そう、それはただの偶然。
街の少し外れに在る一軒の喫茶店に、フラリと立ち寄ったのが事の始まり。
――― By chance ―――
昨年の年明けから、は勤めている会社の監査員になり、毎月1日に支社の監査に行くようになった。
仕事が充実し、毎日楽しいといえば楽しかった。
けれども、女性監査員で、しかもまだ24才ということで、舐められる事が多かった。
それでも挫けずに毎月遣って来れたのは、根っからの負けず嫌いな性格のおかげだと思う。
3月までは先輩が一人同行していたが、4月からはそれもなく、一人で行く事になった。
その監査の帰り、一休みしようと立ち寄ったのが、問題の喫茶店桃源cafe。
そして、四人の男達と出会った。
cafeの料理長だと思われる、綺麗な翡翠の瞳をした猪八戒。
ウエイターで、これまた綺麗な紅い瞳と髪を持つ沙悟浄。
元気に走り回ったりしている姿が微笑ましい、金色の瞳の少年孫悟空。
そして、最初の頃はお客さんだろうと思っていたが実はココのオーナーだった、
眩しい金糸の髪と射抜くような紫暗の瞳を持つ玄奘三蔵。
彼こそ、まさにが気になった男だった。
仕事が終わったばかりで、ピリピリした雰囲気でいたを
「いらっしゃい」と、柔らかい声で迎えてくれたなが八戒。
悟浄と悟空のやり取りが面白くて。
それでいて、その場所がとても温かくて、また来ようと思った。
帰る時に、窓辺のテーブルでコーヒーを飲みながら新聞を見ていた三蔵が、の心にその存在を刻み付けた。
それから、毎月欠かした事が無い。
月に一度ではあるが、彼らとはそれなりに話せるようになっていた。
そして・・・・・・。
――昨年の12月だった。
いつもなら昼の二時頃には来ているが、今日はまだ来ていない。
三蔵は、新聞に向けていた視線を窓の外へと向けた。
通りを見渡すが、そこには待ち人の姿もなく。
仕事が長引いてるのか?
三時になり、四時になり、時間だけがただ過ぎる中。
いつまで待っても現れないに、三蔵は苛立ちを覚えた。
近くの会社の監査をしに来ていると言っていたは、いつもピリピリした感じでやってくる。
だが、帰る時には穏やかな笑みを浮かべて
「ごちそうさま。また来ます。」
そう言って帰っていくのだった。
最初の頃は日にちなんて気にしなかったが、八戒が気付きにその事を聞いていた。
「毎月1日ですよね。ここに来られるの。」
「そうなの。監査が1日に行われるから。だから、その帰りに来るの。」
その頃からか。
毎月1日はが来る日、とそれぞれの中で位置づけられていた。
だが。
今日はまだ、その顔を見ていない。
黒曜石のサラッとした長い髪をバレッタで後ろに纏め上げ、
柔らかい金色の半フレームの眼鏡の奥に見える瞳は、綺麗な蒼色をしている。
そんなの姿が、三蔵の頭を掠めた。
苛立ちを紛らわすために吸っていたタバコは、灰皿に溢れんばかりの山を作っていた。
コトンと目の前に置かれたコーヒーカップに、伏せていた視線を上げる。
「今日は遅いですね、さん。何かあったんでしょうか。」
「チッ、知るか。」
「そうですか?てっきり貴方が、さんの事を気にしていると思ったんですが。・・・違いました?」
翡翠の瞳が、すっと細まる。
何もかもお見通しのような八戒の態度に、眉を寄せて置かれたコーヒーに手を伸ばした。
「来ようが、来まいが、それはアイツが決める事だ。俺は知らん。」
「クスッ。本当に素直じゃありませんね、三蔵は。」
「何が言いたい。」
「貴方の行動が物語っているという事ですよ。これ、置いておきますね。」
そう言って、テーブルに置かれた新しい灰皿。
八戒相手に言い合っても敵わないと解っているので、フンと鼻であしらい、新しいタバコに火をつけた。
外はもう暗くなっていて、街灯が灯り始めていた。
今日はもう来ねぇな。
諦めに似た溜息を、紫煙と共に吐き出した。
「そう言えば、悟浄たちも遅いですね。」
カウンターに戻った八戒が、壁の時計を見上げた。
