むせかえるような 血の臭い
染まりあがる ―――紅―――
行き場の無い想い
切り刻んでゆく
逃げる事すらできないまま
己を染め上げていく
――― 紅 ―――
――― encounter ――― act.2
三蔵達と旅をするようになって、半月が過ぎようとしていた。
毎日、毎日、尽きる事のない妖怪たち。
心が拒んでも、向かってくる者は切り裂かないと、後に残るのは自身の”死”のみで・・・。
ただひたすら、「氷雨」を振るい、薙ぎ倒していく。
三蔵は昇霊銃で、八戒は気孔で、悟浄は錫杖で、悟空は如意棒で・・・。
夜が怖くなった。
闇が自分を飲み込んでしまうのではないかという錯覚すら覚える。
食事も喉を通らなくなった。
そして、今日も―――。
果てない戦いが始まる。
いつもの様にジープに揺られ、西へ向かう。
ゾクリと感じる妖気に、敵の存在を認めた。
「来る。」
の言葉で、八戒がジープを止めた。
「やれやれ。ちったぁ、休ませろっつうの。」
「げ〜〜〜っ。腹減ってるのに。」
「るせえ!さっさと片付けるぞ。」
口ではそう言っているものの、己の武器を手に皆ジープを降りた。
「三蔵一行、覚悟!!!」
「毎度毎度、お約束なセリフだね。他に言う事無いの?」
が苦笑しながら「氷雨」を構える。
今日の敵は一段と数が多い。
ざっと500人といったところだろうから、一人100人は切らないとダメってことらしい。
一つ小さな溜息を落として、は向かい来る敵に背を向けることなく、その中に入っていった。
今日もまた、切り刻んでいく。
そして、また・・・・・・・・紅く染まる。
一度に5人の妖怪がに飛び掛ってきた。
「クッ・・・。」
1,2,3・・・4人目で体勢が崩れた。
ヤバイ。
冷や汗が背中を伝う。
ガウン!!
振り下ろされるはずの妖怪の剣が地に落ち、それは消滅した。
「三蔵・・・サマ。ありがとう。」
「フン。喋っている暇があるなら、とっとと片付けろ。」
口だけ動かしての方を見るひますら作らず、向かって来る妖怪にまた銃を撃っている。
「おっしゃるとおりで。」
よっと立ち上がり、体勢を立て直したが「氷雨」を振り、舞った。
寝不足、栄養不足ときては体力が持つはずもなく、いつも以上に苦戦を強いられた。
軽くかわせるはずの血飛沫を至る所に浴びている。
ネットリとして絡み付いてくるそれは、とても気持ちのいいモノではなく、吐き気すら覚える。
ようやく敵が全滅したのを確認すると、はその場にペタンと座り込んでしまった。
「、大丈夫か?」
いち早く気付いた悟空が駆け寄ってくる。
その後ろからは、八戒と悟浄が心配顔で・・・・・・。
三蔵は、もう終わったとばかりにジープに乗り込んで、タバコを取り出し一服していた。
「悪い。大丈夫だから。」
「なワケねぇじゃん!いつもならぜってぇ返り血なんて浴びないのに・・・。」
「今日の敵って、強かったから・・・さ?」
顔に付いた返り血を、グイッと服で拭って立ち上がった。
「あまり無理はしないで下さいよ?」
「うん。」
「じゃ、行くか。早いとこ街に行って、風呂入んねぇとな。」
悟浄がそう言って、の肩に手を乗せた。
瞬間、グラッと傾く身体。
意識が遠のいていく中、悟浄の慌てた声を聞いたような気がした。
やめてくれ。
闇は・・・・・・・・・キライだ。
「おい!おまっ・・・・・・!!」
手を乗せた瞬間に、グラッと崩れたに正直慌てた。
咄嗟に反対の腕を前へまわし、地面に崩れ落ちる前に抱きとめた。
