・・・おかしい。
何か違うだろ?
悟浄!
僕まで巻き込むなって・・・。
―― A falsehood and the truth ―― act.1
5日ぶりの大きな街。
かなりの大きさで悟浄の好きな賭博場まであるときたら、この紅い男はじっとしているはずもなく宿を取ってすぐに街へと繰り出していった。
荷物持ちが一人消えたことで、八戒のにこやかな笑顔がへと向けられた。
もともと嫌なわけはなく、渋る三蔵を一人留守番において、は八戒と悟空と一緒に買出しに出かけた。
足りない物を買うだけなら、八戒と悟空の二人でも問題はないのだが、如何せん今回は食料から薬からと・・・野宿が続いていたもので何もかもが底をついていた。
それら全てを買い揃えるとなると、やはり二人では持ちきれない。
さすがに大きな街なだけあって、食料に関しても保存食の取り扱いが多い。
買い物を進めるにつれて八戒の目の色が輝きを増していくのが傍目にも見て取れた。
野宿の事を考えるとやはり食事がネックになってくる。
欠食児を二人抱えるこの状況下でこんなにも保存が利く食材が溢れていると、八戒でなくとも端から購入していくのではないだろうか。
思っていた以上の買い物をして、大荷物を抱えると悟空。
もちろん八戒も持っているのだが、買い物リストを見ないといけないことから片手だけの荷物しか持っていない。
「・・・え〜と、ハイライトとマルボロも買いましたから・・・これで終わりですね。」
思案顔でリストを見つめていた八戒がそう言ってメモをポケットにしまった。
その言葉に嬉しそうに反応するのは、両手に余るほどの大荷物を抱えた悟空だった。
犬の耳と尻尾が付いていたら、千切れそうになるくらいまでぱたぱたと振りまくっているだろう。
それほどまでに金瞳を輝かせて、八戒を見上げていた。
「なあ!なあ、八戒!!」
「あははは・・・。仕方ありませんねぇ。」
そのかわり、あまり沢山はダメですからね、と念押ししてから悟空の後をついて行く。
相変わらず肉まん好きの悟空。
にぎやかな大通りに屋台を出している肉まん屋に勢いよく走って行った。
その後を苦笑いをしながらも八戒とが追いかける。
「なあ、!も食うよな!?」
「えっ・・・。僕はいいよ。今食べたら夜食べれなくなっちゃうし。」
「本当に貴方は食が細いですね。悟空までとはいいませんが、しっかり食べて下さいよ。」
「ん。解ってるんだけど・・・ねぇ。」
苦笑して八戒の視線を避けると、不意に紅いものが瞳に飛び込んできた。
何が起きたのか瞬時に理解できずに、ただただ唖然とするばかり。
認識できた時には既に悟浄の胸の中で抱きしめられている状態だった。
両手で抱えていた買い物袋は、勢いと重力に逆らえずにの足元に見事に落下していた。
幸いにも落ちて割れるようなものは入っていなかったからよかったものの、そうでなかったら八戒に何を言われるか解ったものじゃない。
それでも、その原因を作った悟浄に全責任があるはずなのだが、当の悟浄はそれどころではないのか何やら焦っているみたいだった。
「ご・・・悟浄!」
「わりィ、。ちょっと黙ってて、な?」
「な・・・に?」
「あ〜ッ!!!やっと見つけたわよ、悟浄!!」
茶色の肩まである髪を靡かせて、気の強そうな一人の女性がこちらに向かって走ってきた。
真っ赤なチャイナ服が、彼女の強さを惹きたてているようだ。
そんな彼女の声で、支払いをしていた八戒と悟空が同時に振りかえり、悟浄に抱きしめられているを目にして抗議の声を上げた。
八戒に至っては、やはりの足元に無残に落ちている買い物袋に視線が飛んでいた。
「エロ河童ッ!!なにしてんだよ!」
「悟浄!?返答次第ではただじゃすみませんよ。」
「文句なら後で聞いてやるから、とにかく黙ってろ。」
八戒の清々しすぎる笑顔に引き攣りながらも、悟浄は駆けて来る女性を真っ向から見据えた。
「悟浄!」
「わるいね、黎蘭ちゃん。俺、今はさ、コイツがいるんだわ。」
悟浄の言葉が意味するところがなんなのかすぐに理解したは、やっぱりと盛大な溜息を吐き出していた。
わなわなと肩を震わせ、に敵意剥き出しの視線が投げつけられる。
黎蘭と呼ばれた彼女の言いたいことも解るし、許せないという気持ちも解らないでもない。
でも・・・明らかにとばっちりとしかいいようのないこの立場で、その視線を受ける気にもならない。
あえてその視線から逃れながら、蒼い瞳をひたっと悟浄に据えた。
「僕、その気ないよ?」
「・・・『僕』って!貴方・・・そうよね。男の人よね。」
睨み付けられていた視線が外れ、次に悟浄がその標的になる。
その勢いに気圧されながらも悟浄が一歩後ろに後退した。
「いや〜。だから・・・さ。なんつ〜の・・・・・・そう!女はもうゴメンだっつうかさ。」
「何言ってるのよ。昔はあれだけ私だけだって言ってたくせにッ!!!」
「だから、わりィって。」
黎蘭と悟浄のやり取りを見ていた悟空が遂に我慢できずに噴出した。
その隣で八戒も微かに肩を震わせている。
「るせぇ!この猿!!」
「だっ・・・だってよ。ぎゃはははは。面白れ〜ッ!!!」
「ダメですよ、悟空。悟浄だって必死なんですから。」
お腹を抱え、涙まで浮かべて笑い転げる悟空を八戒が目元を少し押さえながらなだめている。
だから・・・二人とも、笑ってないで助けてよ?
