冷たい汗が背中をつたった。
息苦しくて、自分が自分で無くなる様な錯覚に溺れる。
突然の出来事が、あまりに非現実すぎて。
目覚めれば、きっと夢だと嘲笑う自分。
子供の頃から殺してきた『自分』が、情けないくらいに表に出ようともがいている。
不安だから。
身体で感じる現実は、『夢』では無く『偽り』でも無く、やはり現実で・・・。
速い呼吸を整えようと両手で自分を抱きしめた。
ようやく落ち着きを取り戻し、布団から出た。
窓の外はまだ薄暗く、夜明け前だとうかがい知れた。
壁の時計も4時を指していた。
同室の八戒と悟浄はまだ眠っているので、起こさないように気にしながら部屋を出た。
”夏”になりきっていないこの季節、明け方の空気が少し冷たく身にしみる。
うなされて寝汗をかいていた為、その空気にブルッと体が震えた。
宿の外へ出て、その裏手に回りこむと少し開けた空き地がある。
昼間はココで子供たちが遊んでいた。
楽しそうにはしゃぎ、駆け回る子供たちを見て、
一体自分はあんなに無邪気になった時があっただろうか?と疑問を抱いた。
両親と姉、そして幼馴染の麗を一度に失い、還る場所すら失くした自分。
これからどうしたらいいのだろう。
「くくっ。弱気な事考えてるから、弱くなるんだよね。」
決して 戻れない 過去
もどかしく ただ 時だけが 過ぎる
そんな現実から 俯き 視線を逸らすのは
何もかもを捨てて 立ち止まり
未来さえ 手放した者の道
―――だから
どんな未来が待っていようと
たとえ それが 来る筈の無い未来だとしても
風のように ただ走ればいい
自分自身を信じて この手で確かなモノを掴み取る為に・・・・・・・。
グッと拳を握りしめてから、ふせていた顔を上げた。
手の中に『氷雨』を握りしめ、瞳を閉じる。
ゆっくり、ゆっくり、静かに息を整えながら剣をくりだす。
以前のように、無心に剣を振るう。
こうしていると・・・・・・落ち着く。
暗かった空も、だいぶ白み始めてきた。
そこで、ある気配に気付き動きを止めた。
ほどよく掻いた汗を拭い、前髪を掻き上げながらその視界に気配の人物を捕らえた。
「おはよう、八戒。もしかして、起こしちゃった?」
「いいえ、大丈夫ですよ。お早うございます。」
にこやかに笑った八戒が、スッとタオルを渡してくれた。
『氷雨』を消し、タオルで汗を拭いながら八戒の隣に並んだ。
二人で空き地の柵に凭れ掛かりながら、昇ってくる朝日に目を細めた。
「僕ね、生まれる世界が違ったんだって。」
八戒が息を呑むのが分かった。
それでも、は喋るのを止めなかった。
「僕が生まれたのは異世界。”日本”って国に生まれて、普通に学校に行って、帰ったら剣術の稽古してさ。
・・・・・・、家の家系が剣術の師範代だから、その跡継ぎでさ。子供の頃からずっと習わされてたんだ。
でね、学校帰り幼馴染の彼女と帰ってたらさ、子猫が絡み付いてきたんだ。
その子猫助ける為に車に引かれて死んじゃったってワケ。」
聞きたかったんでしょ?と、首を傾げると八戒の翡翠の瞳が儚げに揺れた。
「無理に話す必要なかったんですよ?」
「いつかは話さなきゃいけないんだし。それが”今”でもいいんじゃない?」
「それもそうですが・・・・・・。」
「でさ、その後に光に包まれて気付いたら菩薩ちゃんの前にいたんだ。
あの時は驚いたの半分、その姿に呆気にとられたの半分だったっけ?」
その時の事を思い出して、笑みが漏れた。
「、先程の”生まれる世界”が違うと言うのは・・・・・・。」
「ああ、あれ?本来は、僕もこの桃源郷に生を受ける筈だったんだけど、何か手違いがあったらしくてさ。」
あっけらかんと言い放つに、八戒は自分の胸が締め付けられるような気がした。
この少年は、一体どこまで強がっているのだろうか。
それとも、これが本来のなのか?と疑いたくなるほどに。
「前向き」と言っても過言では無いぐらいに、サッパリしすぎていて。
それが余計に痛々しい。
何かに怯えて起きたのに気がついた。
こちらを起こさないようにと外に出たのを、少し間をおいて追いかけた。
宿の裏の空き地で、一心不乱に剣を振るっている姿が、悪夢を断ち切ろうとしている様に見えたから。
だから・・・・・。
眩しいばかりの朝日が二人を照らす。
はグッと右手を前へ伸ばし、その光を掴むかのように開いていた手を握りしめた。
「振り返らず走る。
たとえそれで傷ついても、後悔しないですむなら走り続ける。
今、確かに自分の為に生きてるから。」
そう、考え込む暇など無いように
弱い自分が闇の夢の中に溺れないように
強くある!
清々しい朝の空気の中、八戒ではなく明るい声が自分を呼んだ。
振り返ると、宿の2階の窓から身を乗り出して手を振る悟空がいた。
その隣に、微かに上がる紫煙が一筋。
隣の窓からは、チラッと覗く紅い髪と、同じく一筋の紫煙。
「おっはよ〜!朝メシ行こうぜ!!」
「おはよう。悟空。」
軽く手を振って答える。
自分を待っていてくれる奴等がいる。
その事に、少し気分が晴れた。
「じゃ、行くか。」
「。」
一歩足を踏み出した時に呼び止められ、八戒を振り返った。
「僕達が貴方の居場所じゃダメですか?」
「えっ・・・・・・。」
「貴方は確かにココに居ますよ。決して一人ではありませんから。」
”ない”と思っていた居場所。
それをココだと認めてくれる奴ら。
嬉しくて、泣いてしまいそうだった。
こみ上げる涙をこらえて笑顔を向けた。
「ありがとう。」
「では、悟空が倒れないうちに食事に行きましょうか。」
「あはは。そうだね。」
さあ、新しい世界での一日が始まる。
何が待ち受けているか分からないけど
これが運命なら・・・。
喜んで従ってやろうじゃないか。
―――ただ、前を向いて生きていく。その為に・・・―――
NEXT
はい。これで、とりあえず一区切りです。
の心の葛藤・・・ですね。
かなり独白に近かった気もするのですが・・・・・・。
次は、ようやく旅に出ます。
さて、どう走って行くのでしょうか。
お待ち下さい。
作品中、緒方恵美さんの曲「RUN」を一部参考にさせて頂いております。