悟浄の声を聞いて、先に戻ろうとしていた八戒と悟空が、何事かと振り返り、悟浄の腕の中のを見て顔色を変えて駆け戻ってきた。
直ぐにの様子を見る八戒。
「どうだ?」
「このところ、あまり食事も摂っていませんでしたし。おそらく夜も寝てなかったと思います。疲れが出たんでしょうね。」
「ったく、コイツは・・・・・・。背負いすぎなんだよ。」
抱きとめていた身体を抱き上げた。
いわゆる、お姫様抱っこというヤツだ。
自分でも男相手に何故だ?という思いがしたが、自然としていた事で深くは考えなかった。
「くくっ。とうとう悟浄が狂った。」
「ってめ!この猿!!」
「だ・・・だってよ。男相手に・・・っぷ。」
「じゃあ、お前はコイツの事どう抱くよ!?」
未だにお腹を抱えて笑っている悟空を、悟浄が睨み付ける。
「僕なら悟浄と同じですね。」
「ん〜〜〜〜。やっぱ、わかんねぇ。」
抱える場所がお腹から、頭に変わった悟空に一発蹴りをくらわせてからジープに乗り込んだ。
後から騒いで追いかけてくる悟空を黙らせたのは、運転席についた八戒の黒い笑顔だった。
「後ろ、静かにして下さいネ。起こしたらタダじゃすみませんよ?」
笑顔の奥の黒いオーラに、流石の悟空も黙り込んだ。
三蔵は悟浄の腕の中のを一瞥しただけで、タバコを手にした。
「悟浄。そいつにフードかけておけ。」
「お・・・おう。」
そして、悟浄がのいつも着けているフードを被せてから、ジープは走り出した。
夕暮れ前には街に着き、直ぐ宿を探す。
何軒かまわったところで、ようやく部屋が取れた。
が、遅かったせいか二人部屋と三人部屋しか空いていなかった。
八戒は少し困り顔で、悟浄の腕でまだ眠っているを窺った。
「・・・・・・。仕方ないですね。じゃあ、三蔵とが二人部屋という事で。」
ピッと人差し指を立てながら言う八戒に、三蔵の眉がよった。
「おい。」
「何です、三蔵?」
「誰が誰と同室だと?」
紫暗の瞳が凶悪なまでに光る。
が、それに怯むことなく言い返すのは他ならない八戒。
「イヤですねぇ、三蔵。聞こえなかったんですか?」
八戒の言葉に再び眉をよせるが、その背後にある有無を言わせないオーラにチッと舌打ちして言葉を飲み込んだ。
「悩んでるかもしれないので、頼みますね。」
「だから、何故俺が・・・。」
「仮にも、最高僧でしょ?じゃ、頼みましたからね。」
「チッ。悟浄、部屋まで連れて行け。」
「へいへい。」
八戒からカギを受け取り、悟浄を促して割り当てられた部屋に向かった。
怖い。
暗闇が・・・・・・自分を飲み込んでいく。
手にヌルッとしたモノがまとわりつく。
真っ暗な中、そこだけが”紅”だった。
振り返ることなく走ろう。
そう思った。
走って、走って、ただ真直ぐ前を向いて・・・・・・。
それで傷ついても、後悔しないと思った。
確かに、後悔はしていない。
でも、・・・・・・・・・・・・・・・怖い。
心が拒絶する。
”今”の現実を。
暗闇の中、もがき続けた。
ふと、光が見えた気がした。
ゆっくりと目を開ける。
見慣れない天井が目に入った。
そして、全てを悟った。
「あ。倒れちゃったんだ、僕。」
誰に言うわけでもなく呟いたのに、答えが返ってきたのに驚いた。
「分かってんなら、世話ねぇな。」
だるい身体をベットから起こし、声のした方を見た。
窓辺で新聞を読みながらタバコを吸っていた三蔵が、眼鏡を外し立ち上がった。
「何を思いつめてやがる。」
「別に。」
言った後で少し後悔した。
鋭い紫暗の瞳がゆっくりと迫ってくる。
げっ、怒らせた!?