翡翠の瞳が、時計から離れて窓に向く。
「なんだ。あいつ等、何処に行きやがった?」
「いえね。豆が切れそうだったので、お使い頼んだんですけど・・・。」
フン。どうせあいつ等の事だ。何処かで油でも売ってるんだろおよ。
そう言おうとした時、カランと店のドアが開いた。
そこには、たった今話題に上った二人が立っていた。
「お帰りなさい。遅かったですね。」
「ああ、ワリィ。ちょっと・・・・・・な。」
「おい、悟浄。後ろにいるのは誰だ。」
困ったように前髪をかき上げた悟浄が、ゆっくりと横に退いた。
そこには、今日一日待っていたの姿が・・・。
でも、その服は乱れていて。
ロングコートの裾から見える足にも、僅かに血が滲んでいた。
そして何より、いつもは纏め上げている髪が下ろされていて、の顔を隠していた。
「テメェ!!」
「悟浄!!」
三蔵と八戒の声が重なる。
「俺が、んな事するわけねぇだろ。」
「・・・三蔵。八戒。ごめん。豆・・・・・・ダメにしちゃった。」
の後ろにいた悟空が、何とも言えない表情で現れた。
手には、破れた袋が抱えられていて。
品物の豆をダメにしてしまったことが、窺い知れた。
そんな悟空と、遣り切れない表情の悟浄。
そして痛々しいを交互に見つめた八戒は、ふっと表情を和らげた。
「こんな所じゃなんですし、さんも中へどうぞ。悟空、怒ってませんから、閉店のプレート掛けといて下さい。」
「お・・・おう。」
「ほら、チャン。まっ、入んなって。」
始終俯いたままのの手を悟浄が引いて、カウンターの席へと着けた。
八戒が飲み物を入れている間に、三蔵は二人を促して従業員用の休憩部屋に入った。
ドアを閉めると、店内とは全く遮断された空間。
三蔵の紫暗の瞳が二人を捉えた。
そして、静かに紡がれる有無を言わさぬ声。
「話せ。」
「カフェ・オ・レにしてみました。温まりますよ。」
コトンとの前に置かれたカップからは、言葉通り温かい湯気が立ち上がっていた。
「・・・すいません。」
「かまいませんよ。・・・それよりも、何処か痛むところはありませんか?」
伏せていた顔をゆっくりと上げると、心底心配そうな翡翠の瞳があった。
それに、再び顔を伏せる。
涙が一滴、カウンターに落ちた。
「・・・怖かった。」
「もう大丈夫ですよ。」
遅くなったのは、支社の会計で年末の予算に架空の出張費が盛り込まれていた為。
何故気付いたのか・・・よく解らないが、何かが引っ掛かった。
だから調べた。
結果、やはり偽造されていた。
上の者を問いただし、直ぐに訂正させ、不正分の金額を全額耳を揃えて返金するようにと忠告して、帰路に着いた。
17時も過ぎた頃だったので、本社に事の次第を伝えて、直帰してもいいとの返事をもらった。
そして、遅くなったが月に一度の事なので、いつものようにココヘ向かっていた。
その途中の事・・・。
暗くなった夜道、三人の男たちに囲まれて、誰もいない公園に連れ込まれ、乱暴されそうになった。
必死に抵抗していた時に、悟浄と悟空が現われて助けてくれた。
思い出して、恐怖が再び襲ってくる。
震える肩をギュッと抱き締め、唇を噛み締めた。
そんなの頭に、ぽんっと温かい手が置かれた。
「もう大丈夫ですから。心配しなくていいですよ。」
ね。と微笑む八戒を見て、堪えていた涙が一雫カウンターに落ちた。
「・・・あの、・・・悟空がダメにした豆代、払わせて下さい。」
「そんな事、気にしなくてもいいんですよ。豆代より、さんの身体の方が大事ですから。
足、血が滲んでいるようなので、消毒しておきましょう。」
「あ・・・はい。」
待っていて下さい。と、先程三蔵たちが入っていった部屋へ消えてしまった。
一人きりになった店内で、は涙を拭ってカフェ・オ・レに口をつけた。
ふわっと広がる温かさが、恐怖を、緊張を解きほぐしてくれるかのようだ。
ようやく落ち着いた頃、八戒が救急箱を持って戻ってきた。
悟浄と悟空から一通りの話を聞いた三蔵は、更に深く眉間に皺を刻んだ。
