何が起こるかなんて、その時は考えなかった。

否、予測する事の方が無理だ。

僕はどうすればいい?

僕は・・・・・・






――― inevitable ――― act.4






一日の野宿を経て、一行はようやく街に辿り着いた。
生憎と小さな街の為、宿は一軒しかなく、しかも大部屋だった。

「・・・と言ってもねぇ。ベットが三つしか無いんだ。すまないねぇ。」
「かまいませんよ。無理を言っているのはこちらですから。」

宿の主人と八戒の話を聞いた悟空と悟浄は互いに目を見合わせた。
バチバチと火花が散っているような睨み合い。
その無言のバトルに終止符を打ったのは、帳場の奥から現われた二十歳頃の可愛い女性だった。

「いらっしゃいませ。お父さん、お布団二組持って上がればいいんでしょ?」
「ああ。すまないね。」

会話からして、娘なのだろう。
155cm程の身長で、茶色のセミロングの髪が肩下で揺れている。
瞳もパッチリしていて、後何年かすればかなりの美人になりそうだ。
そんな彼女に、悟浄が触角を揺らした。
二組の布団を持って上がろうとした彼女を呼び止め、すかさず布団を奪い取る。

「あ。お客様、困ります。」
「いいってことよ。こんな可愛い子に運ばせる程、落ちてないってか?」

そう言って、悟浄はウインクをした。
それに頬を染めながらも、柔らかい笑顔が向けられた。

「ありがとうございます。」
「ねぇ、名前教えてくんね?俺、悟浄っての。」
「愛蘭です。」
「いい女は名前も可愛いのな。どうよ、今晩俺と・・・。」

ぽっと頬を赤らめる愛蘭に、悟浄の手が伸びようとしたが。

「悟浄?ナンパはやめて下さいね。」
「見境無く盛ってんじゃねぇよ。このエロ河童!!」

八戒の絶対零度の笑みに撃沈。
追い打ちをかけるように振り下ろされたハリセンに、悟浄は遂に床に沈められた。
なんとか立ち上がり、何食わぬ顔でタバコをふかす三蔵に詰め寄る。

「テメェ、この似非坊主!チェリーちゃんのくせに、テメェも誰かに走ってんじゃねぇか!!」
「ほぅ。死にたいらしいな。」

冷たく光る紫暗の瞳。
そして向けられる銃口。
いつもなら躊躇いなく発砲するが、その黒光りする銃口の前に白い手が置かれた。

「ダメだよ、三蔵。おじさん困ってる。」
「チッ。」
「んー。続きは外でってことで?」
「おいおい、。助けてくれたんじゃねえの?」

困ったように笑うに、悟浄はガックリと肩を落とした。
その場を八戒が丸く収めて、一行はあてがわれた部屋へ入った。




そして。



買い出しも済み、食事も済み、今まさに戦いが始まろうとしていた。

「・・・ベット争奪戦?」

は呆れながら、意気込んでいる悟浄を見た。

「じゃあ、カードなんてどうです?」

人差し指をぴっと立てた八戒が微笑む。
それを見た三蔵が、器用に方眉を上げて睨み付けた。

「お前の一人勝ちだろーが。それとも何か。俺を布団に寝かせる気か?」
「三蔵、だったら僕だってそうですよ。毎日毎日、ジープの運転してて、結構腰にきてるんですよ。」
「勝手にしろ。」
「そうですか。ありがとうございます。」

「って、勝手に決めんじゃねぇーーーっ!!」

いつのまにかベットが二つ埋まってしまった事に文句を言う悟浄。
悟空も、「俺もベットがいい!」と残っていた一つのベットを占領していた。
そんな悟空を足蹴にして、ベットから叩き落としたのは悟浄。
そのまま二人で繰り広げられる掴み合い。

「っテメェ等、いい加減にしやがれ!!」


スッパーン!!


「ってぇな!!!何すんだよ。」
「そもそも、お前等が勝手に決めてるからこうなるんだろぉが!」

頭を抱える悟空とは対照的に、三蔵と八戒に食って掛かる悟浄だったが・・・。

「「何だと?(か?)」」

凶悪なまでに冷たく光る紫暗の瞳と、背後に黒いものが見え隠れする翡翠の瞳に見据えられては、
それ以上何も言い返す事は出来なかった。
二色の瞳から逃れるように、悟浄はイスに座っているの方をむいた。

