久しぶりのデートに誘って連れ出したのはいいが・・・。
会った時から冴えない顔をしているに、是音は頭を抱えた。
会話をしても、ほぼ一方通行。
相槌は打ってくれるが、全く聞いていない事がよく分かる。
それほどまでに、は難しい顔をしていた。
――― worry along ―――
確かに。
思い返せば、と最後に会ったのはもう3週間も前の事。
俺も仕事が忙しかったし、それにはまだ大学生だ。
お互いに忙しい身。
会いたいだろうと分かってはいるものの・・・・・・。
暇を作るのは難しい。
それを謝ってみても、気のない返事。
コレで何度目だろうか。
そろそろ俺も我慢の限界なんだけどな。
組んでいた腕をほどき、の手を掴み近くの公園へ入った。
それでもは繋がれたまま、引っ張られるままに俺についてくる。
意識はまだ、ココにない。
人目を避けた場所で、を胸の中に抱きしめた。
少しでも離れていた距離を埋めるように、しっかりと・・・・・・。
「・・・・・・、ぜー君?!」
さすがに突然の事で、はようやく声を上げた。
意識がココに戻った。
「長い間会ってやれなくて悪かったな。」
「えっ・・・・・・と。」
「いいかげん、機嫌直してくれないか?」
「ごめん。そんな顔してた?」
「ああ。返事は上の空だし。」
「本当、ごめん。違うのよ。ぜー君と会えなかったのは寂しかったけど・・・・・。」
はそれまで合わせていた視線をふと逸らせた。
何かを思い出したのか、何かが気になるのか?
急に俺の腕の中から抜け出し 「ゴメン!」 と一言だけ残して、唖然としている俺を残し
一人駆け出して行った。
「・・・・・ん、是音!まったく貴方と言う人は。ちゃんと話を聞いて下さいよ?」
「あ・・・、ああ。ワリィな。」
「どうかなさったんですか?さんに、とうとう愛想でもつかされましたか。」
「・・・・・・、そうかもな。」
同僚で、長年の付き合いのある紫鴛の言葉に苦笑し、暮れ行く夕焼けの空を見上げた。
会社帰り、地下鉄の駅へと向かう道すがら先日のことを話す。
聞き終えた紫鴛は、呆れたような溜息をついた。
「まったく、仕方の無い方ですね。女性を3週間もほったらかしにすれば怒るのも当然ですよ。」
「返す言葉もねぇよ。」
「では、早めに仲直りして下さいね。」
そう言って紫鴛の見つめる先には、駅隣接の花屋が。
「おい・・・。まさかとは思うが、俺にソレをしろと言ってんのか?」
「理解が早くて助かります。」
相変わらず読めない紫鴛の表情に、是音はガックリ項垂れたまま、その花屋の前で足を止めた。
別に花を贈ることに抵抗は無い。
が、紫鴛の事だ。それだけじゃ済まないだろう。
中に居た店員が気付き 「いらっしゃいませ。」 と近づいて来る。
「何になさいますか?誰かのお誕生日ですか?」
「いいえ。・・・、そうですねえ。ここはセオリー通り、薔薇の花束・・・」
「待て!!!紫鴛!」
「何でしょうか?そもそも貴方の態度が招いた結果なんでしょう。」
「だからって、それはねぇだろ!!」
「いいえ。店員さん、この深紅の薔薇100本纏めてください。」
「はい。有難うございます。」
隣を歩く紫鴛の表情がフッと緩む。
それを頭にきて、ジロッと睨んでみたところでコイツには全く効くことはない。
分かっちゃいるが・・・・・・。
すれ違う人が振り返っていく。
原因は、手に持った薔薇の花束。
「ガラじゃねぇんだよ。」
言ったところで、冷めた目であしらわれるのみ。
極めつけに、
「さんに別れられてもいいのですか?」
という言葉が飛び出すもんだから、俺はそれ以上に何も言い返せない。
けれども、こうやって最後まで付き合ってくれるのは、長年の親友だからだろう。
辿り着いたの家の前で、2階の角部屋を見上げる。
カーテンは引かれているが、隙間から覗く光でが居る事がうかがい知れた。
軽く深呼吸してインターホンを押し、用件を告げると、少しして玄関のドアが勢いよく開いた。
飛び出してきたにいつもの笑顔は無かった。
どこか疲れて、それでいて何かを思い悩んでいるような・・・。
「ぜー君!もうダメ。助けて。」
先日とは逆で、から俺の胸に飛び込んでくる。
それをしっかりと抱きとめながら、紫鴛と顔を見合わせた。
一体何があったのか?
一体何に悩んでいるのか?
が落ち着きを取り戻したところで、是音はその蒼の瞳を覗き込んだ。
「どうした。」
「・・・、あのね。ぜー君って、文系?理系?」
「は?」
飛び出した声は、自分でもハッキリと分かるほど裏返っていた。
それを気にも留めず、はなおも聞いてくる。
「いや・・・、どっちかっつうと体育系だろ。」
「そっか。」
途端、しょぼんと項垂れる。
「さん、大学の勉強で何か解らない事でも?」
「あ・・・。紫鴛さん。」
「宜しければ力になりますよ。」
「あの・・・。」
の家からの帰り道。
隣を歩く紫鴛の顔から笑みは絶えなかった。
「良かったじゃありませんか。」
「まあな。」
「ですが、相変わらず熱心な方ですね。」
「負けん気は、人一倍強いだろ。」
会えないことで怒っていたのかと思っていたが、全く見当ハズレ。
なにやら、友人に進められてホームページを作り出したのはいいが、それが行き詰ったのだという。
しかも、ビルダーを使えば簡単なものを、それじゃあ意味が無いと手を出さず。
パソコン一つでやろうとしていた。
参考に使っていたのは、父親の集めていたパソコンデータ集。
マイクロソフトのオフィスワードで作っていたそれは、形になりはしていたが画像がアップされないと紫鴛に泣きついていた。
「その友人に聞けばいいだろ?」
「聞いたよ。でも、メモ帳でしか作って無いからあまり詳しい事は分からないって。」
「さんは、どうされます?このまま、ワードで作りますか、それともその方みたいにメモ帳で作りますか?」
「・・・、難しいですか?」
「基本的なことさえ覚えれば簡単ですよ。こちらの方が応用も利きますしね。」
「なら、教えてください!」
それから、一時間ほど紫鴛のパソコン教室が開かれた。
別れ際のの表情は、輝くものに変わっていた。
思い返していたところに、ケータイがメールの着信を告げた。
開いてみると、それはからで。
是音の表情も自然と柔らかくなる。
”ぜー君、この前はごめんね。薔薇、ありがとう。
今度は、いっぱいデートしようねvvv
PS.紫鴛さんに、よろしく。”
薔薇の花束を渡したときの顔が思い浮かんだ。
それは、100本の薔薇に負けないくらいの綺麗な笑顔だった。