「・・・仕事で何かあった・・・ってとこか。」
「それが一番可能性が高いだろうな。なんせ・・・なぁ。」
悟浄が机の上に、三枚の免許証を並べた。
それは先刻、を襲っていた奴らのそれで・・・。
「を黙らせようとしたって事だろっ?!汚ぇ奴!もう少し殴っとくんだった。」
「まったくだ。ぶっ殺す!!」
「「さ・・・三蔵。」」
三蔵の静かな怒りに触れ、悟浄と悟空は背中に嫌な汗が流れた。
そんな時、ドアが開いて八戒が入ってきた。
そして机の上の免許証を見付け
「この方々ですか?」
「あ・・・ああ。」
「そうですか。また改めて、僕と三蔵でお礼に行かないといけませんねぇ。」
「や・・・止めとけっ、八戒。お前らの分までちゃんとのしてきたからよぉ。」
「・・・こえ〜〜っ。」
八戒の纏っている笑顔が黒いのに気付いた悟浄が、顔を引きつらせながら止めた。
悟空はあまりの恐さに、悟浄の背に隠れた。
なんせ、を気に入っているのは四人が四人とも同じで。
しかも、その質の悪い二人をお礼になんて行かせたら、涼しい顔で「殺ってきましたv」なんて言いながら帰ってきそうで。
「ところで八戒。何か用か。」
「ああ、そうでした。さん、足を怪我してるみたいなので、消毒をと思いまして。」
普段の顔に戻った八戒は、棚の上から救急箱を取り、店内に戻っていった。
「おい。こいつら、誰に頼まれたか吐いたか?」
「チャンがいたし。あんま手荒な事は出来ないっしょ?」
「だから、公園の木に縛り付けてきた!」
ニカッと笑う悟空に、三蔵がハリセンを落とした。
「んな事言ってる暇があるんなら、さっさと行って吐かせてこい!!」
三蔵に怒鳴られた二人は、互いに顔を見合わせた後、裏口から外へ出ようとした。
「おい、悟浄。」
「な〜によ、三蔵さま。」
「解ったら、直ぐ連絡よこせ。」
「OK!OK!じゃ、ちょっくら行ってくるわ。ほら行くぞ、チビ猿。」
「誰が猿だよ!このエロ河童!!」
いつまでも続きそうな言い合いをドアが遮った。
静かになった室内で、三蔵はタバコに火をつけた。
室内が煙に染まる頃、また八戒が入ってきた。
「三蔵。吸いすぎじゃありませんか?」
その言葉に、器用に方眉を上げながら、吸っていたタバコを吸い殻で溢れかえった灰皿に押し込んだ。
肩を竦めた八戒は、持っていた救急箱を元の場所に戻した。
「会社の・・・支社の方ですが。会計で不正があったみたいですよ。彼女が気付いて、正すようにと忠告したそうです。」
「なるほど。それでか。」
「不正に携わっていた上の方が、その方々を雇ったってとこですね。」
八戒がスッと眼鏡を指で押し上げた時、三蔵のケータイが着信を告げた。
それは待ち望んだ悟浄からだった。
「誰に雇われた。」
『・・・おいおい。三蔵サマはせっかちね〜♪』
「るせぇ!とっとと言いやがれ!」
『斜陽会社の社長だとさ。』
「んだと?本当なんだろおな。」
『本当も本当。大マジだって。証拠のケータイも手に入れたしな。』
“俺持ってるよ”と、後ろから悟空の声が聞こえた。
「フン、上等じゃねぇか。今直ぐ戻ってこい。」
言うだけ言って返事も聞かず、ケータイを切った三蔵は店内に続くドアを開けた。
その音で、カウンターにいたが振り返った。
足には八戒がしたのだろう、白い包帯が巻かれていた。
蒼の瞳もいつものキレはなく、ただ切なげに揺れていた。
「おい、。」
「・・・はい。」
びっくりした。
今まで名前なんて呼んでもらった事がなかったから。
いつも静かに新聞を読んでいる三蔵は、必要以外の事はあまり喋らない。
・・・ああ、でも悟空と悟浄が煩い時は、ハリセンかましてるか。
でも、こうやって自分に面と向かって話してくれる事はなかったから。
「お前が勤めている会社は何処だ?」
「え・・・っと、観音グループの本社です。」
「やっぱりそうか。で、帰りは電車か。」
「はい。」
「送ってやる。」
「三蔵?!」
