深々と降り続く白。
降り積もって、一面を銀世界にかえ、無音の空間を連れてくる。
たまに聞こえてくるのは、庭の植木に積もった雪が、重みに耐えれず下に落ちる音。
夜になり、辺りが暗くなっても、縁側から漏れる明かりに照らされた白は銀色に輝いていた。
幻想的な世界。
それを夕方からずっと眺めているのは、幼なじみのだった。
ニュースでは、今年最高の積雪になるだろうと言っていたのに。
何を考えているのか。
突然連絡をよこして、是音の家に雪まみれでやってきた。
「逢いたかったんなら、俺が行くほうが良かったんじゃねぇのか?」
と聞けば、
「ダメよ。それじゃあ意味ないもん。」
と返される始末。
濡れた髪にタオルを掛けてやり、中に招き入れた。
是音の部屋じゃなく、真っすぐ座敷に向かった。
その中央には、毎年お馴染みの掘りゴタツが出ている。
それを縁側ギリギリまで移動させ、暖をとる為に深々と布団を被った。
そして、今に至る・・・。
「是音。寒い。」
「お前なぁ。ったく、縁側の障子もカーテンも開けっ放しじゃ冷えるに決まってんだろ。」
少しでも部屋を暖めようと、開け放たれているそれらを閉めようと腰を上げた。
「閉めちゃダメよ。」
言ってる事と行動が伴っていない。
そんなに、是音は溜め息を吐き、上げていた腰を再び下ろそうとした。
が、の言葉に行動を止められる。
「・・・お前、今年も作るのか。」
半ば呆れながら、コタツで丸まっているを見下ろした。
寒い、寒いと言いながらも、目が早くと是音をせっつく。
こうなれば押しても引いても動かないのが、この幼馴染のいいところ・・・というか、悪いところ。
溜息だけをその場に残し、是音は自分の部屋に向かった。
そして、クローゼットから一番暖かいダウンジャケットを取り出す。
コレを貸すのも一体何度目だ?
毎年雪が積もれば、是音の家にやってきて作るもの。
それが、雪ウサギ。
子供の頃は雪だるまも並べて作っていたが、大人になってからは雪ウサギだけになった。
しかも、出来上がったモノを置く場所も庭から、今では室内に変わっている。
もちろん、皿の上に置いているが、融けるまで飽きずに眺めている。
自分の家で作りゃいいだろ、と以前に言ったが。
の家はマンション。
是音の家のように庭もなければ、南天の木もない。
それに、なにより『趣きがない!』と力説された。
座敷に戻り、に取って来たジャケットを渡した。
待ちきれずにウズウズしていたは、それを着るなり玄関から飛び出していった。
「・・・ったく、せっかちだな。」
庭で犬のように駆け回るの姿を捉えながら、是音は口元を緩めた。
もう日も落ちて夜の帳が下りているが、雪の白と部屋からの明かりで外は白銀に輝いていた。
その中で舞う。
長い黒曜石の髪が一際映えていた。
食器棚から取り出してきたガラス製の小皿を手に、是音は縁側の窓を開けた。
「忘れ物だぞ。」
「ありがと、是音。」
笑顔で受け取ったは、再び雪に遊ばれていた。
ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
開けたままの窓に凭れながら、タバコをふかし、その瞳に愛しい幼馴染を映した。
ガラスのお皿にウサギの身体を形作っていく。
もう流石に毎年のことだから、手際もいい。
タバコを吸い終わらないうちに、雪ウサギの形は完成した。
一度お皿を目の高さにまで持ち上げ、それを吟味するように眺めたは、満足気に微笑んだ。
どうやら完成らしい。
是音は窓から手を伸ばしても届く位置にある南天の木から、その紅い実と緑の葉を二組ずつ手に採った。
が持ってきた雪ウサギに、採ったばかりのそれを差してやる。
「ふふ。やっぱり可愛いね。」
「ああ、そうだな。」
嬉しそうにそれを眺めるの頭に付いている雪を手で払い落とした。
くすぐったそうに目を細める。
「風邪引く前に、風呂入ってこいよ。」
「は〜い。」
雪ウサギの乗ったお皿をそのまま縁側に置いたは、玄関に回った。
しぶしぶな返事に、それも毎年の事だと苦笑する。
かなり長い付き合いになったもんだな。
幼馴染なんだから、仕方ないといえばそれまでだが。
それでも、恋愛感情を持ち合わせて付き合いだしたのはまだ両手、両足を合わせても足りる年数。
互いにいつの間にか、付き合いだしていた。
周りに言われて、「付き合ってたのか?俺たち。」「まあ、そんなとこじゃない?」なんて言った記憶もある。
それほどまでに、馴れ合い。
大事な言葉も言わぬまま、ずるずるとココまで来てしまった。
これからもずっと、という訳にもいかないだろう。
