連日連夜続いた大雨が、昼頃から小雨になり、じとじととした空気とどんよりした雲を残して

雨が止んだ。




「さんぞー!これって絶対神様が行けって言ってるんだって!神様のおぼめ・・・おしぼめ・・・し?」

「・・・」

雨が止んだことに異常なテンションの盛り上がりを見せる恋人に向かって
ソファに座って新聞を広げていた三蔵は容赦なくため息をつく。


そして、近くにあった紙のうらに"思し召し"と書き

「・・・"オボシメシ"、だ。」

とだけ口を開いた。

「・・・う。・・・でっ・・・でも問題はそこじゃなくて!」

「日本語くらいまともに喋れ。」

「うーるーさーい〜!もういいの!思し召し思し召し!だから行こうよ〜!!」

「行かねェ。つーか見えるだろベランダでも。」


は面白くなさそうにベランダに視線をやる。


「・・・見えるって、なんか小指の先くらいのがピコッて見えるだけじゃん。」

「見えてンだろーが。」


その三蔵の視線は、ベランダを一瞥することもなく新聞の紙面を這う。


「"見える"と"見に行く"のは全然違うの!」

「混む、暑い、疲れる・・・"見に行く"方が断然リスクがデケェ。」

「迫力ある、ロマンチック、楽しい夏の風物詩!おまけに夜店が出てる!"見に行く"じゃなきゃつまんない!」

「人見に行くようなモンじゃねェか・・・夜店の食い物が目当てなら行って買って来い。」

「うわぁもう三蔵ちょー冷たい!」

「結構だ。」


ふん、と軽く笑った三蔵だったが、は相当面白くない。



「・・・行こうよー。」

「行かねェ。」

「なんで。」

「さっき言っただろうが。」

「ばか。」

「"オシボメシ"に言われる筋合いはねェよ。」

「・・・!ちょっと間違えちゃっただけだもん・・・!」

「家で大人しくしてろ。」

「・・・」

「・・・」

「・・・一緒に行きたかったのに・・・」

「・・・」


のしょぼんとした声に、三蔵の視線が持ち上がる。


「浴衣着て・・・三蔵と一緒に見たかったのに・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

ぐずりと涙をこらえたような顔をして、それでも口は結んだまま三蔵の横に膝を抱えて座る






「・・・花火。」








それだけぽつりとつぶやき、ふさぎこんだ。































しばらくの、沈黙。

























ガサバサッ、と沈黙のために大げさに聞こえる紙の音をさせて、新聞をたたんだ三蔵。




「・・・何時だ。」





「・・・え?」






仕方なさそうに発された三蔵の言葉だったが、は潤んだ目を輝かせて顔を上げた。





「何時に打ち上げンだって訊いたんだ。」





改めて三蔵が問うと、は嬉しそうに満面の笑みでソファから立ち上がった。




「七時!」




そして、準備しなくちゃ!と自分の部屋に駆け込んだ。

その後姿を見て、三蔵は小さく笑った。



「あと三時間もあるじゃねェか。」

































賑やかな声と賑やかな音楽。
夜店からたちのぼる煙や香りに祭りの雰囲気が形作られていた。

人々はすでに十分過ぎるほど集まっていた。


キラキラと瞳を輝かせると、うんざりと眉間にしわをよせる三蔵。


「お祭りって感じ!」

「あぁ、ウゼェくらいにな。」

「まだ花火まで30分あるね!」

「チッ・・・早く来すぎたな・・・」

「そんなことないよっ!」

がくるりと三蔵を振り返り、三蔵の腕に自分の腕をからませた。


「ね、ちょっと夜店回ってみよう!」


正直歩き回るのは勘弁して欲しかった三蔵だったが、のあまりに楽しそうな表情に負け、足を踏み出した。



