―――次の日。
開店前のカウンターに項垂れるようにして座っているの口から、本日何度目かの溜息が漏れた。
手には昨日観世音が置いて行った茶封筒。
あの後、我に返ったがその中身を見て、又暫く固まってしまった。
中に入っていた金額が、帯付きの一束―――100万円―――。
だから、何をするんですか!?
貸すと言っても、その内容を聞いていなかった事に気付いたのが今朝。
ただ、ただ、頭を抱えるだけで。
怪しい事ではないようにと願うのみだった。
ピピピ
ケータイのアラームの音で我に返ったは、その封筒を2階の部屋に置きに上がった。
「さて、今日も一日頑張りますか。」
開店10分前。
悩んでいても仕方ないと、ピシピシと頬を叩いて気合を入れて外へ出た。
店周りの花に水をあげる為だ。
水遣りをしていると、いつもの会社通いのサラリーマンや早朝出勤のOLがやって来る。
扉に掛けてあるプレートを直ぐに『OPEN』の方に回し掛け、彼らを中に案内する。
朝一番の笑顔で。
「おはよう御座います。」
と言えば、彼ら皆が元気に活力溢れる顔になってくれる。
それから、テキパキとモーニングを作っていくのだ。
それが毎日の始まりだから。
裏路地に入る手前の角で、一人の美青年が壁に背を預けて立っていた。
その視線の先には、先程開店したShangri−Laが。
彼の目の前を一人、また一人と通り過ぎ曲がっていく。
向かう先は、その店。
「余程流行っているんですね。・・・それに彼女の笑顔ですか。いいですね。」
そして、踵を返して彼はそこから離れて行った。
一般的な会社の昼休みが終わる頃、一人の美青年が来店した。
眼鏡をかけていて、物腰柔らかそうなその青年は、グルッと店内を見渡した後カウンターへ座った。
「いらっしゃいませ。誰かと待ち合わせですか?」
お冷のグラスをそっと彼の前に置いた。
一口それに口をつけた後、彼は肯定の返事をした。
「アイスコーヒーをお願いできますか。」
「はい。」
「あの、・・・ココはお一人でされているんですか?」
「ええ。」
八戒の言葉に短く答えて、はアイスコーヒーのグラスをカウンターに置いた。
「ごゆっくりしていって下さいね。」
「有難う御座います。」
眼鏡の奥の翡翠の瞳が優しく笑った。
凄く綺麗な瞳。
落ち着いていて、兄とはまた違ったタイプの人だな。
そう思いながらも、ランチの洗物が残っている為一度奥へと下がった。
洗物が丁度片付いた頃、来客を告げる鈴の音がいい音色を奏でた。
「いらっしゃいませ。」
「おっ!綺麗なお嬢さんじゃねーの。」
「悟浄、それ以上言うと・・・。」
「わーぁったよ。ワリィな。俺も、アイスコーヒー頼むわ。」
紅い髪に、赤い瞳の男性が先程の翡翠の瞳の男性の隣に腰を下ろした。
着ていたスーツの上着を無造作に脱ぎ、隣のイスに置く。
そして、紅い髪をかき上げて、胸ポケットからハイライトを取り出した。
流れるような動作に、思わずマジマジと見つめていたが思わず声を上げた。
「すいません。禁煙なんです。」
口に銜えそこなったタバコがポロッと落ちる。
「ごめんなさい。」
「気にしないで下さい。少しは禁煙してくれる方が僕も助かりますから。」
「おい、八戒。何気に酷くねぇ?」
「事実です。」
八戒の言葉にガックリと項垂れた悟浄の前に、はアイスコーヒーを差し出した。
そして、視線を掛け時計に向ける。
昨日の今日だ。
おそらく、同じ頃に来店するだろう。
と、言っても、彼女は決まって毎日同じような時刻にやって来る。
何としても、内容を聞かなければ。
昨日渡された金額の合点がいかない。
そんなことを思いながら、食器棚から色とりどりの青色で描かれた花が散りばめられている白いカップと、ソーサーを取り出した。
「ジュヌビェーヴ・レチェですか。」
「ええ。よくご存知ですね。」
「お知り合いでも来られるのですか?」
八戒の言葉に曖昧に頷きながら、カップにカフェ・ベルボンを作る。
知り合い、と言えば知り合いだけど。
お得意様?
常連?
顔なじみ?
彼女との関係は、きっと言葉では言い表せないんじゃないかとさえ思う。
カフェ・ベルボンが出来上がったのと同時に、扉が開いた。
そして、入って来たのはやはり・・・。
「よお。待たせたな。」
「いいえ。先程来たところですから。」
「いらっしゃいませ。どうぞ。」
席に着いた観世音の前に、入れたてのブルボンを置いた。
「よく分かったじゃねぇか。」
「ええ。そろそろかと思いましたから。それより、お知り合いですか?」
「ああ。こいつ等か。お前、どう思う?」
観世音の言葉に、は視線を再び彼らに向けた。
それを面白そうに見つめる観世音。
「翡翠の瞳が凄く綺麗で、物腰柔らかなお兄さん。でも、策士的かも?
