三蔵と約束したから。
三蔵が約束してくれたから。
貴方の家で待っていないと。
X'masの天使
との約束を守る為、三蔵は定時に仕事をあがり帰路についた。
今日はクリスマスイブ。
去年は仕事に追われ、それどころではなかった。
確か、夜中に悟浄たちが酒とつまみをしこたま買い込み、傾れ込んできた。
一昨年も・・・同じようなもんか。
「くっ。今年からは変わるな。」
愛しいの姿が脳裏を過った。
そんな時、三蔵の車の横を走り抜ける一台の救急車。
クリスマスイブだというのに・・・。
病気や事故は待ってはくれねぇからな。
銜えていたタバコを放し、一筋紫煙を吐き出した。
「帰ったぞ。」
いつものように声を掛けて中へ入ると、奥からパタパタとスリッパの音が聞こえてきた。
「おかえりなさい。」
はにかみながら笑うの頬に口付け、コートを脱ぐ。
キッチンから微かに漂ってくる香に、が今まで頑張って料理をしていたのが分かった。
ダイニングへ続くドアを開けると、案の定テーブルの上には色々な料理がのったお皿が並んでいる。
そして、その傍らに電光煌めくクリスマスツリーがあった。
「びっくりした?」
「・・・。ったく、いつ買ったんだ、こんなもん。」
「イヤだった?」
ごめんなさい、と小さく謝るを自分の胸の中に閉じ込めた。
「嫌ってわけじゃねえが。・・・慣れてなくてな。」
腕の中でキョトンとするに、去年と一昨年のクリスマスの事を話してやると、
クスクス笑いながら「想像できる」とぬかしやがった。
軽く舌打ちして、の唇を求めた。
お前が考えるのは俺の事だけでいい。
他のヤツの事など考えるな。
食事が終わり、すぐに洗い物をしようとするを呼んだ。
「何。もうケーキ食べる?」
「どこぞの猿じゃねえんだ。んなに、すぐ食えるかよ。」
「それもそうだね。」
鈴が鳴るように笑うを、ソファーに座っている自分の膝の上に抱き上げる。
なんとなく、いつもより軽いの体。
「もう少し食えよ。軽すぎだ。」
「重いよりいいもん。」
「くくっ。目、閉じてみろ。」
ふくれるの目を閉じさせ、先日買っておいた指輪を取り出した。
シンプルなシルバーのリングの中央に、自分の瞳と同じ色のアメジストが輝いている。
の左手をそっととり、薬指にはめてやった。
「さんぞ・・・。これ」
「クリスマスプレゼントだ。拒否は許さねえ。」
「ありがとう。」
「お前は一生俺のもんだ。」
大粒の涙を流すに、そっと口付けた。
。お前はずっと俺のもんだ。
誰にも渡すつもりなんざねえ。
俺がこの手を離す事もねえ。
涙がおさまったが三蔵の膝から下りた。
「私からもプレゼントがあるの。」
そう言った後、はツリーの下からラッピングされた袋を持ってきた。
「メリークリスマス、三蔵。」
袋を開けると、紫と蒼の交ざったセーターと白いマフラーが入っていた。
「・・・お前が編んだのか?」
「そうよ。ちゃんと出来てると思うんだけど・・・。」
着てみて?とねだるに勝てるはずもなく、ワイシャツの上から袖を通した。
「ピッタリ?」
「ああ。」
「よかった。似合ってる。」
「悪かねえな。」
着心地もいい。
何よりが三蔵の為に作ってくれたと思うと、心が暖かく感じた。
そんな三蔵に、は頬を赤らめながら「目を閉じて」と言った。
「イヤだと言ったらどうする?」
「お願い!恥ずかしいから、絶対いいって言うまで開けないでね!」
おとなしく目を閉じた三蔵の首にが抱きついてきた。
耳元で静かに告げられる言葉に、三蔵の口角があがる。
目を閉じたまま、自分の顔の前にあるの首筋に印を刻んだ。
「愛してやるよ。たっぷりとな。」
「ん。愛してるよ、三蔵。」
そっと離れていくの体温。
離れきったところで、いいよと声が聞こえた。
「!?!・・・おい、!?」
目を開けてすぐに愛しい者の姿があると思っていた。
だが、それは違った。
リビングの真ん中といってもいいこの位置で、声がしてすぐに目を開けたはずなのに。
どこにもの姿はなかった。
隠れるような場所などないのに。
「チッ。どこ行きやがった、!」
キッチン、トイレ、お風呂、寝室・・・どの部屋を探してもの姿はなかった。
「どうなってやがる!」
苛立ちながら叫んだ時、三蔵のケータイが着信を告げた。
ディスプレイには、八戒の文字。
「クソくだらねえ用件なら切るぞ!」
『三蔵!今すぐ僕の病院へ来て下さい。が・・・早く!!』
「てめぇ、何言ってやがる。はついさっきまで俺の傍にいたんだ。」
『そんなはずありません。は・・・危篤状態なんですよ!早くっ!!』
八戒の声が遠くに聞こえた。
何をバカな事を言っている。
あいつは、つい先刻まで俺といた。
無我夢中で、三蔵は車を走らせ、八戒の病院へ向かった。
頼む!