はいいのかよ。」
「えっ、僕?いいよ、布団で寝るし。」
「おっしゃ!じゃあ、ベットは俺ね。俺。」

再び、残ったベットを占領しようと悟空が動いた。
悟空の襟首を掴み阻止する悟浄に、が苦笑いを洩らした。

「懲りないねぇ。じゃあ、二人でカードで決めれば?」
「エロ河童がイカサマするから却下!」
「何を、この猿!」
「本当の事じゃんか!」

一向に収拾のつかない争いに終止符を打ったのはジープだった。
ぱたぱたと八戒の肩からの膝に降り立ったジープは、蒼の瞳を見上げ一声鳴いた。

「あっ、そっか。麻雀でもやれば?」

「「「「はい〜?!!!」」」」

膝の上に座ったジープのたてがみを梳いてやりながら、唖然としている三蔵たちにもう一度同じ事を言った。
いち早く立ち直った八戒が躊躇いがちに口を開いた。

「あの・・・。どうして麻雀なんです?」
「八戒は結構強いでしょ?」
「ええ、それなりには。」
「三蔵も負けない。」
「当たり前だ。」
「じゃあ結果は、悟浄と悟空の勝敗で決まるじゃない。」

の説明に、確かにと納得する八戒と三蔵。
あまり納得いってない悟浄だが、ごそごそと荷物の中から麻雀牌を出してきた。

「でもはいいんですか?」
「いいよ。布団で寝れればそれでいいから。」
「フン。いい心がけだ。おら!!やるぞ、下僕ども!!!」

そうして、ベットを賭けた麻雀が始まった。
さすがにベットがかかっている為、白熱している。
は暫くそれを眺めていたが、ジープが膝の上で寝てしまったので、そっとベットの一つに横たえてから立ち上がった。
が、それに気付く者は誰もいなかった。
一言言っておこうかとも思ったが、どうせ同じ室内。
扉の向こうのお風呂へ入りに行くだけだし、と何も言わずに脱衣所に続くドアを開けた。










身体を洗っている間に浴槽にお湯を張る。
親切にもジャスミンの入浴剤が置いてあったので、それを入れた。
こうやってお風呂に入る時だけサラシから解放される。
湯槽に浸かりながら、『傷』の部分をそっと触る。
年令を重ねるごとに大きくなってくるそれが、いつまで隠し通せるか。
今までは気にならなかったものの、何だか彼らと居ると、
肌を見せる事が多くなってきてないか?と気がきではない。
勘のいい八戒のことだ。
何かの拍子に気付くかもしれない。
『傷』と言っているので、サラシをとる事は無いと信じてはいるが・・・。
後は、最近やたらと手を出してくる焔と三蔵。

「・・・あの二人が一番ヤバいかも。」

強ばっていた身体を溶き解すように、ゆっくり伸ばしていく。
今は自分一人なのだからと、緊張を解すように・・・。
ジャスミンの香がを包み込む。
ほどよくリラックスしたところで湯槽から上がった。
濡れない所に置いておいたバスタオルを身体に巻き付けて、ドアに手を掛けた。










「フン。思った通りの結果だな。」
「そうですね。」

三蔵と八戒の視線の先には、ガックリと肩を落とす悟浄の姿があった。

「やり〜!」

悟浄に勝った事が嬉しいのか、はしゃぎまわる悟空。

「きっと悟浄が愛蘭さんをナンパしている時点で、結果は決まっていたんですよ。」
「なるほど、そっか。悟浄、だっせぇ〜。」
「自分の使う布団を運んでりゃ、世話ねぇな。」
「チックショ〜ッ。」

ジタンダを踏む悟浄に、少し口角を上げた三蔵。

「先に風呂に入るぞ。」
「はいはい。じゃあコーヒーでも入れましょうか。」

三蔵が脱衣所のドアを閉める時、八戒のそんな声が聞こえてきた。
脱衣所で法衣を脱ぎ、目の前のカゴに入れていく。
全身何も纏うものの無くなった三蔵が浴室へと続くドアの前に立った。

フッとの事が頭に浮かぶ。
思い返してみても、部屋に居なかったよう気がする。
あれ程勝手に出歩くなと言ったというのに。
苛立ち紛れに舌打ちして、ドアノブを回した。

「うわっ!」
「・・・。」

次の瞬間、三蔵の胸元に倒れ込んできたのはだった。
長い時間浸かっていたのだろう。
白い肌が、ほんのりと桜色に染まっている。
バスタオルを巻いているが、何かしら柔らかい双丘のモノが、三蔵の腹部に当たっている。
もようやく事の次第に気付いたのか、慌てて密着していた身体を離した。