紅い髪と瞳が凄く印象的で、女の人に軽そう。でも、・・・案外兄貴的存在?」
ついつい菩薩のいつものペースに乗せられて答えていた。
「クスッ。僕って策士的ですか?」
「いや、まんまだろ、八戒。」
「そういう貴方こそ、女性に軽いって所がそのままですね。悟浄?」
「グッ・・・。綺麗なお姉さんに声かけないなんて失礼だろ?」
「そうですか?僕は迷惑だと思いますけど。」
ポンポンと弾む会話。
止めなければ、いつまでも続きそうな会話を終わらせたのは菩薩の笑い声だった。
笑われているのは、もちろん。
彼らの会話に目を丸くして、聞き入っていたのを笑いの種にされたのだ。
「クククッ。やっぱりお前は面白いな。」
「もう!笑わないで下さいよ。あ!!それより、明日の事なんですが、一体何をされるんですか?」
「ああ、それか。俺様じゃねぇ。こいつらだ。」
「はっ!?」
「正確には、あと一人いるがな。」
「そんな・・・。聞いてませんよ!!」
菩薩の言葉に声を荒げた。
観世音さんが何かするものと思っていた。
だから、勢いと押し切られもあったが・・・・・・、否、それしかなかった気もするが、了承したのに。
男性が係わってくるとなると、話は変わってくる。
そんな事は、兄たちが許すはずも無い。
の抗議の言葉をさも面白そうに笑って受け止めた菩薩は、サラリと言ってのけた。
「言ってねぇもん。」
流石にこの答えには、何も言い返せず。。。言葉に詰まる。
「会長、何も話されなかったのですか?」
「ああ。言ったら貸してくれねぇもん。なあ?」
「当たり前です!!」
怒って観世音を睨んでいるに、八戒は事の次第を話してくれた。
再来月にオープンするバーにバーテンとして八戒と悟浄、今はいないがもう一人が就く事。
その為に、それまでにバーテンとしての腕を磨かなければならない事。
バイトを雇ってもいいのだが、味の良し悪しや、店の雰囲気、お客のニーズに応えなければならなくなるのは、どうしても彼らである事。
それに、失敗は許されない。
観世音グループが新規開拓する事業であり、分野だから。
行く行くはその分野を統轄していく事になるのが、今はいない人物。
観世音の甥の玄奘三蔵である事。
「バーですか。で、観世音グループの会長サマですか?」
いや、確かに名前が同じだからもしかしたらそうかな?なんて、思ってたりもしたが、いざ言われると改めて驚くばかりで。
「でも、それじゃあ他にいい店とか。その新しくオープンさせるバーでされる方がいいんじゃないのですか?」
「それだと、こいつらの腕なんて磨けないだろ?それに、面白くないだろぉが。」
「・・・誰が?」
「俺様!」
菩薩の言葉にガックリと肩を落としたのは。
苦笑するのは、八戒と悟浄。
「でも、やっぱり無理です!門限もあるし、それに、男の人と一緒だなんて絶対ダメです!」
「門限か。でも、決めちまったし?」
「うッ。」
「大丈夫ですよ。僕たちが責任を持って片付けますから。ね?」
「でも・・・・・。」
「貴女にご迷惑はお掛けしません。」
言葉を濁すに、再度畳み掛ける八戒。
その笑顔にやはり何も言い返せなくなるのは、彼の性格のせいだけではないだろう。
「なら・・・・・・いいですよ。そのかわり、この棚のカップは触らないで下さい。お願いします。」
「ええ。もちろんです。」
「なあ、お嬢さん。名前なんつうの?俺、沙悟浄。悟浄って呼んでv」
そして、ウィンクする悟浄に、はただ呆然とするばかりで・・・。
その反応が面白かったのか、菩薩はまた思いっきり笑い出すし、八戒も肩を震わせている。
当の悟浄はガックリと肩を落としてしまった。
「俺、ウィンクしてそんな反応されたの、初めてだぜ。ゴジョさん、ショック。」
「すいません。慣れてなくて・・・。」
「いいんですよ。悟浄は放っておいて、僕は猪八戒と言います。八戒と呼んで下さいね。」
「だから、お前、何気に酷くねぇ?」
「そんな事ありませんよ。で、お名前教えて下さいませんか?」
サラリと悟浄をながし、八戒が向き直った。
「あ・・・、です。」
「さん、ですか。宜しくお願いしますね。」
「こちらこそ、宜しくお願いします。」
フワッと笑ったに見惚れたのは、もちろん悟浄と八戒だった。
それを、ニヤッと口角を上げながら面白そうに見ている観世音。
さあ、楽しいショウの始まりだ。
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