荒野を見下ろす小高い崖の上に、四人の人物がいた。
彼らの視線の先には、荒野を走る一台のジープとその上で揺られる五人の人物。
玄奘三蔵
猪八戒
沙悟浄
孫悟空
そして、新たに加わった龍珠の守り人
「今日こそは、経文と龍珠の守り人を貰い受ける。」
「はい。」
「・・・ようやく会えたな、紅。」
独角ジがその瞳に龍珠の守り人を映しながら声をかけた。
以前、祢に言われて奴らの元へ行った時には居なかった。
「必ず母上の為にも、奴を手に入れる。行くぞ!」
紅孩児、独角ジ、八百鼡、李厘が荒野へと降り立つ。
そして、彼らも遂に出会う。
――― inevitable ――― act.3
夏の日差しが容赦なく五人に照りつける。
熱射病にならないようにと、薄手のフードを被ってはいるが・・・かなり暑い。
「・・・ッ。あっちィ〜〜。」
そんな中、フードすら被らずに白シャツをパタパタさせ中に空気を送り込んでいる悟浄が、触角ごと項垂れた。
暑さのせいで、いつもの悟浄と悟空の騒がしいやり取りもなく、ジープの後部席は平和と言えば平和なのだが・・・・・・。
「なぁ、八戒。水・・・・・・。水ねぇのか?」
「悟浄。貴方、もう飲んじゃったんですか。」
街を出る前に、各自水筒に水を詰めて渡したのに。
はぁと溜息を吐く八戒を横目に、三蔵が口を開いた。
「やらんでいい。」
「んだよ!この生臭坊主!!」
「っるせえ!!今すぐ死ぬか?」
どうやら三蔵も暑さでイライラしているみたいで、いつもの余裕無く直ぐに銃口を悟浄へ向けていた。
「三蔵。こんなに暑いんじゃ、すぐ腐ってしまいますから。」
「捨てていく。安心しろ。」
ニヤッと口角を上げた三蔵が撃った。
紅い髪が数本空中に舞う。
「っぶねぇ〜な!!マジ死ぬだろッ!!!」
「チッ、外したか。」
三蔵と悟浄の言い合いを肩を竦めながら見ていたは、自分の水筒から水を一口飲んだ。
乾いていた口内が潤う。
「うわッ・・・。」
急に自分の水筒が誰かに奪われた。
そんなの水で喉を潤しているのは―――
「さ・・・三蔵!?」
「っこの似非坊主!何の水飲んでんだよ!」
「フン、俺のは空だからな。当然だ。」
さも当たり前のように言い切り、しかも空になった水筒を返された。
「・・・せっかくゆっくり飲んでたのに。」
言い返そうとしたが暑いのでそれすら疲れると、出かかった言葉を飲み込んだ。
諦めて空の水筒を荷物の中にしまう。
そこでようやく悟空の存在に気付いた。
いつもなら何かと「腹減った〜。」と騒ぎ、悟浄とやり合ってるのに・・・・・。
今日は静かだ。
「ご・・・悟空?」
そっと声をかけてみる。
そんなの様子に気付いた悟浄も、悟空の方を見る。
の言葉にすら反応せずに、フードを目深に被り項垂れている悟空。
悟浄が悟空のフードを取った。
「す〜。す〜。」
明らかに寝息としかいいようのない音に、安心して肩を落とす。
スッパーン!!!
「ッ・・・・・・・てぇ!!」
突然振り下ろされたハリセンに、目に涙を溜めながら頭を抱える悟空。
「よし!」
「よしって・・・・。そうなのか?」
「くくっ。心配ならそう言やいいのに。ねぇ〜、三蔵サマ。」
そんな三蔵に驚きの瞳を向けたとは反対に、ニヤッと口角を上げた悟浄は紅い瞳を細めて三蔵の後ろ姿を見た。
悟浄に何も言い返すこと無く、ハリセンをしまった三蔵はタバコを銜えた。
その仕草に肩を竦めた悟浄は、視線を悟空に向けた。
「で?猿はどうしたんだよ。」
「むっか〜!!猿って言うな。エロエロエロエロエロ河童!」
「んだと〜?人が心配してやってんのに。このチビ猿!脳味噌胃袋猿!!」
「・・・だっせぇ〜。触角項垂れてやんの〜。」
「暑いんだから仕方ねぇだろ!」
起きたら起きたで、早速始まった言い合いに終止符を打ったのは八戒だった。
キーッと砂埃を巻き上げてジープが止まる。
バランスを崩した悟浄と悟空が大きく傾いた。
「「危ねぇだろ!八戒!!」」
「お客さんです。」
「チッ。この暑いのにご苦労なこった。」
八戒と三蔵の言葉に、も前方に視線を向けた。
「紅!」
「お前は黙って隠れてろ!」
立ち上がりかけたを制し、三蔵は自分が着ていたフードをその頭に被せた。
「そうですよ。は出てきちゃダメですからネ。」
更に降ってくる八戒のフード。
「お前はココにいろって。な〜に、すぐ終わっからよ。」
フードの上から置かれる、悟浄の大きな手。
「大丈夫だって。だって俺、まだ紅孩児から倍替えし貰ってねえもん。」
悟空の明るい声と、更に降ってくるフード。
自分の分を含め、四人分のフードがを外界から完全に遮断する。
息苦しくて身じろぎするに、三蔵の不機嫌な声が降ってきた。
「出てきたら、・・・そうだな。今夜襲ってやるよ。」
「・・・頑張ります。」
ただでさえ暑いのに、そんな事言われたら出るに出れないじゃないか。
ガックリ肩を落とし、おとなしく後部席に身を預けた。
「三蔵一行!今日こそは、経文と龍珠を貰い受ける!!」
「紅孩児、行くぞ―――っ!!」
「来い、孫悟空!!」
毎回決まったメンバーどうしの戦い。
悟空VS紅孩児、八戒VS八百鼡、悟浄VS独角ジ、それぞれの戦闘が始まった。
三蔵はそれをただ眺めながら、ジープに寄り掛かりタバコをふかしていた。
背後でがもぞもぞと動く気配はあるものの、先程の一言が効いているためか、顔は出していなかった。
「ハゲ三蔵〜!」
「誰がハゲだ!!!」
スパーン!!
