暗い室内
パソコンの光のみが照らし出す、一人の男。
眼鏡の奥に隠れた瞳を楽しげに揺らす。
「くくっ。とうとう現れたね。」
ニヤッと口元をゆがめる。
パソコンの画面には、三蔵たちとジープに揺られているの姿が映っていた。
――― encounter ――― act.1
ウサギのスリッパを履いてヨレヨレの白衣を羽織り、ウサギのぬいぐるみを持った男が、廊下にあつらえてあるイスに座ってタバコをふかしていた。
彼の前を、少しムスッとした表情で紅い髪の男が通り過ぎようとした。
「こんにちは、王子様。」
「・・・・・・、なんだ。祢。」
「いえ、ね。神器の一つ、龍珠。長年行方知れずだったそれがね、ようやく現れたんですよ。」
楽しそうにウサギのぬいぐるみを動かしながら、祢が言った。
吠登城の科学者、祢健一その人だ。
王子と呼ばれたのは他でもない、紅孩児だった。
いぶかしむ紅孩児に、再度たたみかける様に龍珠のことを話す。
「龍珠の守り人が三蔵一行といるという事か。」
「そーゆうこと。経文と一緒にソイツも奪ってきてくださいね。」
「貴様に言われるまでも無い。」
紅い髪をひるがえして、紅孩児はその場を立ち去った。
後には、面白そうに笑っている祢が残されたが、彼も直ぐにその場を後にした。
「おい、独角ジ。」
「紅。どうした?」
「三蔵の経文と、龍珠を奪いに行く。」
意を決した瞳で言い切った紅孩児だったが、いつもなら居るはずの八百鼡の姿が見えない。
少し眉を寄せると、ソレが何を意味するのか悟った独角ジがクッと笑った。
反論しようと口を開きかけた時、気になっていた人物が息せき切って部屋に入ってきた。
そして、紅孩児の姿を見つけると慌てて今の状況を報告した。
彼の妹の李厘がいない。
それに、長距離用の飛竜も一匹いない事からおそらくは・・・・・・。
「まったく、一体どれだけ心配させれば気が済むんだ。」
「ふん、素直じゃないな。早く迎えに行くんだろ?」
「ああ。行くぞ。」
そう。
行き先は三蔵一行の元。
経文と龍珠、そして李厘を連れ戻しに――――――。
昨日が野宿だったので、今日は昼過ぎに街へ着いた。
宿を取り、昼食を食べてからは街をぶらついていた。
一人になりたかった。
といっても、宿の部屋にいるのもなんだか嫌で、こうやって一人で出歩いている。
三蔵はあまりいい顔はしなかったものの、の力量を認めているのか何も言うことは無かった。
7月に入り、日差しも大分きつく感じる。
蒼の瞳を細めて、晴れ渡る空を仰ぎ見た。
何かが落ちてくる?
「ウソ・・・・・・。マジかよ。」
突然の事だったが身体が反射的に動き、それが地面に落ちる前に自分の身体をクッションにして抱きとめた。
衝撃が身体を走りぬけ、グッと腹部に鈍い痛みが残った。
眉をしかめながらも、腕の中に抱えたオレンジの髪をした女の子の姿を確認した。
「おい!・・・大丈夫か?!」
「ふぇ〜〜〜っ。腹減ったぁ〜〜〜。」
何故空から落ちてきたのか?
この子は一体何者なんだ?
