何も変わらない。
変わることの無い日常。
いつもの様に学校に行き、帰宅してから剣術の稽古をする。
それがの日常だった。
そう、あの時までは―――――――。
――― destiny ――― act.0
いつもの様に学校を終え、は家路についた。
今日はたまたま幼馴染で、家も隣の桜ノ宮麗と一緒に帰っていた。
ふと、隣を歩く麗からため息が漏れたことに気付いた。
「何。悩み事?」
「違うよ。・・・・・・・が悪い!!!」
何の事かは解らないが、ぷうッと不貞腐れて言う麗が可笑しくて、はクスッと笑みを漏らした。
麗は綺麗と言うより、まだまだ少女らしさを残した女性。
まあ、あと何年かしたら絶対に綺麗になるだろう。
そんな彼女が、自分が悪いと不貞腐れている。
僕、何かしたかな?
「だって!・・・どうしてそんなにカッコイイのよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
「気付いてないの?あの人達の視線。」
麗の言葉でくるっと振り返る。
ある程度離れた所から、明らかに自分達の後を付いてきている下級生の女生徒達。
確かに、高校入学当日から付きまわっていた女生徒達の視線。
3年たっても、それが上級生から下級生に変わっただけで何も変わってはいなかった。
も彼女つくればいいのに。
何度言われたことか。
何度告白されたことか。
それでも、自分は師範代の跡を継ぐため稽古の毎日。
恋愛などしている隙も無い。
そういうところがまた、人気になる一つなのだが・・・・・。
「気付いてるけど・・・・・僕、ね。麗は知ってるだろ?」
「『彼女』つくる気無いもんね。勿体無いなぁ。・・・・・・・・・・この際、私にしとく?」
「いいね。」
「ウソ!?」
「半分本気で、半分ウソ。ゴメンね。」
これだからは憎めないのよね・・・と麗は顔を伏せた。
物心付いた時からずっと一緒に遊んだり、勉強したりしていたこの幼馴染に恋愛感情が無い事は知っているが、
でも半分本気と言うことは微かに期待してもいいのだろうか?
と、急に麗の腕をが引っ張った。
「危ないよ。」
ほら、とさされて気付く。
横断歩道の、車通りの多いそこの信号は紛れも無く赤。
「ごめん。」
「違うだろ?」
「・・・・ありがとう。」
すぐに謝ってしまう癖をが正す。
この幼馴染にはいつも敵わないや、と麗は苦笑した。
何か考え事をしだすと俯いてしまったり、すぐ違う所を見る麗に苦笑する。
危なっかしくて、何度冷や冷やさせられたか。
それでも、それが彼女らしくて。
横断歩道を渡り、そこから一本横道に入る。そこは、住宅街へと続く道。
不意に足元に何かが絡まった。
驚いて足を止め下を見下ろすと、金色の瞳がジッとこちらを見上げていた。
「あ〜〜。可愛い子猫。」
麗はかなりの動物好き。早速僕の隣にしゃがみこんで茶色いサラサラの毛並みを撫ぜまわっている。
首輪をしていないことから、おそらくは野良だろう。
「飼ってもいいかな。」
しゃがんで僕を見上げるその瞳はウルウルと揺れている。
これに弱いんだよな、僕。
ガクッと肩を落としてポケットからケータイを取り出し麗に渡した。
「僕に言われても、ねぇ?電話してみたら?」
僕の言葉に満面の笑みを浮かべてケータイを耳に当てた。
暫くすると麗が嬉しそうな声を上げ、ケータイを僕に返そうと手を伸ばした。
その時、ひざの上に抱きかかえられていた子猫がその身をひるがえし車道の方へと飛び出した。
「あっ!!」
麗の小さな叫び声で、もその視線の先を見た。
こちらに近付いて来る一台のトラック。
子猫にも、おそらく自分達にも気付いていないだろう。
運転している男は、ハンドルに両手を乗せてその視線は手元のケータイに向けられていた。
