一つの街が見下ろせる山の中腹。
木々の間からは、天空から差し込む光がきらきらと輝き、小鳥の囀りが聞こえている。
その囀りと合わせるように、滝が水の弾ける音を奏でている。
澄み切った滝の流れが一つの小川になって流れゆく中、数匹の川魚が戯れながら泳いでいく。
眩しいばかりの自然。
平和な空間。
負の波動の影響を受けて、平和だった桃源郷の人と妖怪の均衡は脆く崩れ去った。
そんな欠片も見当たらない見事なまでの自然の中、一つの影が降り立った。
「ナタク様、様・・・・・・また来てしまいました。」




――― memory ―――





ちょうど昼時に祭夏(サイカ)の街へ到着した三蔵一行は、そのまま一軒の中華料理店へ入った。
相変わらず尋常ではない量の品を注文し、片っ端からお腹へ入れていくのはもちろん悟空と悟浄。
いつもなら、そんな風景に周りの客が驚きの反応を示すのに、今日は周りの客の方が賑やかだった。

「・・・人、多いね。」
「そうですねぇ。平和ですし、何かあるんでしょうか?」

街へ入った時から感じていた疑問を口にするに、八戒も首を傾げた。
ここ数日の内に通ってきた町はどこも平和とまではいかなかった。
人々は妖怪の襲撃に始終怯えながらの暮らしをしていた。
一言でいうなら、活気のない町。
それが、ここはどうだろう。
溢れんばかりの人、また人。
彼らの表情も生気にみなぎっているし、何より街そのものが活気に溢れている。


結界らしきものの存在も感じられなかったですし、何故なんでしょう。


「近くに大きな寺院でもあるんでしょうか?」

地図を見た限り、何も記されてはいなかったが、そうでも考えないと説明がつかない。

「別に平和ならそれにこしたことはない。毎度毎度、戦闘するのにも限度ってもんがある。」
「どっかの誰かさんは、運動不足解消になってていいんじゃねえの?」
「ふぇほ、ふぁんぞはふほいてねぇひゃんか!」

―でも、三蔵は動いてないじゃんか!―

こう言いたかったのだろう。
口にいっぱい頬張ったままの悟空が、悟浄に異議を唱えた。
が・・・。

「黙って食え!!」

スパーンッ!!

スパーンッ!!

振り下ろされたハリセンの音は二つ。
案の定、頭を抱えた悟空と悟浄が蹲っていた。

「なんで俺まで叩かれ」
「るせぇ。てめぇがそんな事言うからだろおが。」

不平を言う悟浄を睨み付けた三蔵は、ジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に呷った。
そんな三蔵に苦笑しながら、は店員にビールの追加を頼んだ。
店の客の賑やかさに負けないくらいの恰幅のいい姉御肌の店員が、ビールのジョッキと酢豚四人前の大皿をもってきた。
中身が飛び跳ねるのではないかと思うくらい勢い良く、テーブルの空き場所に大皿を置く。
なんとも威勢のいい店員だぁ、なんて思いながら、奥に戻ろうとするのをが呼び止めた。

「すいません。今日、何かあるんですか?」

店員はの問いに、目を丸くして今更ながらにまじまじと全員の顔を見回した。

「・・・あんたたち、見にきたんじゃないのかい。」
「何をでしょうか。」
「『降臨祭』だよ。毎年、今日この日に祭夏の地に神様が御降臨するんですよ。おかげでこの辺りは平和そのもので。」

感極まりながら話す店員とは反対に、あきらかに不機嫌を露にした三蔵。


でも『降臨祭』があるからといって本当に神がこの地に降臨するとは限らない。
信仰の深さが妖怪をはねのけている可能性もある。
それに神様なんて、そうそういるもんじゃ・・・。
あれ?菩薩ちゃんは神様か。