いろいろな疑問が浮かんだが、その少女の盛大なお腹の音で疑問は全て吹き飛んだ。
「おい。怪我は無いのか?」
「あ・・・。お兄ちゃんが助けてくれたんだ。ありがと。」
「お腹減ってんだろ?何か食べる?」
その言葉に瞳をキラキラして頷く姿は、女版悟空といったところか。
近くにあった中華料理店につれて入り、席に着かせた。
メニューを見ながらも、しきりにこちらを伺っている少女。
「いくらでもどうぞ。奢ってやるよ。」
「本当か!?お前、いい奴だな。」
ニコニコしながら店員に注文していく料理の数々。
やっぱり女版悟空じゃないかと苦笑する。
カード持ってて良かったよ、本当。
軽く5人前ぐらいの料理を食べ終えた少女を連れて店から出た。
ピョンピョンと跳ねながら付いて来る少女に、ふと名前を聞いていなかったと気が付いた。
「なぁ、お前名前は?僕は。でいいよ。」
「オイラは李厘。よろしくな!」
「李厘、何で―――」
『空から落ちてきたの?』と続くはずだったのだが、一人の男性の声に遮られた。
その声に、李厘がの背中にしがみつくように隠れた。
蒼の瞳に男を捕らえる。
「・・・貴方、誰?」
「俺は李厘の兄、紅孩児だ。」
「兄?・・・って、こら。李厘、逃げない!」
脱兎のごとく逃げ出そうとした李厘の襟首を捕まえ、紅孩児に差し出した。
「すまないな。」
「別に。」
「お兄ちゃん。にご飯奢ってもらった。」
李厘の無邪気な笑顔にガックリと肩を落とす紅孩児。
その姿に、李厘に振り回されていることが容易に想像できた。
「李厘様。飛竜の姿がなかったのですが・・・。」
紅孩児の後ろに控えていた綺麗な女性が、おずおずと切り出した。
「知らないや。オイラ、腹減って落ちちゃって。が受け止めてくれたんだ。」
「ははは・・・。なんだ、お腹空いてて落ちてきたのか。」
ガックリと肩を落としながらも、それが李厘らしくて苦笑する。
そんな中、紅孩児が一歩前に出た。
「重ね重ね、すまない。コイツが迷惑をかけた。」
「別にかまわないよ。それに、怪我も無くてよかったし、ね?」
「さんは大丈夫なのですか?」
「ま、大丈夫じゃない?そこまでヤワでもないし。」
実際、腹部や腕が痛む事はなかった。
あっても、まあ打ち身程度だろう。
そんなのは怪我のうちに入らない。
師範代の家に生まれ、毎日してきた稽古でそれなりに鍛え抜かれているのだから。
「なら、よかったです。」
「ああ・・・、自己紹介してなかったね。僕、。よろしくね。」
李厘が『』と呼んでいるだけで、自分から名乗っていなかった事に気付き、改めて名前を言った。
紅孩児の後ろにいた、男気のある奴が独角ジ。
綺麗なお姉さんは、八百鼡と名乗った。
「悪いが少し用があってな。礼でもできたらとは思うのだが・・・・・・。」
「いいって、別に。」
「そうか。すまない。また次に会う時は必ず礼をする。」
「え〜〜〜!オイラ、まだと遊ぶんだ!!!」
李厘が膨れながら、にしがみついてきた。
自分に妹がいたら、きっとこんな感じなのだろうか。
駄々っ子のように紅孩児に向かって、舌を出している李厘の頭にポンッと手を置いた。
「また今度遊んでやるよ。だから、今日は大人しく帰りなさい。」
「ホントか?絶対だぞ。約束だかんな!!」
「いいよ。約束する。」
指切りをしてから、苦笑している紅孩児に李厘を差し出した。
まあ、本当に会えるかなんて分からない。
でも、次が無いとも言い切れないから。
また会った時の為の約束。
「行くぞ。」
「おう。じゃあな、。」
「お世話になりました。さんもお元気で。」
「約束だかんな!」
「はいはい。」
何度も振り返りながら去っていく李厘に、バイバイと手をふってやる。
にしても、紅孩児って、李厘に相当振り回されてるんだな。
なんか、三蔵サマと悟空みたい。
そう思うと、思わず笑みが漏れた。
三蔵サマの機嫌が悪くならないうちに、そろそろ戻りますか。
NEXT
第2章の始まりです。
と紅孩児一行の出会いです。
李厘が李厘じゃないような気もするのですが、笑って流してやってください。
独角ジのジ・・・。変換できなくて、カタカナですが。
何とか頑張ったのですが、断念しました。
これからも、カタカナで行きますので・・・、宜しく。