第三者からしてみれば面白いこと請け合いだろうけど、巻き込まれた僕って・・・。
それに・・・・・・・。
ちらりと周りを見渡せば、こんな往来で、こんな騒ぎとくれば野次馬も自然と集まるわけで。
まだまだ遠巻きだが、それなりの数の人垣が出来上がっていた。
「悟浄!いい加減に覚悟して!!!」
黎蘭が一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
それに反して悟浄はを抱きしめたまま後ずさる。
「ま・・・待てっ。黎蘭ちゃん。俺、マジでこいつに本気だからさ。」
「だから・・・・・・。」
「だったら証明してみせてよ。」
どうせ出来ないでしょ?と、髪と同じ茶色の瞳が笑う。
それに怯むことなく紅い瞳が煌いた。
ニヤッと口角をあげた悟浄は、左手をの腰へまわしてしっかりと抱き込み、右手を頬へとそっと寄せた。
滑るように頬を撫ぜ、そのままスッと顎をつかみ軽く上を向かせる。
「悪ィな。ま、初めてじゃねーし?」
「ちょ・・・待てって。」
が必死で足掻き、両手で悟浄を押し返そうとするが、それも腰をしっかり抱き込まれているので敵うわけすらなく・・・。
悟浄の顔がゆっくりと近づいてくる。
黎蘭の息を呑む音が聞こえた。
後1pの距離だろうか、耐え切れずにギュッと目を閉じた。
そして悟浄の髪がの肩筋にかかった時、聞きなれた低い声が聞こえたと思ったら悟浄の体温が瞬時に離れていった。
ギュッと閉じていた瞳を開くと、超不機嫌な顔で銃口を悟浄の米神に押し付けている三蔵がいた。
悟浄には悪いが、はその姿に少なからず安堵の溜息を吐き出した。
いくら男装しているとはいえ、まだ彼らには知られていないんだから。
事実を知っているのは三蔵ただ一人。
その三蔵が現れたのだから、もう大丈夫だろう。
「一回死んで来い!」
「ま、待て!三蔵!それはマジ当たる〜ッ!!」
「当たり前だ。当てるつもりだからな。」
ニヤッと口端がつり上がると、引き金にかかっていた指が動いた。
ガウン!
「っぶねーっつってんだろ!!この鬼畜生臭坊主!!!」
「チッ、次こそ当てる。動くなよ、エロ河童!」
「まあまあ、三蔵。それより彼女に差し上げたらどうですか?」
街の往来でこれ以上騒ぎを起こすのも気が引けると、八戒が三蔵と悟浄の間に入った。
さすがの三蔵も八戒に銃を向けれるはずもなく、忌々しげに舌打ちをして愛銃を懐へとしまった。
紫暗の瞳が無言で黎蘭を見据える。
「以前お付き合いしていた女性みたいですよ。」
「ほお。ならくれてやる。好きなようにしやがれ。」
こっそりと逃げようとしていた悟浄の襟首を掴み、黎蘭の前へ放り投げた。
「このエセ坊主!」
「自業自得だな。」
「そうですよ、悟浄。貴方の問題ですからをこれ以上巻き込まないで下さいね。」
見るからに黒い笑顔の八戒に、悟浄の頭ががっくりと項垂れた。
救いの手は差し伸べてくれなさそうだ。
黎蘭はそんな悟浄を半ば引き摺るようにして去っていった。
その後姿を見送っていた八戒がふとした疑問を口にした。
「三蔵。どうしてここへ?」
「タバコが切れた。」
短く言い切った三蔵が、の足元に落ちて半ば中身が見えていた買い物袋の中からマルボロを取り出して己の懐にしまいこんだ。
本当ならばこいつらが帰ってくるまで待てた。
だが、新聞を読んでいた三蔵の元へ青龍が慌てて窓から飛び込んできたのだ。
さすがの青龍も街中で本来の姿に戻れるはずもなく、また神気を爆発させることも出来ず、なら三蔵を呼びに行ったほうが早いとふんで急ぎ舞い戻ったのだ。
そんな青龍から事の次第を聞き、急いでの元へ向かった。
来てみれば危機一髪のところで、後一歩遅ければの唇を奪われていたところだった。
俺だけの。
俺だけが知っているの秘密。
知っている分、知らないで接しているこいつらに我慢がならねぇ。
かといって、言えるはずもなく。
苛立ち紛れに舌打ちした三蔵はの腕をひっぱり歩き出した。
「ちょっと、三蔵?」
「戻るぞ。」
そんな二人の頭上でいつの間にか戻った青龍が目を細めながらもその姿を見ていた。
輝く太陽の下、平和な光景がある。
それが今の彼らのつかの間の休息なのだろう。
妖怪の襲撃から身を守る為に戦い、そして向かうは500年前と同じ牛魔王の元。
蘇生実験を阻止するためにまた自分たちの王はその力を使うのだろう。
助ける相手は違えども、それでも係わっているのは間違いなく金蝉の魂を持った三蔵。
ただ願わくば、もうその命を落とすことがないようにと・・・。
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後書き