「どうやら、吹っ切れたみたいですね。」
外を見ていた八戒が、穏やかに微笑んだ。
三蔵もタバコを灰皿に押し付け、窓の外にその紫暗の瞳を向けた。
――― encounter ――― act.3
朝食の後、がまだ本調子ではないだろうと出発を一日延ばした。
買出しなどは昨日の内に終わっているので、いたってゆっくりとした時間が過ぎるのみ。
そんな中、は以前悟空が言っていた戯言に付き合うべく、今悟空たちと宿の中庭にいる。
本調子じゃねぇから休んでろ、と言ったところで聞く筈も無く。
勘を取り戻したいし、毎日の鍛錬は必要だろうと三蔵を説得して、悟空の申し出を快く買って出たのである。
三蔵と八戒の視線の先で、と悟空が組み手をしている。
それを間近で見守るのは悟浄。
「気になるか?」
新しいタバコを口に運ぶ三蔵に、八戒が向き直った。
紫暗の瞳と、翡翠の瞳が絡まった。
「は、真直ぐな人ですから・・・。心配です。」
「フン、確かにな。だが、アイツは過去になんぞ囚われてはいなかった。」
「それでは・・・・・・。」
「お前と同じだ。」
も僕と同じ・・・ですか。
その事実に、一つ息を呑んだ。
そんな事は考えもしなかった。
妖怪に対して、何の躊躇いも、恐れも無く切りつけていくだったから。
以前生きていた世界の事を思い出していたのだと、勝手に思い込んでいた。
「懺悔の色・・・ですか。」
「いや、束縛の色だ。」
「――束縛――ですか。らしいですね。」
「まったくだ。」
「強がってましたからねぇ。これから、頼ってくれるでしょうか。」
「アイツ次第だろおが。俺に聞くな。」
確かに、とクスッと笑って、八戒はまた外に視線を戻した。
初めて会った時の悟空の言葉を思い出した。
『お前と戦ってみてぇ!!』
勘が鈍っていたら困るし、一人での精神統一より何より実践的である。
は朝食後、悟空に話を持ちかけた。
話した瞬間、その金色の瞳を眩しいばかりに輝かせて、直ぐに、直ぐにとの手を引っ張り、中庭に連れ出された。
そんなを、不機嫌な声が止めた。
「まだ本調子じゃねぇんだ、やめておけ。」
けれども、本調子じゃない分鍛えておかないと、いざという時に足手まといになるだけで。
それだけは避けたかった。
だから、三蔵を説得して悟空と小一時間程組み手をしている。
「なあ、。氷雨出してくれよ。」
腕をあわせながら、いたずらっ子のような瞳でを見る悟空。
バッと飛びのき、はその手に『氷雨』を具現化した。
「悟空も出せよ。」
「おう。」
「おい!それは止めとけって。」
それまで傍観者だった悟浄が、ガシガシと頭を掻きながら間に入ってきた。
「「大丈夫だって。行くぞ!」」
「うおっ!ッテメェら、危ねぇだろ!」
二人の間にいた悟浄を気にも留めず、剣と如意棒をあわせた。
とばっちりを食いそうになった悟浄も、錫杖を具現化させその中に入ってきた。
一撃、二撃・・・刀と刀、刀と如意棒が交じり合う。
「ぐっ・・・。」
手加減ナシで向かっていっても押さる。
着地とともに後ろに飛ばされるのを、グッと足をはって堪える。
「まだまだ!」
そうして向かっていくが、いつの間にか対悟空・悟浄になっていた。
いつもは妖怪が何人かかって来ても怯むことはないが。。。
「どりゃ〜〜〜ッ!!!」
繰り出した『氷雨』を悟空の如意棒に受け止められ、そのまま勢いで後ろに押された。
空を切る身体。小さく上がる悲鳴。
受身を取りながら、後方の地面に倒れこんだ。
「っんの、バカ猿!!」
が思い切り吹っ飛んだのを見て、悟浄が悟空の頭に拳骨を落とした。
「っ・・・・。ワリィ、。大丈夫か?」
頭を抱えながら、悟空がに近づいてきた。
立ち上がろうとしたにズキッと痛みが襲う。
眉を顰めながら、痛みの原因である手の甲を見ると、紅い鮮血が滲み出ていた。
「おい、。大丈夫か?」
「ん、舐めてりゃ治るだろ。」
悟浄の言葉に頷き返して、その傷を何の躊躇いもなく舐めた。
それを見て、悟浄が合わせていた視線をそらせ、片手で口元を覆った。
何故か、のその仕草に心臓が煩くなった。
悟浄のそんな気持ちなどお構いナシに、は傷口をまだ舐めていた。
「おまっ・・・。ばい菌入ったらどうすんだよ!!」
グイッと手を取って立たせてから、そのまま手を引っ張った状態で裏口の水場へ連れて行った。
蛇口をひねって、水の中にの傷のある手を自分の手ごと突っ込んだ。
「うっ。痛い・・・。」
水が沁みるのだろう。
すぐに手を引っ込めようとするが、悟浄はそれを許さなかった。
