安心して自分の隣で眠るの髪を、ゆっくりと梳いてやる。

くすぐったいのか、身じろぎして顔を胸へ預けてくる。

そんな仕草の一つ一つが、堪らなく愛おしい。






――― blind angel ―――”Touch”







「あの、紫鴛さん。」
「何です?」
「・・・、触れてもいいですか?」
「かまいませんが、何処にですか?」
「顔、身体とか・・・。目が見えないでしょ。だから、せめて・・・。」


見えない分、手で確かめたかった。
紫鴛がの手をそっと導いてくれる。
初めて触れた彼の顔は、温かかった。
ゆっくりと、指で顔をなぞっていく。
細部にいたるまで、頭の中で描写できるように。
目元、鼻筋、唇、耳、髪・・・。
どれもが整っていて、綺麗な顔立ちだとわかる。
身体も、線は細いが、それでもしっかりと男の人の体つきで。


「見えたらよかったのに。」
「そうですね。ですが、見えるのでしたらココまで触らせませんよ?」
「クスッ。それもそうね。」
「では、私も触れてかまいませんか?」


返事をする間もなく、紫鴛の細い指がの頬にかかった。
くすぐったくて、身じろぎして逃げようとするのを、反対の腕で抱き寄せられしっかりと胸の中に閉じ込められた。
頬を滑る指が、そのまま唇をなぞり、離れた。
そして、次の瞬間降ってきた温もりに、は戸惑いを隠せなかった。
唇に残る温もり。
触れるだけの、優しい口付け。


「見えなくて不安かもしれませんが、好きです。」
「紫鴛さん。」
「”さん”は要りません。」
「・・・・・・紫鴛。」
「はい。」


空気がフッとゆるんだ。
それに気付いたも、紫鴛に笑みを向けた。


「では、そろそろ寝て下さい。」
「え!・・・っと?」
「まだ熱が引いていないのですよ。これ以上酷くなったら、貴女のマネージャーに何を言われるか。それに、私も心配です。」
「紫鴛は、・・・・・・帰っちゃう?」
「いいえ。帰りませんよ。ずっとの傍にいます。だから、心配せずに休んでください。」


起こしていた身体を紫鴛がゆっくりとベットに横たえてくれた。
先程と同じように右手に感じる紫鴛の温もり。
それがとても心地よくて、はゆっくりと意識を手放していった。
意識が完全に無くなる前、部屋から紫鴛の出て行く気配には勢いよくベットから起き上がった。
途端、軽い眩暈に襲われる。
傾く体を手で支え、眩暈が治まるのも待たずに床に足を下ろした。
帰らないと言ったが、もしかしたら帰ってしまうかもしれない。
そんな不安が一気に心を支配する。
よろけながらも、ドアまで辿り着いたはそのノブを掴んだ。
瞬間、ドアが外側に開く。
予想外の出来事に身体と意識が付いて行かず、前のめりに倒れていった。
床に倒れる前に紫鴛に抱きとめられていた。


。危ないではないですか。」

少し怒ったような、驚いたような声色に、しゅんと肩を落とした。
でも、紫鴛が帰っていなかった事にホッと胸を撫で下ろした。

「ごめんなさい。紫鴛が帰っちゃうんじゃないかって・・・。」
「余計な心配をかけてしまったようですね、すいません。家に連絡を入れていたのです。」
「それって・・・・・・。」
「ええ。帰らないという事ですよ。言ったはずですよ。」


言葉が終わらないうちに、抱き上げられ、そのまま再びベットに寝かされた。
が、も今度は紫鴛の服の裾を掴んで離さなかった。


「・・・。何処にも行きませんよ。」
「分かったけど、でも・・・・・・ヤだ。だから、一緒に寝よ?」


紫鴛の口から、諦めに似た溜息が落とされた。
不安で、蒼の瞳が揺れる。
ダメだろうか。
やっぱり抵抗があるよね・・・。
でも、やっぱり不安な心は隠す事はできない。


見上げているとゆっくりと紫鴛が動いた。
の身体に掛かっていたシーツが捲られる。
そして、隣に入ってくる紫鴛の体温。
今度こそ安心して、その胸に顔を埋めた。


「そういえば、紫鴛はどうしてあの日、来てくれたの?」
「あの日というのは、コンサートの日の事ですか?」
「そう。」


の髪を梳きながら、紫鴛はコンサートに行く事になった出来事を話した。
今にして思えば、あの日、あの時、是音がのポスターを見て、あの言葉を言わなければ・・・。




―――――お前、妹なんているのか?




あのアザを見つけなければ・・・。




―――――お前のそれ、生まれつきだよな。なら、これはどう説明するんだ?




そして、是音がこう言わなければ・・・。




―――――聴きに行っても悪かねぇなって思ってよ。





是音が見つけなければ、今、こうして出逢っていなかったかもしれない。
出逢うにしても、まだまだ先だったかもしれない。


「じゃあ、是音さんにお礼言わないといけないね。」
「確かに、そうですね。」
「フフッ。でも、本当に良かった。」
「そうですね。」
「うん。おやすみなさい。」
「ええ。おやすみなさい。ゆっくりと休んでください。」


chu


リップノイズの響くキスが、の唇に落とされた。








おやすみなさい。

もう一人になどさせませんよ。

これからは、ずっと一緒に歩いて行きましょう。

私が貴女を導きます。

だから、ずっと、その笑顔を、私に向けていて下さい。

愛していますよ、

私の、たった一人の義妹。

私の、たった一人の愛おしい存在。









紫鴛の連載(?)も、最終話を迎えました。

短編ばかりが寄り集まって出来た話ですので、一つ一つが短くて・・・。
しかも、ヒロインか紫鴛の独白が多かったかな。(苦笑)
書くの難しくて。紫鴛だし。読めないキャラだし。あう。。。(言い訳です。)

ここまでお付き合い下さいまして、本当に有難う御座いました。

   蒼稜 06.06.14