Little Santa 3
目が覚めたとき、小さなサンタクロースは消えていた。
部屋もいつもの自分の部屋で、クリスマスツリーも無い。
夢だったのかと少し哀しくなった。
けれど、ふとテーブルを見ると、可愛らしい花瓶に指した花と、ケーキの皿と、小さくなった雪うさぎがあった。
夢じゃない。
サンタさんは本当に来てくれた。
「・・・ありがとうサンタさん・・・」
その後、両親は離婚が決まり、私は施設へ預けられた。
両親と離れたことはとても悲しくて、最初の頃は毎晩毎晩泣いていた。
けれど、クリスマスの夜、サンタクロースは必ずプレゼントを持ってきてくれた。
あれから姿を見たことは一度も無いけれど、サンタさんが見ていてくれる。
そう思うだけで、頑張らなくてはと思えた。
10年後。
希望の高校に奨学金付で受かることができた私を、引き取ると言ってくれた人がいるらしい。
その話を貰ったときは悩んだ。
けれど、クリスマスにパーティがあるので、一度来てみなさいという。
会って、その家の様子を見てから、どうするか決めればいいと紙に書いてあった。
院長にも、お世話になるかどうかは置いておき、招待されたなら行ってきなさいと言われたので、
不安もあったけれど、黒のワンピースを着て、精一杯おしゃれをして出掛けた。
そして。
地図にあった場所は、とてつもなく大きな家・・・というより屋敷だった。
ものすごく緊張したのだけれど、屋敷の人たちは気さくな方ばかり。
この家の主であり、私を引き取りたいと言ってくれた観音さんは、美人で豪胆な、けど言葉の裏には優しさが詰められているような、素敵な人だ。
どこかで聞いたことのあるような声だと思ったが、それは思い出せない。
「俺のトコに来るかってのはまだ迷ってんだろ?」
「・・・はい。」
「ま、仕方ねぇなそれは。とりあえず今日は楽しんでってくれ。」
「ありがとうございます。」
「もうそろそろアイツらが来る頃だしな。」
「?」
「俺が拾ったクソガキどもだよ。」
観音さんがそう言うと同時に、扉の外からドタバタと賑やかな足音と、それに重なるゆったりとした歩調の足音が聞こえた。
それはこちらに向かってきているようで、観音さんが「ウルサイのが来たぜ。」と笑った。
どんな人達だろうと扉を見た瞬間。
「メシ―――!!」
バンッと扉が痛そうな悲鳴を上げると同時に、それをかき消すほどの元気な声が響く。
その声の持ち主を見て、私は目を疑った。
「・・・え?」
昔々の記憶が、鮮やかな色もそのままに蘇る。
チョコレート色の髪の毛と、一番星が恥ずかしがりそうなほどにぴかぴかと輝く金色の瞳。
『よろしくなッ!』
「おいサル!」
「悟空、急がなくてもご馳走は逃げませんから。」
「・・・うるせェ。」
更に、彼に続いて入ってきた人間を映した目は機能を果たさなくなった。
代わりに、目の前をデジャヴが廻る。
紅い髪に紅い瞳の、緑の瞳のメガネをかけた、金色の髪に紫の瞳の。
「サンタ、さん・・・?」
その呟きに、四人の視線がこちらへ向いた。
金色の目の少年が首を傾げる。
「あれ?オバチャン、この子ダレ?」
「オネーサマと呼べっつってんだろ。コイツは・・・オイ、自己紹介してみな。」
「え、あ、はい・・・」
観音さんに促されて四人に向き直り、八つの宝石に自分が映っていることに緊張しながら頭を下げた。
「は、はじめまして、葉月 といいます。観音さんにパーティに招待していただいて・・・」
どぎまぎしながらそう言ったとき、緑の瞳の青年が「ああ、」と手をぽん、と叩いた。
「前に観音さんが話してらした方ですね。」
「あーそういや言ってたな。」
赤い瞳の青年が相槌を打つ。
その後に何を言っていいかわからず下を向くと、金色の瞳がにゅっと覗き込んできた。
「きゃ・・・」
その至近距離に驚いて思わず声を上げると、少年は明るい笑みを見せた。
「俺、孫悟空!よろしくなッ!」