夜店は案外多く、人々は花火に備えて食料を買い込んでいるらしく何人分も買う客が多かった。
やきそばやフランクフルト、たこ焼きなどが売れているのもその証拠だろう。

もお腹がすいたようで、食べ物の店ばかり見ている。


「今の内に食っておけ。」


三蔵が言うと、少し恥じらいを見せながらもはうなづく。


「そうする。・・・でもみんな食べたくて、迷う。」


三蔵は声に出さずに笑う。


---カオに似合わずえらい食欲だな。


「・・・あっ!」


「・・・どうした。」


が嬉しそうにあげたこえに、三蔵が眉をしかめる。



「今お客さんがいなくなった!私買ってくるね!!」


「なっ・・・お・・・おい・・・!!!」



タッ、と衝動的に駆け出した
引きとめようと伸ばした三蔵の腕は、すんでのところでの浴衣の袖を逃した。





「おいっ・・・!!・・・!!!」






「すぐ戻ってくるっ!待ってて!」






にこりと笑うと、そのまま人ごみに飲まれていった。







「おい・・・!」





人ごみは流れる。







「チッ・・・てめぇら押すんじゃねェ・・・!!テッメ・・・!クソッ・・・どけ!!」





ぐいぐいと動き続ける人ごみは、花火の打ち上げを間近に控え、量を増していく。





「クソッ・・・」
































見事にを見失った三蔵。
しかも人ごみのせいで「待ってて」と言われた場所から随分流された。


---つーかどこなんだここは。



どれだけ元の場所から離れたかもわからない。


・・・と

















パーン・・・!ヒュルルルルル・・・ドーン!!




















花火が打ちあがった。




「クソッ・・・」




三蔵はため息をつきながらうなだれた。

が、同時に足を踏み出した。








「俺一人で見たって意味ねェだろうが・・・」






ドドーン・・・







「おい!・・・おい!どこいきやがった・・・!」








ヒュゥゥゥ・・・ドーン・・・!







「クソッ・・・なんで俺がこんなことを・・・返事しろ馬鹿が・・・!」









三蔵がぶつぶつ文句を言いながらもに呼びかけて歩く。

それでも、振り返るのは知らない女性ばかり・・・しかも運が悪いと絡まれる。


「え?・・・きゃ・・・私・・・?なにか御用・・・」

「・・・テメェじゃねェよ。」


ドーン・・・!


「やっだナンパー?」

「・・・くだらねェ・・・邪魔なんだよ・・・!」

「ナニソレー、かっこいいからってチョーシのんないでよねー!」


ヒュルル〜・・・パーン・・・!


「・・・え?わっ・・・私?」

「おい、俺のオンナに声かけてんじゃねーぞ!」

「あァ?・・・勘違いカップルたぁめでてェこったな・・・」

「なんだとコラ!?」

「煩ェんだよ!!急いでンだ足止めすンじゃねェ!!」




足を止めることなくを探す。



---どこいった・・・何買いに行くかくらい聞いておくんだったな・・・クソッ・・・。




自分のてぬかりに舌打ちしたとき、遠くに、ひらりと目に付いたゆかたの袖・・・
















さっきは掴み損ねた、あの袖だ。




















ッッ!!!!」
















一度はひらりと人ごみに紛れた袖が、人ごみに逆らって、振り返った。













「さっ・・・さんぞ・・・!!」




















見つけた。






















ヒュウウウウウウウ・・・・・・パァーン・・・!!!!ドドーーーン・・・!!!!
