「もう一度だけ聞いてやる。」
「三蔵サマには敵わないや。」
ガックリと肩を落として、は今の心の中の全てを話した。
いつも、闇に飲み込まれそうになる。
殺らなきゃ、殺られるから。
だから、戦う事は仕方が無いと思うけど、以前までの”現実”と今の”現実”があまりに違いすぎて。
非現実的な毎日が、怖くなる。
振り返っても戻れるわけも無く、ただ前を向いて進めば未来はあるだろう。
でも、紅が纏わり付く。
闇の中に光が見えない。
振り払えない、紅。
どうしても、消えない。
話し終えたにかけられた言葉は、正直驚くようなもので。
「お前、莫迦だな。」
「バ・・・、バカって。確かにバカだよ、僕。」
「以前”赤”が懺悔の色だと言った奴がいる。お前はどう思う。」
「僕は違うな。懺悔っていうより、むしろ束縛って感じかな。」
過去の罪を悔いるというより、今現在、殺戮によって縛り上げられている感じなのだ。
喋りながら自分の手を見つめる。
「おい。」と呼ばれ、ふと我に返って顔を上げると、思いっきり咳き込んだ。
「ッヒドい!三蔵サマ!!!ゲホッ、ゲホッ。・・・・・・煙たい。」
タバコの煙を自分の顔に向かって思い切り吐き捨てた最高僧に、涙ながらに非難を浴びせる。
なんて事するんだ、この人は。
「お前、悟浄の紅はどう思う?」
「へっ?・・・・・・夕日かな。」
「フン、いい答えだ。ガキが、肩肘はってんじゃねぇよ。強がってばかりだと、いつか身体がもたなくなる。
テメェに殺した奴の命まで背負えなどとは言わねぇ。自分から殺しに行ってるわけじゃねぇんだからな。」
「あ・・・。」
そうか。
あいつ等の命まで背負い込もうとしてたのか。
勝手にこっちを殺しに来たのは、あいつ等妖怪で・・・。
自分が好き好んで殺人に手を染めたのではないと。
無抵抗な人間を殺るなら、その命を背負わないといけないが、それは違うから降ろしてしまえと。
そういう事か。
強がって殺してきた涙が、蒼の瞳に溢れてきた。
「血は何度でも洗い流せる。血に染まる事なんざねぇよ。」
泣いているの頭に、その大きな手がポンッと置かれた。
「さ・・・ぞ・・・・・・サマ。」
「三蔵だ。かたっくるしい。」
「さんぞ・・・、あり・・・・・と。」
溢れる涙を拭おうとするが、三蔵にその手をつかまれ、自分の方へ引き寄せられた。
驚くヒマもないままに、は三蔵の胸の中に閉じ込められていた。
「今だけだ。泣きたいだけ、泣きやがれ。」
低く紡がれる声が、心を溶かしていく。
もう闇は怖くない。
涙は枯れる事を知らないようで、止めどなく溢れてくるが、今まで背負っていたものが軽くなった。
ああ、あの時。
暗闇の中に見えた気がした光は、三蔵だったのか。
この輝く金糸の髪が、
この輝く黄金の存在が、
自分を照らし導いてくれる太陽なんだ。
あったかい。
久しぶりに悪夢も見ずに、よく眠れたなぁ。
目を開けて・・・・・・絶句した。
「な!・・・何で三蔵が・・・・・・?」
眩しいばかりの金糸の髪が、自分の目の前にある。
いつも鋭く光っている紫暗の瞳は、今は閉じられていて。
そして、何より自分の頭の下には、腕が置かれている。
あろう事か、反対の腕も身体にまわされていて・・・。
「だ・・・抱きしめられてる?!」
起こさないようにと、煩く鳴る心臓を片手でゆっくりと押さえる。
そこで初めて、自分が何かを握りしめていた事に気付いた。
そっと目をやると、綺麗に跡が付いたというより、皺まみれになった法衣が。
「こ・・・殺される!」
「確か、昨日三蔵の胸の中で泣いて・・・・・・。」
思い返して冷や汗が出た。
「そのまま放さなかったのか!?」
「で、三蔵も、僕の手離さずに一緒に寝た!?」
「っるせえ!思考がダダ漏れなんだよ。」
「うわっ!!ごめん、三蔵。」
眉間に皺を寄せた三蔵が、目を開いてを見つめていた。
「当たり前だ。男と寝るのは、これが最初で最後だからな。」
「はい・・・。」
これ以上ココにいたら不味い。
男でも心臓がやられそうだ。
布団から出て、ふと自分の服を見た。
血など付いていない綺麗な青色のトレーナーに目を疑った。
ジーンズは!?
慌てて視線を下にずらす。
どうやら着替えさせられたのは上の服のみで、ジーンズは昨日のままだった。
ホッと胸を撫で下ろすが、誰が着替えさせたのかという疑問が頭をよぎる。
「三蔵が着替えさせてくれたの?」
「なわけあるか。八戒だ。流石にサラシは取ってねぇが、何かあるのか。」
「ん・・・・・・。強いて言うなら”傷”かな。」
本物の傷じゃないけど、”傷”には違いない。
過去の事を思い出して、の表情が少し曇った。
「すまねぇな。」
「え!?いや、別に。大丈夫だから。」
三蔵が謝罪の言葉を言ったのに驚いた。
慌てて平静を装い、シャワーと答えて、部屋に備え付けられてある風呂場に逃げ込んだ。
服を脱ぎ、サラシの上からそっと胸に手を当てた。
いつか・・・。
いつか、言えるだろうか。
殺してきた自分を曝け出せる時が来るのだろうか。
僕が、僕でいなければならない理由はココには無いけれど。
でも、子供の頃から続けてきたウソを今更やめることなんて・・・。
そんな事、今更・・・・・・できないよ?