一人納得してしまったの耳に、好奇心旺盛な声が聞こえてきた。
金色の瞳を輝かせて店員に詰め寄っている悟空。

わくわく

その表現が一番正しいであろう。
何か新しいオモチャを見つけた子供のように、根掘り葉掘り問いただしていた。

「なあなあ!その神様、この街にくんの?会った事あんの?」
「神様が目に見えるわけないでしょ!?妙な事言うね、あんた。」

呆れて肩を竦める店員に、悟空が反論しようと口を開いたが、八戒に口を塞がれ、悟浄に首を絞められそれは叶うことはなかった。

「ちなみに、その神様の名前は?」
「紫鴛様って仰るんですよ。いい名前でしょ。」
「あ!紫鴛も」

神様なんだと続くはずが、三蔵の手で口が塞がれていた。
何も言うな!と鋭い瞳が物語っている。
それにが頷くのと、悟空が口を開いたのは同時だった。

「なんだ、焔じゃねーのか。」

あきらかに落胆する悟空を気にする事なく、別の客に呼ばれて店員は本来の仕事に戻っていった。
それに安堵の溜息を吐き出した八戒がようやく口を開いた。

「妖怪が現われるのも厄介ですけど、神様が降り立つ場所というのも面倒ですね。」
「ふん。何にせよ、ここに長居は無用だ。」
「ええ。早々に立ち去ったほうが良さそうですね。」




















焔の居城――崑婪の塔。

その上層部にある一部屋。
外に広がっているのは、広大な青空。
眼下には雪のように白い、純白の雲。
天界でもなく、下界でもない。


そんな景色を見続けて五百年。毎年、この日、この時に何度自問したことか・・・。
それでも満足のいく答えに行き着いたためしはなかった。
五百年前、ナタク様が生きたまま永遠の眠りにつかれて、様が金蝉童子らの下界への逃亡の手助けをし・・・亡くなられてから。
私は・・・無くしてしまったんですよ。
その答えを、真実を、お二方の気持ちを。
だから今だに探してしまっているのでしょうね。
あの場所にあるのではないかと、そう思って。
己の主人を間違えたつもりもありません。
ナタク様、様がいなくなって、自由を追い求める焔に付き従った。
それでも、こればかりは焔にも是音にも言っていないし、言えないんです。


感のいい是音に気付かれないように、小さく溜息を吐き出してから紫鴛は部屋を後にしようとした。

「別に干渉する気はねえけどよぉ。何処に行くんだ?」
「ちょっと運動をしに。最近、体が鈍ってきたようなので。」


簡単にはいきません・・・ね、まったく。


内心そう思いながらも、表情を変えることなく振り向いた。
悪戯に口角を上げている是音の向こうに、何もかもを知っているかのように色違いの瞳を細めた焔を認めた。


・・・お見通し、というわけですか。
隠し通せるはずもないんですけどね。


「くくくっ。ヘタだね、嘘。毎年毎年、おめぇはナタクととの思い出の場所へ降り立つ。なんの為だ?」
「だから言っているでしょう?運動する為ですよ。」

答えは誰にも解らない。
永遠に解けないパズル。
それでも知りたいんですよ。
きっとそれは、私にはないもののような気がするから。
それ以上答えることをせず、紫鴛はドアに手を掛けた。

「紫鴛。ナタクとがああなったのはおめェのせいじゃねえ。それでもおめェは、いつまでも罪の意識を持ち続けてる。・・・そんなの意味ねぇぜ。」
「・・・実は自分でも本当のところ、よく解らないのです。」

だから追い求めてしまっているんですよ。

「フッ。律儀な男だ。」

窓辺に座っていた焔がスッと立ち上がった。
外からの風を受けて、羽織っている着物が揺れる。
振り返ることなく、紫鴛は部屋から出ていった。
閉じられたドアを見つめる焔は無言で着物を翻し、最奥の間へと戻っていく。
一人残された是音は、やれやれと肩を竦めながらよれたタバコを咥えた。


誰もが何かを背負っている。
それをとやかく言うつもりもねぇ。
現に俺だって・・・・・・・。
ま、俺は吹っ切れたけどな。
答えなんて見つけたわけじゃねぇが、それでもこの心の中に生きている。
俺の最愛の妻と息子。
きっと紫鴛も見つけるだろ。
なんたって、が戻ってきてるんだ。
あいつの心は変わってねえよ。
今も昔も・・・・・・そしてこれからも。
誰もが何かを背負っている。
背負ってなお、生き足掻いてるんだろ?





NEXT
後書き

今回のお話は、アニメ幻想魔伝最遊記の中の第42話「忘れえぬ風景」を参考にしています。
それぞれの想いに関しては個人的な解釈ですが・・・。