあげながら流れる涙を両手で拭う。

『早く出ていってよね。いい迷惑だわ。』

片手でしっしとされたのに耐えきれず、は泣きながら踵を返した。
とぼとぼとドアに向かっていくを清々した顔で眺めていた二人の前に、突然社長である三蔵が現れた。

『どうした。』
『社長。社長の奥様を名乗る意地汚い女性が現れましたので追い返しました。』
『ほぅ、いい度胸してるじゃねぇか。』

その言葉に二人の受付嬢は気分を良くして、偽物と決め付けた手紙を渡した。
それを受け取った三蔵は手紙を読んで、色目を使ってくる受付嬢を紫暗の瞳で睨み付けた。

『こいつは何処にいる!?』
『・・・・・・どうして』
『何処にいるかと聞いている!!』
『え、あ、その・・・今外に出て行ってますが・・・。』

三蔵の剣幕に押されしどろもどろに返ってきた答えに、三蔵は視線を上げた。
そしてビルから出てしまいそうなに気付き、舌打ちしてから走りだした。

!」

振り返ったは、涙でぐちゃぐちゃになった顔をそのままに三蔵の胸めがけて飛び込んできた。


久しぶりに感じる愛しい温もり。
弾けるような声は、今は泣き声で。
ふんわりと咲く花のような笑顔は、今は涙に濡れ。
どれだけ怖かった事だろう。


三蔵は泣きじゃくるをぎゅっと抱き締めながら、髪に優しいキスを落としていった。

「ばかやろう。どうして一人で来た。」
「ごめ・・・・・・さ・・・い。・・・・・・さみ・・・かった・・・」


三蔵のいない家はとても広くて。

三蔵のいない空間はとても寒くて。

三蔵のいないベットはとても寂しくて。

三蔵のいないのがとても辛かったから。


仕事だから仕方ない、それは十分すぎるほど理解していたつもりだったのに。
それでも、人恋しいこの季節に三蔵の温もりを思い出してしまったから。


最初は八戒に止められた。
でも、必死に頼み込んでようやく許してもらえた。

会いたかったの!
三蔵に、会いたかった。
三蔵の腕に抱かれて、その温もりを感じたかったの。


「俺もだ。一日だってお前を忘れたことなんてねぇ。」
「三蔵。」


半年だと言っていたのに、いつの間にか一年が過ぎようとしていた。
何度か帰国しようとしたが、どうしても俺がいないと対処しきれない契約ばかりが持ち上がってきて。
何度を呼ぼうと思ったか。
夢で見ていた笑顔が、最近は泣き顔に変わっていたから。
俺以上に寂しい想いをさせているんじゃねぇかって気が気じゃなかった。
なにより、俺がの笑顔を見たかったのかも知れねえ。


「三蔵に会えてよかった。」
「ああ。」
「・・・違うの、そうじゃなくて。今日が三蔵の誕生日だから。去年はお祝い出来なかったから、今年はしたかったの。」


なるほどな。
俺もそうだが、八戒もこいつの事に関してはかなり心配性だからな。
こんな理由がなけりゃ、渡米すら許してないだろう。


「なら、もう仕事は終わりだ。帰るぞ。」
「え?」
「祝ってくれるんだろ?」

そう言うと、いままで泣いていたのが嘘のように大輪の花が咲いた。
この笑顔を俺だけに。


お前が俺にとっての最高のプレゼントなんだよ。





皆さん、こんにちは。
お久しぶりの蒼稜です。。。
いえ、ホント、どうも。。。
めっきり忙しくなり、三蔵の誕生日にパソコンを触れるという保証もなく・・・・・・。
なので、すっごいフライングですがめちゃくちゃ早くアップさせていただきました。

更新が本当に滞っていますが、愛が冷めたわけではありません。
育児の合間合間に時間を作って作業していきます。

これからもどうぞ宜しくお願い致します。

 08.10.09 蒼稜