あまりに意外な言葉で、が声を出すより早く、三蔵の後ろにいた八戒が驚きの声を上げた。
「八戒。あいつ等が戻ったら、証拠品全て持ってココに来い。」
言いながら、三蔵は伝票の裏にスラスラと住所を書いて渡した。
「俺が行くまで待ってろ。」
「解りました。」
何が何だか解らないまま、の前で事が進んでいく。
三蔵が送ってくれるのは、正直嬉しい。
でも、ここからの家までは電車でも四十分はかかる距離なのに。
車だと、交通事情をいれてももっとかかるはずだ。
「あの・・・。悪いですから・・・。」
「悪かねぇ。送ってやる。」
拒否権はねぇ!なんて言って、再び奥へ引っ込んでしまった三蔵。
それを見送った八戒が、微笑みながらに向き直った。
「三蔵は心配なんですよ。」
「え?」
「車なら、確実に家まで送り届けられるでしょう?」
「あっ。すいません。気を使わせてしまって・・・。」
申し分けなく項垂れたの肩に、八戒はそっと手を置いた。
「いいんですよ。それに三蔵は貴女の事が
「八戒!貴様、それ以上言ってみろ!!」
「あははは。いやですねぇ、三蔵。じゃあ、さん気を付けて。」
バンッと勢い良くドアを開けて現われた三蔵に笑顔を向けた八戒が、そのままの背中を押した。
戸惑いながらも裏口から出て、三蔵に促されるまま表の道に停められていた車に乗った。
それから一時間かけて、ようやくのマンションに辿り着いた。
その間、別に取り立てて何かを話すワケでもなかったが、逆にそれが心地よかった。
そして、別れる時。
「何も心配するな。」
ふわっと軽くなった心と反対に、三蔵の事を忘れることが出来なくなった。
次の日
出社すると直ぐに社長の観世音菩薩に呼ばれた。
数える程しか会った事のない社長は、皮張りのイスに座り、その顔には綺麗な笑みを浮かべていた。
昨日の不正の件の報告を済ませると、社長はイスから立ち上がりの前まできた。
「。お前に辞令を出す。」
「あ・・・あの。」
昨日の事がよくなかったんだろうか。
会社ぐるみの事だったのか。
様々な事が頭を過る。
おそらく顔にそれが出ていたのだろう。
社長の、くくっと笑う声で我に返った。
「まぁ、最後まで聞け。お前は今日から俺の秘書をしてもらう。」
「は!?・・・はいっ!?!」
「言葉どおりだ。ちなみに、二ヵ月の間に秘書業務を完璧に覚えきってもらう。」
できんだろ?と口角を上げる観世音社長に、「もちろんです」と返事を返した。
それから年が替わり、約束の二ヵ月目がきた。
ばたばた忙しい毎日だったので、一月にあのカフェに行くことはなかった。
毎月欠かさず行っていたので、一度行かなかっただけで、心にぽっかりと穴が開いたような虚しさに襲われた。
でも、休みもなく慌ただしい日々に、そこまで足を伸ばすだけの体力もなかった。
「。」
「はい、社長。」
「お前に明日行ってもらいたい支社がある。」
すかさずシステム手帳を取出し、予定欄にペンを置く。
「斜陽会社だ。」
「・・・。」
思わず顔を上げて、観世音菩薩の顔をまじまじと見つめてしまった。
秘書に拒否権はない。
社長の言葉は絶対だ。
それは理解している。
が、そこは・・・。
眼鏡の縁をスッと上げ、一度深呼吸してからは口を開いた。
「解りました。」
「心配すんな。不正に携わっていた奴等は全て首にしている。新社長を就けてから、軌道に乗り始めたからな。様子見だ。」
「・・・はい。」
「朝一で行け。こっちには出てこなくていい。後は向こうで聞け。」
ニヤッと口角を上げる観世音菩薩をは見逃さなかった。
ここ二ヵ月で彼女の性格は大方把握した。
観世音菩薩がこんな風に口角を上げる時は、明らかに何かを企んでいる時。
「・・・何か企んでますか?」
「くくっ。行きゃわかる。」
そう言われたのが昨日。
は重い足取りで斜陽会社の前へ来た。
受け付けで来社を伝えると、社長室まで直通のエレベーターへと案内された。
こんなの前はなかったのに。
この二ヵ月の間に取り付けたってワケ?