「は、はい、よろしくお願いします。」
「あーケーゴとかいいって!俺のこと悟空って呼んでくれな?」
「は、あ・・・えっと・・・う、ん?」
「そうそう!」
はい、と返事しそうになったのを訂正して頷くと、満面の笑顔になる。
その笑顔は、太陽のようで眩しい。
それに続くように他の二人も自己紹介をしてくれた。
「はじめまして、猪八戒です。僕のことも呼び捨てでいいですからね。」
「俺は沙悟浄。まぁ悟浄でもいーけど、俺としてはオニーサマって呼んでくれちゃったりすると嬉しいんだケドなー?」
「・・・おにいさま?」
確認するように繰り返すと、悟浄さんは一瞬表情を凍らせた後、視線を逸らして「やべぇ、キタ。」と呟いて、
八戒さんに手の甲をつまみ上げられていた。・・・痛そう。
最後に、神秘的な紫暗の瞳の青年が薄く口を開いた。
「・・・玄奘三蔵。」
「よ、よろしくお願いします!」
直視できないほど綺麗で強い眼光に息を呑んで、腰を90度に折り曲げた。
そんな私を見て、悟空さんと悟浄さんが口々に三蔵さんを批難する。
「オイオイ三蔵サマ、 チャン怖がっちゃってんじゃねーの。」
「そーだぞ三蔵!ンなに睨んだら可哀相じゃんか!」
「まぁーったくこれだから女のコの扱い方知らねぇヤツは・・・」
三蔵さんのコメカミにぷち、と怒りマークができて、あ、と思ったときには。
「ウルセェんだよバカ共が!!」
すぱぱーんッ!!
「・・・・・・」
「あ、いつものことなので気にしないで下さいね?」
三蔵さんの右手にどこからともなく現れたハリセンが、二人を小気味よい音でひっぱたく。
それから守るように肩に置かれた手は、ちゃっかり惨劇から移動してきた八戒さんのもので。
けど、驚いたのはその騒がしさじゃない。
全く同じ光景を、私はあの夜見たんだ。
呆然とする私を見ていた観音さんの口元が、ふっと緩む。
そして、大きな革張りの椅子に座って組んでいた脚をほどき、滑らかな動きで立ち上がった。
「さてと・・・オラ!いつまでも暴れてんじゃねぇよ!終わったんだったらさっさと会場に行け!」
鶴の一声というか、通る声が響くと喧騒は収まった。
三蔵さんが小さく舌打ちをして、いつの間にかハリセンの消えた右手を咥えていたタバコに添えた。
悟空さんと悟浄さんはほっと肩を落として、ちらりとこちらを見た。
その、申し訳ないけれどちょっと情けない表情に、思わず笑ってしまった。
だって、こんなに見惚れるほどカッコイイ人達のこんな表情だもの。
一度笑い出すと止まらなくて、くすくすと小さく笑い続ける。
すると、つられたように悟空さんが「ヘヘッ」と笑い、悟浄さんも、八戒さんも笑って。
三蔵さんは呆れたように溜息をついたけれど、最初の表情より柔らかく見えるのは気のせいだろうか。
それに満足したように口角を上げた観音さんは、「コイツと話があるから先に行ってろ。」と四人を促した。
「じゃあ 、早く来いよな!」
「向こうでな。」
「待ってますから。」
口々に言って扉の向こうへ消える三人に続いて、出て行こうとした三蔵さんが振り返った。
「なんだ三蔵。」
「そいつもココに引き取るつもりか?」
「前に言っといただろうが。」
もう一度紫暗の瞳に自分の姿が映る。
引き込まれそうな瞳は、けれど視線を逸らせずにそのまま見つめ合った。
私からは外せなかった視線を外した三蔵さんは、ふん、と鼻を鳴らして今度こそ出て行った。
静かになった部屋で、観音さんを不安げに見る。
「あの・・・私三蔵さんになにか失礼なことしましたか・・・?」
「いや、アイツはいつでもあんな顔してるから気にすんな。」
それに、と続けた観音さんは、どこか嬉しそうに、
「アイツ、お前のこと結構気に入ったみたいだぜ。」
と笑った。
「で?」
唐突に聞かれた私は首をかしげた。
すると観音さんの口から出たのは。
「サンタさんには、逢えたか?」
「・・・え?」
その一言に、断片的に思い出していたピースが繋がった。
