倒れるから声が聞こえた。

フワッと微かに表れた微笑。

そして、声にならない声。


―――コンゼン アイタカッタ


おそらく三蔵にしか分からなかったであろう。

だが、その声は意外にはっきりと頭の中に響いてきた。

菩薩や焔が『金蝉』と俺の事を呼ぶ。

俺の前世だろうが、知った事じゃねぇ。

だが――――――















――― inevitable ――― act.1















「焔さんに紫鴛さん、是音さん・・・・・・ですか。です。””でいいですから。」
。」と、焔。
「いや・・・。だからだって、僕。」

宿の一室。
と言っても必然的に三蔵の部屋なのだが、そこに集まる面々に三蔵の眉間にはいつも以上の皺が刻み込まれていた。
そして灰皿には、今にも崩れ落ちんばかりの吸殻の山ができている。
それを気にするでもなく、呼んだはずの無い客たちはを取り巻いている。

「いいえ、様。・・・貴方がご無事で何よりです。」

紫鴛の言葉に反応したのは、でもなければ三蔵でもなく。

「ご無事でとは言ってくれるじゃありませんか。貴方方の手先だったのでしょう。を危険な目に遭わせたのは。」
「え・・・そうなの?焔さん。」
「”焔”でいい。・・・・・・ああ、すまなかった。が居たのを知らなくてな。」
「まったくです、焔!様に何かあってからでは遅いのですよ!」

八戒に止まらず、仲間の紫鴛にまで詰め寄られて、焔の金と蒼のオッドアイが焦りの色をかもし出した。

「おい、紫鴛。お前の気持ちも解らなくも無いが・・・。」
「ですが!生きていたのですよ?また失うなんていう事になったら私は・・・・・・。」
「ナタク太子もも、お前のせいじゃねぇだろ?」
「いいえ!!何も手を出せなかった私の責任なんですよ。」

なにやら完全に違う世界に行ってしまった三人に、は肩を竦めた。
この言い合いはまだまだ続きそうだ。
放っておいてもかまわないだろうと考え、は改めて三蔵の方に向き直った。
たとえ自分に非が無くても、あっさりと敵に拉致されたのは事実だし。
それに、この神様たちが居る事に明らかに機嫌を損ねているのも事実。

「ゴメン、三蔵。」

両手を合わせて謝ると、紫暗の瞳が一瞬和らいだ。
それにホッと胸を撫で下ろした瞬間・・・・・・。


スッパーン!!!


「ッてぇ。酷いよ、三蔵。」
「るせぇ!!心配ばっかさせんじゃねぇよ!」

その行動と言葉に苦笑するのは、もちろん八戒と悟浄、そして悟空。
けれども、頭を抱えて涙目になっているを抱き寄せたのは焔だった。
座る場所が限られている室内。
ベットに座る焔の膝の上に、がトスンと納まっていた。
あっという間の事で、今の現状を理解するのに数十秒かかった三蔵が、苛立ち紛れに舌打ちをした。

「テメェ、を離しやがれ!」
「フッ。金蝉、お前が叩いたのだろう。なぁ、?」

そう言いながら、焔はを抱きしめた。
抱きしめられる事に慣れていないは、戸惑いながらも涙の滲んだ瞳で焔を見上げた。
なにより、この状態から開放してもらいたい。
タダでさえ不機嫌な最高僧が、よりいっそう凶悪さを増していくのだから。
そんなの思いなどお構いナシに、焔は三蔵に叩かれたの頭にそっと口付けを落とした。

「ほ・・・ほむら!!!ちょ・・・何するんだよ!」

あまりの事に頬を染めながら、が抗議をする。

「相変わらず華奢だなぁ。前はもっと胸も大きかったのだが・・・。」

綺麗に色違いの瞳を細めながら、の身体に手を這わす。

「テメェ、何をしてやがる。サッサとその手を離しやがれ!!」
「その手を離して下さいませんか?」
「まったく。冗談じゃねぇっての。」

室内に一気に立ち込める殺気。
それを楽しむかのように、口元を緩める焔。
傍迷惑な事この上ないが、逃げるに逃げれない。
そんなを助けたのは紫鴛だった。
焔の腕の中から、軽々とを抱き上げて自分の腕の中へ移す。
場所が変わっただけで、根本的には何も変わっていない。
諦めて肩を落とした

「僕・・・男なんだけど?」
「!!って、前は女だったのか?」

だからワンテンポ遅いって、悟空。

苦笑するも、『』の事なんて自分も知らない。
だから答えようが無い。

様は、それはもう綺麗な方でした。龍珠の守り人としての腕も立ち、曲がった事が嫌いで・・・・・・。」

そう言いながら、を抱きしめる紫鴛の腕に力が入った。
そして、何処と無く悲しそうな声色。
一体過去に何があったのだろうか。
僕の知らない過去。
焔たちの知っている僕の前世。