どんな社長よ。
辿り着いた階で降り、一枚の重厚な扉の前に立ち尽くす。
この扉も以前はなかった。
ここまでする新社長の顔、見せてもらおうじゃない。
の心中など知るはずもなく、案内してきた受け付け嬢がドアをノックした。
「入れ。」
「失礼致します。お連れしました。」
扉を開け、それだけ言った彼女は一礼して下がっていった。
残されたは、ゆっくり室内に入り扉を閉めた。
観世音菩薩のデスクに負けず劣らずの立派なデスク。
その向こうに見える黒い皮張りのイスが、くるりと向きを変えた。
「よく来たな。。」
「・・・さ、三蔵さん!?」
見間違いなどではない。
眩しい金糸の髪に、射ぬくような鋭い紫暗の瞳を持つ人など、この人以外にいるはずはないのだから。
でも何故喫茶店のオーナーが、この会社の社長になってるの?
茫然と立ち尽くしているの前に三蔵が立った。
ふっと柔らかく口元を緩めた三蔵。
「お前は今から俺の秘書だ。」
「・・・は?」
「クソババァには言ってある。」
「それって、観世音社長の事ですか?」
「ああ。」
一体どういう関係なのだろう・・・と考えていると、不意に知った声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、やはり
「八戒さん、悟浄さんも。」
「驚かせてしまって、すいませんね。」
「いや〜、もーなんつうか、チャンの事が心配でさ。この三蔵サマがよ?」
ニャッと口角を上げながら、その長い髪を掻き上げる悟浄。
「テメェ!殺すぞ!!」
「でも、本当の事でしょう。」
にっこり笑う八戒に、苛立ち紛れに舌打ちした三蔵は、そのままの腰に手を回し抱き寄せた。
「こいつは俺のモンだ。手ぇ出すんじゃねぇぞ!」
「まだまだこれからですよ。僕達だって引くつもりありませんから。ねぇ、悟浄?」
「あったりまえだろ?俺だってチャンの事好きだしな。」
三蔵の腕の中で真っ赤になったに、八戒のにこやかな笑顔と悟浄のウインクが降ってきた。
あまりに突然の事すぎて思考が追い付かない。
何か話さなきゃと思っても、ドキドキしすぎて口内が乾いて声が出ない。
「ああ、ちなみに僕達もここの社員ですから。」
「は・・・い。宜しくお願いします。」
「いいぜ。チャンなら、ゴジョさんが手とり足とり・・・」
ガチャ
「スミマセンデシタ。」
急に大人しくなった悟浄を不思議に思いながら、音がした方を見ても、そのモノは目に入ることはなかった。
首を傾げるを、三蔵の紫暗の瞳が柔らかく見つめていた。
「いい加減、仕事に戻れ。」
「そうですね。悟浄、行きますよ。」
「ヘイヘイ。あぁ、チャン襲われんなよ。」
「るせぇ!とっとと戻れ!ノルマ倍にするぞ!!!」
怒りはしているが、何処か楽しそうな三蔵の姿に、八戒の顔にも自然と笑みが宿る。
自分達だって、を諦めるつもりはないけれど。
あまり人を、特に異性を寄せ付けない三蔵が、自らの懐の中に初めて入れたのがだから。
からかいながらも、温かく見守っていくことにしましょうか。
ねぇ、三蔵。
クスッと笑い声を残して、八戒も悟浄の後を追った。
後書き