「さ・・・三蔵!・・・見た?」
「は?見てんならお前だろうが。」
「う・・・うおっ!」
「襲われたくなけりゃ、さっさと上がれ。」

真っ赤になって三蔵の横を擦り抜けて行くと入れ違いに浴室の中へと入る。
「ジャスミンか。たまには悪かねぇな。」

先程の事を思い出し、口角が自然と上がる。


願ったり叶ったりだ。
アイツは誰にも渡さねぇ。












何度寝返りを打っても眠れない。
静かな・・・否、たまに悟空の寝言や悟浄の鼾が聞こえてくるが・・・そんな室内で、はそっと起き上がった。

おそらくは・・・ばれただろう。
お風呂から上がっても何も言ってはこなかったものの、何処か機嫌のいいのがその証拠とも言えよう。

軽く溜め息を吐き、静かに部屋を出た。
外に出るつもりはない。
ふらふらと外に出て、また焔や紅孩児に出くわそうものなら、何を言われるか。
音を立てないように気を配りながら階下へ下りていった。
食堂に入り電気を付ける。
自由に使って下さいと言われていた為、は迷う事なくここに来たのだ。
お湯を沸かし、コーヒーを入れて席に着いた。

「・・・あーぁ。やっちゃったよ。どうしよ・・・。」
「どうもこうもないだろうが。」

不意に背後からかかった声に、びくっと肩を震わせた。

「さ・・・んぞ。・・・あはっ。起こしちゃった?」
「誰のせいだ。ったく。」

呆れ顔での隣に座った三蔵に、飲もうとしていたコーヒーを奪われた。
やっぱりこうなるのかと諦め、もう一杯入れる為に立ち上がろうとした。
が、その手を三蔵に捕まれた。
その手から視線をずらしていき、三蔵の紫暗の瞳に辿り着くと「言え。」と瞳が物語っていた。

「やっぱり気付いたんだ。」

イスに座り直して、俯き自分の手を見つめた。

「何故隠していた。」

いつにも増して低い声。
これ以上隠し通すことは出来ない。
意を決したは一度深呼吸し、三蔵の瞳をしっかりと見つめた。

「僕の家、剣術の師範代だって言ったよね。」
「ああ。」
「母がね、僕を産んでから身体を悪くして、それ以上子供が産めなくなったんだ。でも祖父が厳しい人でさ。仕方なく男に仕立てあげられたんだよね。」

そっと胸元に手を置いた。

「・・・それが傷か。」
「うん。」


何度本当の事を言って、辛い修業から逃れようと思ったか。
でも真実を言ってしまえば、傷つくのは自分ではなく母だと幼心で感じて隠し通した。


「フン。お前はお前だろうが。」
「・・・。」
「男だろうが女だろうが、お前はお前だ。違うか?」
「そう・・・だね。」


自分を否定し続けた事を、あっさり肯定してくれる三蔵。
何だか今まで殺してきた自分がうかばれた気がした。


「ところでお前、まだその格好するつもりか。」
「どうしよっか。」
「アイツ等が気付くまでしとくか。エロ河童避けになるしな。」
「それって・・・。」

ニヤッと口角を上げた三蔵に理由を聞こうとしたが、すぐに唇を塞がれた。
啄ばむような口付けから、だんだんと深いものに変わっていく。

息が出来ない。

ようやく三蔵が離れたので、肩を上下させながら空気を吸い込んだ。

「もう。何するんだよ。」
「お前は俺のモンだからな。誰にも渡さねぇ。解ったな。」
「・・・だから、僕の人権・・・・・・。」
「んなものはねぇ。それとも嫌か?」

真っすぐな紫暗の瞳に囚われる。
何もかもを射止めてしまうそれが悔しくて。
でも、逆らう事なんて出来ない。

「嫌じゃない。」
「なら問題ねぇ。名前は?」
「は?だよ、僕。」
「そうじゃねぇ。あるんだろおが、本当の名前が。」
「あぁ。・・・。」
「いい名だな。。」

おそらくは生まれて名付けられた時以来だろう。
その名前を呼ばれるのは、聞くのは初めてで。
嬉しくて・・・。

「ったく。何泣いてやがる。」
「あれ。おかしいな・・・。止まんない。」

溢れる涙を無理に拭うでもなく、三蔵はそっと抱き締めてくれた。
『傷』だと思っていたものが、『傷』ではなくなっていく。
心の中のわだかまりが消えていく。
涙がすべてを洗い流してくれるようだった。
三蔵の胸の中が温かくて、心地いい。

「ありがと、三蔵。」
「フン、バカ面。」
「ひどっ。・・・でも、サンキュ。」
「ああ。」

短い返事だったが、その中にすべてが含まれていた。
三蔵なりの優しさが。
僕は僕らしく。
そう生きていこうと、改めて決意した。








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