しかも人通りが少ない横道とあって、結構なスピードを上げている。
考えるまでもなかった。
というのが正しいのか、身体が反射的に動いていた。
鞄を放り出し、目の前の麗を安全な道の端に突き飛ばし
反対にその身を転じて、立ちすくんでいた子猫の身体を抱え上げようと地を蹴って手を差し出した。
その小さな身体をしっかりと胸に抱きしめる。
「―――――――ッ!!!!」
麗の叫び声が耳に届いたのと同時だっただろうか。
自分の身体に言いようの無い強い衝撃が走ったのは。
身体が宙を舞い、遥か前方に投げ出された。
車の急ブレーキの音と、泣き叫ぶ麗の声が頭の中にこだまする。
身体のあちこちが悲鳴を上げている。
それでも、胸に抱いた小さな命は、びくびくと震えはしているが、ニャーと小さく鳴いての頬を舐めはじめた。
重い瞼を上げると、子猫の頭と涙を流す麗の顔が映った。
しっかりと僕のケータイを握り締めて、僕の名前を呼び続けている。
「!しっかりして。ねえ。。。。」
「それ・・・・・・・あげる・・・・よ・・・。コイツ・・・たの・・・・む・・・・・・・・・な。」
僕の言葉に必死に頷く麗を見るのが辛かった。
笑ってほしい。
泣いている顔は見たくない。
お願い、笑って。
言おうとするが、それすら苦痛でしかなく体の血がスーッと引いていく冷えた感覚のみがリアルに感じられる。
人の死ぬ時って、こんな感じなんだ。
のんきにそう思ったとき、の身体はその機能を止めた。
ピクリとも動かなくなったを必死に揺する麗と、それを悲しげな瞳で見つめる子猫。
「・・・・・・・・ご・・・・・めん。!!!・・・目開けて。一人に・・・・・・・・しないで。!!」
想いが溢れだして、どうすることも出来なかった。
しばらくして、パトカーと救急車が到着し事故処理を始めた。
救急車に乗せられるの手にしがみついて、子猫を抱いたまま麗も一緒に乗り込んだ。
麗は目の前にいる人物におもわず駆け寄っていた。
確か・・・・・・。
事故の後何とか家に戻ってきて、泣き疲れて眠ったはずなのだ。
でも、夢でも良かった。
彼の元気な姿が見れたのだから。
「やっぱり、泣いてるじゃないか。気にしてるんだろ?」
「・・・・・だって、私のせいで・・・・・・・・・。」
「ホラ、すぐそうやって自分のせいにする。悪いのは運転手。麗は悪くないよ。」
「ど・・・・・して、笑ってられるの?」
いつに無く穏やかに笑みを浮かべているに、麗は戸惑いを感じた。
その問いに答えるようにがクスッと笑った。
「だって、ね?僕死んじゃったけど、泣き顔とか酷い顔とか覚えててもらうより
やっぱり笑ってる顔覚えてて欲しいし?」
そう言って、少し長めの前髪をかき上げるに見ほれた。
「だから、麗も笑ってよ。」
「・・・・うん。」
「泣くなって、な?僕のケータイやるよ。好きに使っていいから。
あとあの子猫、頼むね。僕がもうついてる事できないけど、思い詰めるなよ。
泣き顔は似合わないって。僕にもちゃんと見せてよ。」
の手が、麗の頬を伝う涙を拭ってくれる。
涙をグッと我慢して、精一杯の笑顔を向けた。
「そうそう。・・・・あ、もうタイムリミットだ。」
「嫌!・・・・行かないで。」
「ごめんね。そういう訳にもいかないんだ。」
光に包まれていくの身体。
泣きそうになるのを堪えて「バイバイ」と言った。
それに気付いたが、柔らかく微笑んで、消えた。
「泣かないで。笑っていて。」
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始まりました。桃源郷連載。すいません、と、オリキャラしか出てきません。
次は。。。あの方の登場です。
お待ち下さい。