「おい、。お前の店貸してくれ。悪いようにはしねーから。」





事の始まりは、この一言だった。










――――― Cafe & Bar Shangri-La ―――――






「いらっしゃいませ。」

明るい声が店内に響く。
ここは珈琲専門店『Shangri−La』知る人ぞ知る名店だ。
都心のビル街から一歩奥ばった裏路地に、お洒落な外観でたたずんでいる。
そこのオーナーが、先程の声の主  だった。

腰元まである黒曜石の髪を後ろで一つに纏め、テキパキと仕事をこなす。
そして、お客に振舞われるの花の咲いた様な笑顔。
誰にも隔たりなく向けられるその愛くるしい表情は、女性と言うよりもまだ少女に近かった。
丸くてクリクリした蒼の瞳。
ルージュを引くまでも無い様な紅い唇には、遠慮がちにグロスがぬってある。
珈琲の香りの邪魔になるからと、それ以上は化粧をしていない。






いつもの様に昼過ぎにやって来た女性は、カウンターに座り冒頭の言葉を述べた。

「はい?あの・・・・・・。」

突然貸してくれと言われても、ここはも仕事をしているのだから。
それに、貸す・・・・と言うのは一体どの意味で使われているのだろうか。
大きな瞳をパチクリ見開いていると、その女性は面白そうにククッと笑った。

「夜だよ。夜。」
「あの・・・・・・・。パーティーかなにかですか?」
「違う。この店が終わった後、そうだな21時から2時までだ。」

時間帯に問題があった。
この店は無休なのだ。
といっても、お盆と年末年始は休みにするが、それ以外は6時半から19時まで営業している訳で。
その上は23歳だが、夜は遅くまで起きれない。
だから、2時なんて有り得ないし、考えられない。
頭でイロイロ考えながらも、手はいつものオーダーの品であるカフェ・べルボンを入れていた。
シェリー酒入りの少し甘酸っぱいコーヒー。
彼女はいつ来てもコレだった。
「昔を懐かしむような味だ」と、最初口をつけた時に言われた言葉を思い出した。



「悪いようにはしねぇよ。むしろ楽しくなるぞ。」
「・・・だから、無理ですって。観世音さんも知ってるでしょ?」
「夜更かしできねぇんだろ。」
「そうです!!」

少し大きめの声が響いてしまうが、昼過ぎとあってか店内には観世音菩薩だけしかいないので何の問題も無い。
が、その言葉に少し寂しそうな目をしたのをは見逃さなかった。

もしかして、悪いこと言っちゃった?

観世音は、がこの店をオープンしてからの常連である。
毎日来てくれて。
そんな彼女の頼み事だ・・・。一日ぐらいなら何とかなるかもしれない。

「あの・・・。いいですよ。で、いつですか?」

の答えに、あきらかに口角を上げる観世音を見て少し言ったことを後悔した。

「本当か。よし、今の言葉忘れるなよ。二日後からだ。頼むぜ。」
「・・・はい。」
「ホラ、とりあえず一ヶ月分の賃貸料だ。」
「はっ!!!?」

観世音がバッグの中から少し厚みのある茶封筒を出し、カウンターの上に置いた。

その事よりも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
今、何て言いました?
・・・とりあえず、一ヶ月分!?

「一ヶ月!?」

一日ではなかっただろうか。
蒼の瞳を白黒させていると観世音が噴出した。

「やっぱりは面白いな。」
「まさか、からかったんですか?」
「いーや。だが、俺は一度も『一日』なんていってねぇぞ。
じゃ、そういうことで二日後からだ。楽しませてくれよ?」




ニヤッと悪戯な笑みを浮かべて観世音は帰って行った。
後に残ったは、訳もわからずただ呆然としていた。




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