「っつ・・・。三蔵、覚悟―っ!!」
頭を抱えながらも、なお李厘が向かってきた。
それを一瞥した三蔵は、銜えタバコのまま、手にある物を出した。
「喰うか?」
「喰う。喰う。サンキュ。」
子供は餌付けに限る。
三蔵の傍らに座り込んで、何処からか取り出された肉饅に噛り付いている李厘。
「なぁ、ハゲ三蔵。」
「誰がハゲだ!!」
「アイツって、男か?女か?」
興味津々でジープの後部席を見る李厘に、軽く舌打ちした三蔵。
「男だ。コレもやるから、手ぇ出すなよ。」
「マジで!?やり〜ィ。」
次はスルメ烏賊をくわえる李厘。
餌でおとなしくなるなら世話ねぇな。
「さ・・・ぞ。・・・も・・・ダメ。」
「黙ってろ!」
ったく、コイツは。
声でばれるだろおが。
これ以上、に付き纏ってくる奴が増えると考えただけでイライラするってのに。
ドサッ
「なぁ、ハゲ三蔵。・・・倒れたぞ?」
李厘の言葉に驚いた三蔵が後部席を見ると、確かにフードを纏ったまま、が倒れていた。
「おい!」
慌ててジープに飛び乗り、フードを取り除いてからを抱き起こした。
はぁ、はぁと息が乱れ、顔が火照っている。
「チッ。八戒!!」
「あ――っ!だ!!お兄ちゃん、が倒れた!!」
三蔵が八戒を呼ぶ声と、李厘が紅孩児を呼ぶ声が重なった。
八戒は、「すいません」と八百鼡に一礼してから、こちらに駆けてくる。
悟浄も悟空も慌てて戻ってきた。
もちろん、李厘に呼ばれた紅孩児たちもそうである。
三蔵に抱き起こされているを見て、八戒の表情が曇る。
「十中八九、熱中症ですね。」
「テメェがの水飲んじまうからだろおが。この生臭坊主!」
「っるせぇ!お前が水なんて言わなけりゃ飲んでねぇ!」
「あの・・・、水無いんですか?」
三蔵と悟浄の言い合いを余所に、八百鼡が八戒に問う。
「ええ。後は僕の分が少し残っている程度なんです。飲ませるだけで、いっぱいいっぱいかと・・・。」
熱中症になれば、四肢の付け根を冷却しなければならないのに、それに使うだけの水がない。
地図で確認した限りでもココから一番近い水辺は、ジープを飛ばしても数時間はかかってしまう。
時は一刻を争うというのに・・・。
「困りましたねぇ。」
「独角、八百鼡。飛竜で水と薬草を。」
紅孩児の言葉ですぐに二人が走り去った。
その後ろ姿を見送りながら、八戒が紅孩児に問い掛けた。
「よろしいんでしょうか。」
「かまわん。には、以前李厘が世話になったからな。その礼だ。」
「すいません。ありがとうございます。」
口の中に何かが入ってくる。
冷たい。
そう思った次の瞬間、唇に触れていたモノが離れた。
「・・・苦い。・・・ケホっ。」
涙目になって見上げると、金糸の髪が揺れた。
それが三蔵だと認識する前に、再び塞がれる唇。
そして口内に流れ込んでくる苦い液体。
なんとか逃れようとするが、三蔵の舌がそれを許さない。
きつく抱き締められ、濃厚に絡み付く口付けにの意識がまた薄らいでいく。
「あ――っ!!三蔵、何してんだよ!」
「おわっ。・・・このエセ坊主!!」
遠くで悟空と悟浄が叫んでいる声が聞こえてきた。
それに苛立ちを露にした三蔵が、重ねていた唇を離した。
「・・・さ・・・ぞ。今の・・・何?」
「薬だ。」
「。貴方、熱中症で倒れたんですよ。」
三蔵の腕に抱き抱えられているに、やって来た八戒が優しく説明してくれる。
ああ、そういえば。
あまりの暑さに、意識が遠退くのを感じたような・・・。
「ところで、三蔵。何も口移しで飲ませなくても。」
「普通じゃ飲めなかったんだ。仕方ねぇだろ。」