そうやって大人になってきたんだから。
でも、三蔵たちなら。
こいつ等になら、いつか自分の気持ちの整理が付いた時に言えるだろうか。
それがいつになるかは、解らないけど。
がシャワーを浴びに風呂場へ入ったのを見届けて、三蔵も横たえていた身体を起こした。
そして、サイドテーブルの上に置いてあるマルボロに手を伸ばす。
中から一本を口に銜え、ジッポを擦った。
深く吸い込んでから、おもむろに紫煙を立ち上がらせる。
それは、スーッと一本の線となって空中で消えた。
紫煙の行方を目で追いながら、昨日のことに思いを馳せる。
昨日の夜、を自分の胸で泣かせた。
気が済むまで泣いたのか、泣き疲れたのか、立ったまま三蔵の法衣を握りしめて寝てしまったのに呆れた。
ハリセンでもかまして、叩き起こしてやろうかとも考えたが、自分の胸の中で半分寄り掛かるように寝ているに、このままでもいいかという思いが溢れた。
ベットに横たえて、放れるものならとその手を解こうとしたが、解こうとする度にの表情が歪み、必死にしがみ付いてくる。
それは子供が母親に縋っているような感じなのだろう。
三蔵も幼少の頃、怖い夢など見た時はお師匠様にしがみ付いていた事を思い出し、そのまま一緒に布団に入った。
横たえた時に感じたの重みも、男と言うよりは女じゃねぇのか?と思うぐらいに軽く。
その腕も、足も、折れてしまうのではないかと思うぐらいに細かった。
こんなに華奢な身体の、何処にあんな力があるのか疑問にさえ思った。
だがそれは、やはりが男だからだろう。
きっと女なら、当の昔に弱音を吐いて逃げ出している事だろう。
それだけ過酷な旅なのだから。
そんな中で、悩み倒れた。
真直ぐな奴だと苦笑した。
何処まで真直ぐで、強がって、背負い込んでいるんだと。
守る者などイラナイと決めた。
だが、自分の胸の中で眠っているに
コイツは守ってやろうと、そう思った。
男相手にらしくないと思いながらも、どうしてもコイツの泣き顔を見たくないという気持ちが勝ったのだ。
「フン、らしくねぇな。」
フッと笑みを漏らし、紫煙を吐き出してから、もう短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
もう一本に手を伸ばそうとした時、風呂場のドアが開いてが姿を現した。
上は三蔵と同じような黒のアンダー姿で、下は白のジーンズを穿いている。
まだ濡れている漆黒の髪からは水滴が滴り、肩にかけているタオルに染みを作っていた。
そんなの姿に、何故か三蔵の心臓がはねた。
ったく、昨日かららしくねぇ事ばかりだな。
コイツに振り回されている。
「ったく、お前はもっとしっかり食え。」
「は?」
「細すぎなんだよ。女みたいな身体してんじゃねぇよ。」
「・・・そうかな?」
三蔵の言葉に、は改めて己の身体に目を向けた。
たしかに、三蔵たちと比べたら明らかに自分の方が細い。
でも今更食事量を増やせと言われても、それは絶対に無理な話しである。
どうしたものか困り顔で自分の身体と、三蔵を交互に見つめた。
「朝メシ、行くぞ。」
「あ、うん。」
胸元の皺になった法衣を少し直しながら、三蔵はベットから立ち上がった。
部屋を出ようとしたところを、アンダーの上に蒼色の長袖の麻シャツを羽織ったに呼び止められた。
首だけで振り返る。
「あのさ・・・・・・。」
「何だ。言わねぇんなら行くぞ。」
「ちょっ・・・。もう!・・・・・・三蔵、ありがと。」
そう言って笑ったの顔には、今まで見せた事のない感情が表れていて。
男なのに、花が咲いたように笑う奴だと思った。
コイツの笑顔は悪かねぇな。
返事代わりに、フンと鼻であしらって部屋を出た。
そんな三蔵の後を「待てよ!」と追いかけてくるがいた。
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