「我慢しろ。」
「っ。もう大丈夫だから・・・・・・。」
身長的に見上げる感じになるのは仕方の無いことだが、悟浄を見上げるの目元に少し涙が浮かんでいて。
それがなんとも艶っぽく、思わず背中越しに抱きしめていた。
「ちょ・・・悟浄!」
「黙ってろって。」
自分の腕の中に閉じ込めているの身体が、とても小さく感じる。
華奢な身体に、そのきめ細かい肌。
守ってやりたくなるような、そんな気持ちが心の奥底に湧いてくる。
ヤローに走る趣味はねぇんだけどな。
苦笑しながら、蛇口をひねって水を止め、その身体を離した。
「だめですよ、悟浄。、何もされませんでしたか?」
「え。。。あ、うん。」
背後から聞こえてきた冷ややかな声に、悟浄の背に冷や汗が流れた。
これ以上何か言われても、言い返しようが無い。
慌ててとの間を空け、八戒の方へ振り返った。
人のよさそうな笑顔を向けてはいるが、それが違うことぐらい長年の連れ添いで経験している。
「じゃ、あとよろしく。」
「仕方ないですね。、傷治しましょうね。」
「あ。ありがとう。」
立ち去る悟浄へ向けていた視線を、八戒に戻した。
傷を負っている手を包み込むように手をかざすと、ポウッと温かい光に包まれた。
暫くして八戒が手を離すと、の手にあった傷は跡形も無く消えていた。
「やっぱり凄いな、八戒は。」
「そうですか?ありがとうございます。」
昼食後、悟空がに纏わりついていた。
さっきの事を必死で謝っている。
なんとなくその場に居づらくなった悟浄は、宿を出て散歩に出かけた。
らしくねぇ。
昨日、が倒れた時からそうだ。
何故か、担ぎ上げるわけでもなく、お姫様抱っこをしていた。
悟浄にかかる重みも、軽すぎて女かと錯覚する程で・・・。
華奢な身体に、白い滑らかな肌。
「猿とはえらい違いだな。」
さっきの見上げられた瞳に浮かぶ涙にさえ、心臓を鷲掴みにされたような気さえした。
マジ、らしくねぇ。
女にしか反応しないって思ってたのによぉ。
アイツは男だ、と分かっていても・・・。
このもどかしい思いは止まらない。
いつの間にか辿り着いた川辺に腰を下ろし、手近の石を川へと投げ入れた。
―――ポチャン
投げ入れた石が作った波紋を見ながら、三蔵が言っていた事を思い出した。
が囚われていたのは、過去ではなく今だと。
己の手を染め上げる紅に囚われていたと・・・。
目に入る紅い髪を一房手に掴んだ。
八戒は『血』の色だと言った。
自分自身もそう思っていた。
アイツは何の色に見えているんだろうか。
三蔵は、そんな悟浄の心を読んだように、ニヤッと意地悪く笑い
「本人に聞くんだな。」と吐き捨てた。
どうせ、『血』だろ?と、思ってみても・・・。
聞くのが怖い・・・・・・か。
「ったく、らしくねぇってか?」
「何が?」
突然返ってきた声に、慌てて振り返った。
いくら悩んでいたとはいえ、自分の背後を意図も簡単に取られたことに正直焦った。
だがそれを表に出すこと無く、軽く髪をかきあげを見た。
「ったく、脅かすんじゃねぇよ。」
「・・・。驚いたのは僕の方だって。まさか悟浄のバック取れるなんて思わなかったし?」
クスッと笑って悟浄の隣に座り込んだ。
「そういや、お前よく分かったな。」
「ん?悟浄が出てった後、直ぐに追いかけてきたから。」
「悟空は?」
「なんか、また別の事で悩みだしたから置いて来た。」
「猿の頭で、何悩んでんだか。」
それ以上聞くことができず、タバコを取り出し火をつけた。
も、何も言うこと無く座り込んでいる。
悟浄は流れ行く川の水に視線を向けた。
―――ポチャン
が小石を投げ入れ、波紋を作った。
「悟浄の紅は好きだよ、僕。」
「はっ!?」
気になってたんだろ?とばかりに自分を見つめるに苦笑した。
コイツにはかなわねぇ。
「どう思うよ?やっぱ、血の色・・・ってか?」
「なんでそんな事言うんだよ!確かに紅は血の色だよ。束縛されてたのも事実だけど・・・。でも、悟浄の紅は・・・夕日だな。」
「くくっ。夕日か。いいね。」
「だろ!?”血”なんて言うなよな。」
「おうよ。・・・お前、笑ってるほうが絶対いいぜ?」
「ありがと。」
そして、悟浄に向けられた笑顔は、花が咲いたような満面の笑みで。
・・・マジやばいって。
そっちの気ないんだけど?
ゴジョさん、マジ参りそうなんだけど。
笑ってるほうがいいけど、その笑顔は反則じゃねぇ?
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