答えがどうあれ、そろそろケリをつけてもいい頃だ。
是音は短くなったタバコを灰皿に押し付けてから、縁側に置きっぱなしのウサギをコタツの上に移した。
ポケットの中から、ジャケットを取りに行った時に一緒に持ってきたモノをそっと取り出す。
それを一度握りしめてから、なるようになれとばかりに雪に埋めた。
少し崩れてしまった形を再び整えたとき、がバスタオルを髪にかけたまま入ってきた。
「・・・お前なぁ。髪乾かさないでどうする。」
「だって、ウサギ融けちゃう。」
「ったく。ほら、座れ。」
呆れて溜息しか出てこないが、それでもを座らせてから頭にかかっているタオルを手に取った。
背後からでも解るの表情。
きっといつものように、猫みたいに瞳を細めて幸せそうに微笑んでいるだろう。
しっとりとまだ濡れている髪をタオルで包み込むように拭いていく。
「ね〜。是音。」
「なんだ?」
「ん〜。ありがと。」
「・・・ああ。」
甘えたような声に、是音の顔も自然と赤らむ。
それを手で隠すようにして、一度部屋から出た。
濡れたバスタオルを洗濯機に放り込み、洗面台の横に置いてあるドライヤーを手にした。
いくらタオルドライで乾かしたとはいえ、こんな寒い日だ。
ドライヤーで乾かしておかないと、おそらく風邪を引いてしまうだろう。
再び部屋に戻り、の髪を乾かし始めた。
互いに何も話さず、ドライヤーの音だけが部屋に満ちる。
ある程度乾いてきた頃に、ようやくが口を開いた。
いつも是音は優しい。
見た目は、右目に眼帯をしてるせいか多少怖く感じる部分もあるが。
でも深く付き合ってると、是音の心の底の優しさに触れる事ができる。
今も、文句を言いながらもちゃんと乾かしてくれてる。
他の男ならするかしないか、付き合ったことがないから解らないが、是音はしてくれる。
面倒見のよさは人一倍だと思う。
それに今までも、おそらくこれからも助けられるとさえ思ってしまう。
でも、実際はわからない。
私がどう思っていても、是音がどう思ってるかなんて・・・解らない。
聞いた事もない。
ずるずると馴れ合いのまま、月日だけが過ぎていった。
その面倒見のよさに、心地いい優しさ。
それに溺れていた自分。
何度、ありがとうって心の中で叫んだことか。
でも・・・。
そろそろ気持ちをはっきりさせないと。
お互いにもう社会人なんだから、外との付き合いも必然的に多くなる。
是音にだって、私以外に好きな人が・・・。
それ以前に、今も私の事を恋愛対象に見てくれてて、付き合ってるのかすら怪しい。
互いに付き合ってなんて、はっきりとした告白なんてしなかったから。
自分の考えに自嘲気味に口元を歪め、その考えを追い払うかのように軽く首を振った。
ようやく乾いたのか、是音がドライヤーを止めた。
「ありがと。」
「ああ。」
「ねぇ、是音・・・。」
自由になった頭を、コテンとコタツの上に乗せた。
机に頬をつけながら、蒼い瞳に融けかけた雪ウサギを映す。
綺麗なものも、いつかは壊れる。
儚い夢となって消えていく。
私たちの関係も・・・馴れ合いのままいつかは消えて・・・・・・
不意に南天の実が落ちた。
融けた雪で支えが無くなったからだろうが。
それよりも、その実があった場所から何かが見えた。
部屋の明かりに雪がキラキラと反射する中。
その煌きよりも、尚いっそう輝いて見えるモノ。
不思議に思いながら、頭を上げて指でその場所の雪をのけた。
徐々に姿を現す煌きの正体。
「・・・是音。これって・・・・・・・。」
雪で冷たくなったリングを手にとり、まだ背後に居た是音を振り返った。
「馴れ合いのままってのもどうかと思ってよ。」
「それって、・・・。」
「ずっと一緒に居てくれないか?」
そう言った是音の真剣な眼差しに戸惑った。
ついさっき、自分も馴れ合いのまま、これからどうなるのか考えたばかりだったから。
戸惑い半分、正直嬉しくて。
自然と涙が瞳に溜まっていくのが解った。
「返事は急がねぇし、お前の気持ちを優先する。」
「ぜの・・・ん。・・・・・・ぃ・・。好きィ。ずっと、・・・一緒に居て欲しい。」
「ああ。」
が持っていたハリーウィンストンのリングを、是音が手に取った。
少し小粒のダイヤが水滴を落とす。
まだ冷たさの残るそれを、そっとの左手の薬指にはめてくれる。
の細い指に、その小振りのダイヤが存在を主張するように輝いた。
リングの触れたところは少し冷たいが、何より是音の気持ちの深さを知った。
ダイヤモンドは永遠の愛の象徴。
「、愛してるぜ。」
触れ合う唇。
重なり合う気持ち。
馴れ合いじゃなくて、本当の愛。
一生、お前は俺が護ってやる。
後書き