出逢いは 突然。

恋に落ちるのは 一瞬。

理由なんて イラナイ。

それは 必然だから。





――― MOON VENUS ―――





本当に最悪。
何度目かの溜息が、夜風に乗って海を渡っていく。
ライトアップされたブリッジ。
流れる車のテールランプ。
輝くイルミネーション。
夜の海が華やかに色づく。
昼間見る碧とはまた違った色合い。
春になりきれない、まだ肌寒い季節のこんな遅い時間に海辺の公園になんて、私以外の誰も居ない。
・・・・・・・居ないと思っていた。
まして、自分を見ているなんて、本当に思ってもみなかった。











ボ〜と海を見ながら手すりに凭れ掛かる。
そんな私を、夜風が嘲笑うかのように纏わり付いてくる。
今日初めて知った。
三年付き合っていた彼氏が浮気していた事。
そして、相手に・・・あろう事か子供が出来た事。
堕ろす事はできない、だから私と別れると言ったアイツが、正直憎かった。
私がどれだけアイツを想っていたか・・・・・・実感した。
悔しくて、泣きそうになりながらも、それでも自分の気持ちに嘘は吐きたくなくて、もう一度頼んだ。
そして、アイツがどれだけ私を想っていたか・・・・・・実感した。
所詮はその程度の想い。
醜い悪あがきだと。
・・・ああ、そうか。
アイツにとっては、私は遊びだったのか・・・・・・と。






今日はやけに大きく、眩しく輝いている月を見上げた。
ぼんやりと揺れているのは、きっと涙のせいだろう。
コートに隠れた首筋からシンプルなオープンハートのトップが付いているネックレスを外し、ギュッと右手に握りしめた。
アイツが唯一買ってくれた物。
私の気持ちと共に流れていってよ。
消えて。
海の泡となって、――――――消えて。






「さよなら。」






思い切り海へ向かって放り投げる。
月明かりを浴びて、キラキラと輝いたソレは私の手を離れて、ポチャンと軽い音共に海の中に沈んだ。


永遠にさようなら。
私の恋心。


月が笑った気がした。
海からの潮風が身を包む。
コレでいいのだと、耳元で囁かれたような錯覚に陥った。
靡く長い漆黒の髪をかきあげ、それ以上風に弄ばれないように耳に掛ける。
その指に、蒼い天然石のイヤリングがあたった。
それは、私の瞳と同じ色。
涙に濡れている瞳を軽く指で拭って、踵を返した。

誰も居ないと思っていた。
なのに、近くの外灯の下に、一人の男性が立っていた。
漆黒の髪が、夜目にも鮮やかに照らし出されている。
サラリーマンだろうか、ピシッとスーツを着こなしてその上から羽織る様にコートを着ている彼が一歩前へ踏み出した。
ちょうど海辺に近いところに居たかった為、公園のその中でも海へと突き出ている場所にいるにとって、
彼の居る所を通らなければ公園から出る事は出来ない。
それでも、ソレをさせないかのように彼が近付いて来た。
でも、不思議と危険な雰囲気は無かった。
むしろ、優しい・・・そんな気を纏っているようだった。






「どうかしたのか?」

耳に残るような優しく、甘い声。
心の中がざわつきだす。
痛む心が、優しさを求めてしまう。
止まっていた涙が、無意識の内にまた頬を濡らした。
ハッと気付いて、彼の言葉にも答えずにその横を走り抜けようとした。
瞬間、掴まれる腕。
よろけて倒れそうになるのを、彼の腕に抱きとめられる。
見上げる瞳と、見下ろす瞳が交わった。
泣いている事に気付いた彼は、そっと掴んでいた腕を離してくれた。

「ごめんなさい。」

何に対しての謝罪の言葉か解らないが、無意識に言葉にしていた。
体勢を立て直して、彼の元から急ぎ足で駆け去った。






もう辛い想いは・・・嫌だ。

弱っている心

傷ついている心を、もう表に出したくないの。

優しくしないで。

放っておいて。

壊れてしまうから。

だから、嘘を吐くの。

もう、大丈夫だと。

アイツがいなくても、変わる事の無い生活をする為に。


















彼女の白いコートが闇に消えたのを見届けて、焔は先程彼女が立っていた場所へと立った。
そして、同じように月を見上げ自嘲的な笑みを漏らした。



一体どうしたというんだ、俺は。



・・・気になった。
先刻の彼女の行動全てが。
おそらく十中八九失恋だろう。
弧を描いて海に飲み込まれていく煌きを目にした。



いつもなら・・・。

そう、いつもなら気にしない。

所詮は他人事。



それでも気になったのは、彼女の存在そのもの。
真っ白いコートを着、腰元までの漆黒の髪を靡かせる彼女は、まさに天使。
いや・・・、月の女神と言ったところか。
だから近づいた。
そして、触れた彼女の身体。
瞬間、電流が走ったかのように反応した俺の心。
目が合って、それは確信へと変わった。
涙で濡れる瞳は、月明かりに照らされて綺麗な宝石のような蒼色に輝いていた。



本当は離すつもりは無かった。

このまま抱きしめたいと思った。

俺のものにしたいと、初めて思った。



それでも、彼女の瞳に囚われた俺は知らず知らずの内に手を離していた。
気付いた時は、もう腕の中にいなかった。
怯えたような震える声で謝った後、走り去る彼女をただ黙って見送る事しかできなかった。



また、逢えるだろうか。

名前も知らない彼女に。

MOON VENUS ・・・・・・。



振り返った時、ふと先の地面にキラリと光るモノが目に入った。
拾い上げるとソレは彼女の瞳と同じ蒼色の天然石のイヤリングだった。

「女神の忘れ物・・・か。」

この石に力があるのなら・・・、いや、そうでなくても必ず見つけてみせるさ。
俺の MOON VENUS 。









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