「僕達は・・・まぁ、以前に見てますが。ほら・・・。」
八戒がちらっと視線を向けた先には、見知った顔が・・・。
顔を赤く染めてそっぽを向く紅孩児。
苦笑いを零している独角ジ。
目を隠されている李厘と、その目を隠しているヤオネも微かに頬が赤い。
「あ・・・紅!」
「・・・。頼むから何か着てくれないか。」
「はっ?・・・ぼ、僕の服!!」
紅の言葉で自分の身体を見ると、上半身はサラシ以外何も纏っていなかった。
「テメェが倒れるからだろおが。」
「・・・ひどっ。だって三蔵が、出たら今夜襲うって言ったんだよ?」
「三蔵!!?」
「待て、八戒。冗談だ。」
「笑えない冗談はやめてください。」
笑顔の黒い八戒に脅された三蔵は、気まずさに視線を逸らせた。
「・・・八戒。これ、取ってないよね?」
「ええ。」
その言葉に安堵の息を吐き出し、八戒から手渡された服を着て、三蔵の腕の中から立ち上がった。
まだふらつく足で、なんとか紅孩児の元に歩み寄った。
「大丈夫なのか?」
「なんとか。紅でしょ?水くれたの。」
「ああ。あと八百鼡が薬を調合した。」
「ありがとう、八百鼡さん。」
「いえ。」
さっきのの姿がまだ離れないのか、顔が紅いままの八百鼡。
脱がすのは仕方ない事だって解るけど、せめて何か羽織ってくれててもよかったのに・・・。
「が龍珠の守り人だったのか。」
「え?ああ。・・・そうだよ。」
「そうか。」
「連れて行く?」
「連れて行きたいのはやまやまだが、お前がアイツの手に掛かるのを黙って見過ごすほど、俺は出来ていないんでな。」
そう言った紅孩児は、何処か寂しそうに微笑んだ。
彼も、彼なりの事情があるんだろう。
それでもを連れて行かないと言った紅孩児は、やはり根っからの悪人ではないと思った。
「ねえ、アイツって誰?」
「吠登城にいる唯一の人間、生命工学の科学者だ。」
「ふ〜ん。ヤバイ人?」
「ああ。」
そう答えた紅を、がふわっと微笑んで見上げた。
「やっぱり、紅は優しいな。」
そんなの笑顔で、明らかに頬を染め動揺する紅孩児。
どうにか誤魔化そうと、一つ咳払いをしたのち、仲間に「引くぞ」と声をかけた。
「大事にしろ、。」
「うん。ありがとう、紅。」
「また来る。」
「お元気で、皆さん。」
「今度は茶ぐらい出せよな。」
「ハゲ三蔵〜!!今度はもっと遊ぼうな!!!」
嵐が去ったような静けさ・・・なんだろうか。
チラッと三蔵を見るが、その表情は不機嫌極まりない。
八戒は、やれやれといった感じで肩を竦めてから、を促してジープの運転席に腰を落ち着けた。
「さあ、みなさん。早く出発しないと、明日の朝日が拝めませんよ?」
「・・・おい、八戒。それって、どーゆーイミ?」
運転席で爽やかに語る八戒に、おそるおそる突っ込んだのは悟浄だった。
「そのままの意味ですよ。街まで、まだかなりあるそうですから。水辺にでも辿り着かないと、今度こそ干乾びますよ?」
「チッ。おら、行くぞ!!」
ドカッと助手席に座った三蔵。
慌てて悟浄と悟空は、の座る後部席に飛び乗った。
そんな彼らを翡翠の瞳に映してから、八戒はアクセルを踏んだ。
ジープが砂埃を上げながら走っていく。
後部席の中央で、は空を見上げた。
青い青い空。
濁ることなく、一面澄み渡っている。
僕の心は・・・・・。
この空の青のように澄んでいるのだろうか。
殺していたもう一人の『自分』が、表に出ようと足掻いている。
お願いだから
そっとさせて?
このまま自分の中に踏み込んでこないで。
この空のように
ずっと、限りなく澄んでいたいから。
お願い―――
NEXT
後書き