誰かウソだと言ってくれ!
ICUの中で、の息は浅かった。
けれども苦しそうな呼吸だったが、その表情はかなり和らいでいた。
を病院へ連れ帰って、出来るかぎりの処置をした。
が、一時は安定していた脈拍も次第に弱まっていき、最期が近いことを知らしめていた。
「。三蔵に連絡しますよ。」
「さ・・・ん・・・ぞ・・・・・・りが・・・と・・・って。」
「まだです。まだ逝かせませんから!自分で伝えて下さい。」
わかりましたね、と念押しすると、弱々しいが微かに微笑んだ気がした。
後をナースに任せ、一度廊下に出た八戒は三蔵のケータイを鳴らした。
暫くして、息急き切って廊下を走ってきた三蔵が八戒の胸倉を掴み上げた。
「八戒、どういう事だ!は!!」
「三蔵。少し落ち着いて下さい。」
「落ち着けるわけねえだろうが!」
「とりあえず、に会ってあげて下さい。いつ逝ってもおかしくないんですよ!早く!」
八戒に促されてICUへ入ると、確かにそのベットには弱々しいが横たわっていた。
半信半疑だったものが、現実であると理解した。
の左手をそっととってやると、閉じられていた瞳がゆっくりと開いた。
「さ・・・んぞ」
「誰が・・・」
その後の言葉が出てこない。
「あり・・・と。・・・あ・・・えて・・・よか・・・・・・た」
「分かったから、もう喋るな。」
「ちゃ・・・と・・・つた・・・た・・・から。・・・あい・・・し・・・て・・・る」
「ああ。俺も愛してる。、お前だけだ。」
懸命に喋るの傍ら、器械が異常音を告げだした。
解っちゃいるが、認めたくねえ!
ギュッとの手を力一杯握り締めた。
「ね、さ・・・ぞ。キ・・・ス・・・して」
「んなもん、何度だってしてやる。だから・・・」
逝くな!
どこにもイクな!
俺から離れるな!
三蔵がに口付けた。
長い、長いキスと共にピーという音が鳴った。
の頬に涙が一雫零れた。
その上に重なるように、一粒の涙が落ちる。
握り締めている手からはの力は感じれず、旅立ちを物語っていた。
握り締めていた左手をそっとの胸元へ置いてやる。
その薬指には三蔵が贈った指輪がはまっていた。
「拒否は許さねえ。お前の分まで生きてやるから、そこで待ってろ。」
必ず迎えに行ってやる。
、お前はどこにいても俺のモンだ。
「三蔵・・・。」
「ああ。らしくねえのは解ってる。」
ぐっと涙を手で払い、再度にキスを贈る。
苦しみのない、穏やかなその表情に、少し安堵を覚えた。
「は・・・天使だったのかも知れませんね。」
「ああ。」
あの日降ってきたのは、俺じゃなく、お前だったのかも知れないな。
寒空の下、白いものが一片ふわっと舞い降りてきた。
それは静かに降り積もる雪の日から始まった―――
fine.