『俺は約束破らねぇよ。』
「・・・あのとき、の?」
言葉使いは悪いけれど、とても優しくて温かかったあの声。
そうだ何で気づかなかったんだろう。
観音さんはまるで子供の悪戯が成功したときのようにニヤリと笑った。
そして私の肩に手を置き腰をかがめて、覗き込んできた。
「来るだろ?」
どこに、とは言わない。
けれどそれだけで、私の迷いのある心は決まった。
こんな奇跡のような出逢い。
神さまが与えてくれた。
『あったかい家族が欲しい』
そんな私の一番の願いが、叶おうとしている。
何も迷う必要なんて無い、だから。
「よろしくお願いします・・・!」
精一杯の想いを込めて頭を下げた。
観音さんは「よし!」と満足げに頷いてくれた。
もう、嬉しさで泣いてしまいそうだ。
しまいそう、というより、思わず本当に涙が零れてしまった。
「おいおい、泣くと可愛い顔が台無しだぞ?」
ぽろぽろと流れる涙を見た観音さんは頭を軽く叩いてくれた。
今までに無い優しさに戸惑うと、「いいんだよ、俺の娘なんだからな。」と言ってくれて。
またたくさん泣いてしまったのは言うまでもない。
そして。
「その服もいいが少し地味だな。」と、私の服を見ながら観音さんが出してくれたバラ色のドレスを着て、
薄くお化粧をしてもらって、四人が待っていてくれるパーティ会場のドアを、恐る恐る開けた。
すると真っ先に私を見つけてくれた悟空さんが、金色の瞳を更に輝かせて走ってこちらへ来た。
「すっげー可愛い! 、ちょー可愛いぜ!」
「え、ほ、ほんと?なんだか着慣れないから変じゃないかなって思ってたの・・・」
「ンなコトねぇって!」
「オイオイ、なぁーにいっちょまえに口説いてんだぁ?悟空。」
後ろから悟浄さんが悟空さんの肩に肘を乗せた。
それに続いて八戒さんと三蔵さんがコツコツと足音を響かせながら優雅に向かってくる。
「でも本当ですよ、 。とても可愛いです。」
「だよなだよな!」
「ま、サルじゃなくても俺が口説いてるな。」
八戒さんと悟浄さんに同意された悟空さんはうんうんと頷き、けれど悟浄さんの最後の言葉にまた突っかかっていった。
それを苦笑しながら見ていると、ふと首を回した先で三蔵さんとぱったり目が合った。
紫暗の瞳はやっぱり少し緊張してしまって、一瞬目を伏せた後、もう一度窺うように見上げた。
すると三蔵さんは、指に挟んでいた煙草を口に持っていきながら、小さく、
「悪かねぇよ。」
と言ってくれた。
「あ―――! が赤くなってる!!」
「え!?え、あ、えっ・・・と・・・」
「あはは、三蔵もやりますね。」
「オイ三蔵、抜け駆けは男らしくねぇぞ?」
わけもわからず赤くなっていたらしい頬を押さえて縮こまる。
口々に文句を言われた三蔵さんは、相手にしないと言った様子でそっぽを向いていた。
おしゃれに着飾った人がたくさん集まり、見たことも無いご馳走が並んだパーティ会場。
その女性の中でも特別目立つ観音さんはとても素敵で、一段高い場所に立つと皆の視線がそちらへ向いた。
「とにかく楽しんでってくれ。」という言葉は、らしいな、と思う。
ちらりと目が合って、にっと笑いかけてくれた観音さんに満面の笑みで答えた。
そして、三蔵さんたちはシャンパンを、悟空さんと私はシャンメリーを掲げて。
「これからヨロシクな、 !」
「よろしく、 チャン。」
「宜しくお願いしますね、 。」
「・・・そういうことだ。」
「はいっ!」
さあ、祝杯を。
聖なる夜に、サンタクロースがくれた宝物に囲まれながら。
あの夜と同じ、大きなツリーの下で。
「メリークリスマス!!」
さて、靴下をのぞいてみましょう。
素敵なプレゼントが届いたでしょう?
あたたかな想いがたくさん詰まっているでしょう?
だから信じてね。
いないなんて言わないで。
ほら、サンタクロースは、貴方のすぐそばに――――
【Fin】
メリークリスマス!