「なあ!だったらさ、焔とって戦った事あんのか?」

一番聞きたかった疑問を投げ掛ける悟空。
金色の瞳は焔だけではなく、自身にも向けられていた。

「いや・・・。だから、僕今日初めて会ったんだけど?」
としては初めて会うが、とはよく手合せしていたな。それがどうかしたのか?」
「やっぱり!!!どうりで太刀筋が似てるって思った。」
「覚えていたのか。」

オッドアイが優しい色でを映した。

「だから、知らないって。」
「そうですが、様に剣を指導したのは私です。」

の頭上から柔かい声が降ってきた。
その内容に首を傾げる。
悟空が似てると言ったのは焔の方。
それに焔も、手合せをしたのは自分だと言った。
なんだか矛盾している。

「俺も紫鴛に教えられたからな。似ていて当然だろう。」

焔の言葉で少なからず納得した。
そしてまだ離してもらえそうにない、その腕の相手を見上げた。
細い瞳が更に細まる。

「あのさぁ。『様』ってやめない?」
「ですが、様に変わりはありませんので。」
「だからでもかまわないけど、“様”は堅苦しいからやめて。お願い。」

の言葉に紫鴛と是音が互いに顔を見合わせた。


『”様”はやめて。』


天界にいた頃にも同じ事を言った
転生しても、根底にあるモノは変わっていないらしい。

「ところで。龍珠はどうした。」
「ああ、『氷雨』の事?」

紫鴛の腕からようやく抜け出したが、焔の言葉で『氷雨』を具現化しようとした。
が、次の瞬間またも頭に駆け抜ける痛みに顔を歪ませた。

「・・・痛い。三蔵、僕バカになる。」
「フン。敵にあっさり龍珠を見せようとするなんざ、バカ以外の何者でもねぇだろおが!!」
「あ、そっか。焔って敵?」
「お前の味方だ。」
「じゃあ大丈夫じゃない?」

そんな焔とのやり取りに、三蔵はチッと舌打ちをしてソッポを向いてしまった。
『勝手にしろ』と解釈したは、その手に『氷雨』を具現化した。

「・・・あれ?」
「どうかしたのか?」
「ん〜。何か前と違って蒼く光ってるし、龍珠も澄んだ蒼色になったなって。」
「それが本来の姿だ。おそらくお前の危機に、その力が覚醒したのだろう。龍珠の力も強く感じられる。」
「・・・・・・って事は、前より狙われやすくなったって事!?」

歓迎しかねぬ事実に、は肩を落とした。
これ以上狙われるのも勘弁してもらいたい。

「安心しろ。俺たちは手出しはしない。」
「おい。その言葉を信じられると思うか。」
「だが事実だ。は俺たちが護る。」

また焔に抱きしめられそうだったのを、間髪いれずに三蔵が阻止しようと動いた。
の腕を掴み、自分の方に引っ張る。
あまりに突然の事で体勢を崩したが、イスに座る三蔵に上から倒れこんだ。

「・・・・・あ・・・・・。」
「っつ・・・・・。」

偶然の事故。
予想外の出来事。
そう、二人の唇が微かに触れ合った。
三蔵の腕に抱きこまれたは、その身をワナワナと震わせていた。



は・・・初めてだったのに。
って、そうじゃなくて。
いや、事故だけど・・・・・・。
けど。



そんなの心境を知ってか知らずか。
触れ合った唇を押さえて、微動だにしない三蔵。
そして、言葉をなくし唖然と立ち尽くしている八戒と悟浄。
当人たちより顔を紅く染めている悟空。
そんな彼らの反応を楽しんでいる焔が口を開いた。

「手が早いな、金蝉。だが、は渡さないぞ。」
「テメェになんて渡すかよ!!!」

当のをそっちのけで、言い争いが始まってしまった。
焔がああ言えば、三蔵が声を荒げる。
仕舞いにはを抱きしめたまま、昇霊銃を取り出した三蔵。
それを煽る焔。
三蔵の腕の中で、が声を荒げた。

「いい加減にしやがれ!!!人の事無視して話し進めんじゃねぇ!!それに、俺は男だ!!!」

「「男だろおが、女だろおが、関係ない(ねぇ)!!」」
「・・・・・・いいのか。」

あっさりと撃沈する
ガックリと肩を落としながらも、三蔵の腕から逃れようと足掻く。
何とか這い出して、溜息を吐いた。

「すいませんね、。焔は貴方の事となると・・・。」
「や、もういい。僕、寝るよ。またね、紫鴛さんに是音さん。」
「おう。ゆっくり休めよ。」

紫鴛と是音に挨拶して、次に八戒たちの方を向いた。
が、まだ立ち直っていないのか呆然としている。
八戒の名を呼ぶと、ようやく我に返った八戒が優しく「なんです?」と返してくれた。

「僕、もう寝るから。起こさないでね。」
「ええ、解りました。彼らの事はこちらで何とかしておきますから、ゆっくりと休んでください。」
「よろしく。じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」





その後一時間は、相手不在の無意味な言い合いが続いたとか・・・・・・・。





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