二人の間に、最大の花火があがった。










ぎゅうぎゅうと人ごみに逆らってくるの腕を、三蔵が伸ばした腕が、ガッ、と捕らえた。







ぐいっ・・・








の腕を引き寄せ、腕の中に抱え込む。

流れに、さらわれないように。











そのまま人ごみからどうにか抜け出す。










「勝手に離れンじゃねェ・・・どンだけ探したと思ってンだ・・・!!」



呆れたように、かつ強い口調で叱り付けた三蔵に、がしゅんとする。




「ごめん・・・つい・・・。」



しかし、しゅんとしたままではあるが、少しだけ目線を上げてが反論する。




「私、三蔵に待っててって言ったとこに・・・ちゃんと戻ったよ・・・。」




三蔵が、ぐ、と詰まる。







「・・・チッ・・・もう帰るぞ。」







自分の立場が危うくなったところで話題転換。
三蔵の常套手段ではあるが、はその手は食わないとぶんぶんと首を振る。





「やだ・・・!!花火まだ上がってるし・・・ほとんど一緒にいられてないのに・・・!!!」





三蔵はため息をつく。





「もういいだろうが・・・また迷ったら探さねェぞ。」


「もう離れないもん・・・!!!」






は三蔵の手をとると、ぎゅ、と指をからめる。







「絶対離さないし・・・勝手にどっか行ったりしないから・・・!!」

















内心、くらりとする。




三蔵は己の内心を隠すかのように、わざと大きく「ふん」と顔を背けた。








「・・・まったく・・・どうしようもねェな・・・」








しかし、そう言って喉の奥で小さく笑うと、の手を引いて歩き始めた。







「・・・やっ・・・やだ・・・!帰らないってば・・・!!」





強制送還されるものだと思ったが抵抗すると、
三蔵が振り返った。












「違ェよ・・・。」













形容するならば、にやり、であるが、それはいつになく、やわらかい表情。












「・・・っ!」











不意をつかれたはほぅ、っとみとれたようになり、手をひかれるままにとてとてとついていく状態だった。













縁日の騒音から逃げるように、木の茂った林の中をずんずんと進んでいく三蔵。

しかし、人ごみからは離れていく方向、花火の音は遠ざかり、背後にあるようにすら感じる。








さすがのも、ほぅっとしながらも心配になってきたのか、三蔵に声をかけようとした、その時。













「抜けるぞ。」














わぁっと、視界がひらけた。



















ヒュルルル・・・ドォーン・・・!!!シュウウウウウゥゥ・・・


















「わぁぁ・・・!!!!」















もう、最大の盛り上がりは過ぎてしまっていたが、枝垂れ柳のような花火が、立派に夜空に映えていた。



空は雲ひとつない、紺碧であった。















「すごい・・・!・・・うわぁ・・・!・・・でもなんか不思議だね!なんか遠ざかってきたような気がしてたのに!」




が満面の笑みで三蔵に問う。




「木ばっかの中通ってきたからな・・・お前が気付かねェうちに回り込んだんだろ。」




そう言いながら、一人に歩かせたら絶対に迷うな、と思い苦笑した。





「そっか。・・・でもなんで三蔵こんなとこ知ってるの?下調べ?」



の間の抜けた答えに、三蔵はがくりと肩を落とす。



「おい・・・仕方なくついてきた俺が下調べなんかするわけねェだろうが・・・」


は一瞬きょとんとしたが、あ、そっか、と言うとあははと笑った。






「・・・探してる時に、見つけただけだ。」





がさがさと煙草を取り出し、火をつけ、休憩とでもいうようにフゥー、と煙を吐いた。






「・・・私を?」





「何を」が足りない三蔵のセリフに、がうずうずと尋ねる。






「・・・」





にちらりと目線をやったが、あっさりとは答えずにもう一度前に向き直り
さらにもう一度煙を吐き出した。





「他にねェだろうが。」






ヒューーー・・・ドォォォン・・・!







「えへへ。」






花火に照らされた三蔵の横顔に見蕩れながら、は嬉しそうに笑った。








「やっぱ見に来てよかったな!花火!!」




「・・・そりゃよかったな。」











花火に照らされて定かではなかったが、二人とも少し頬を赤く染めていたようだった。












それは、夏の暑さのせいだけではないのだろう。




























「バケツ」の野花様より頂いた夢です。
八萬打ビックリキリバン84566番を見事に踏ませて頂きました!しかも記念すべきダブルヒット!!
物凄く嬉しかったですvvv
先の夢は八戒さんだったので、今回は三蔵サマでお願いした品です。
三蔵と是非!花火大会に。
この夏、何処の祭りにも行けない管理人にとって、この夢は最高の夢!です。
野花様、本当に有難う御座いました。