――500年前

天界軍が吠登城の前に集結していた。
それは大妖怪・牛魔王討伐をする為に派遣されたナタク太子率いる軍だった。
が、天界で唯一殺生を認められているのは闘神太子のみ。
吠登城の前にただ集まったナタク太子以外の彼らは何もすることが出来ない。
そんな彼らの見つめる先には、破壊音や叫び声が木霊し、時折上がる爆風で上空から降ってくる城砦の破片があった。
吠登城の中で戦っているのはもちろんナタク。
誰の手助けも充てに出来ず、誰の援助すらも受けずにただ己の力のみで大妖怪・牛魔王と向き合っている。
まだ幼い少年のはずが、闘神太子というだけでその手を血に染めていく。
やりきれない思い、救ってやれない歯痒さに、紫鴛はその表情を一段と硬くした。
そんな紫鴛の前に数人の部下が進み出た。
何を言わんとしているのか・・・・・・、その胸中は紫鴛とて同じ。
だが・・・・・・・。

「出撃の許可など出来ませんよ。我々は一切手を出してはならないと李塔天様より厳しく命じられています。」
「ですが!」
「屈辱・・・・・・ですね。確かに。」
「だったら!!」

吠登城を見上げていた紫鴛が、視線を部下たちに向けた。

「では、あなた方は本当に殺せるのですか?その手を妖怪たちの血に染めても平気なのですか?
何とか取り入ろうと思ってるのでしょうが、そんな上辺だけの点数稼ぎ、一文の得にもなりませんよ。」


今は待つしかないのです。
ナタク太子が牛魔王を討伐して下りてくるのを・・・。
事を聞きつけた様が駆けつけてくれるのを・・・。









――― memory ――― act.2










先刻いた場所から少し離れた地へ紫鴛が降り立った。
木々の間に少し開けた場所。
そこから見下ろせる祭夏の町並み。
広がる青い空。

「ナタク様と様が何故こんな普通の景色を好まれたのか・・・・・・500年経った今でも私には解らない。」


この場所に答えがあるはずなのに。
その答えを知る術を持ち合わせていない。
あの時から、私の心も囚われたままなのかもしれませんね。


一歩前に踏み出してから、腰に付けた鞘から二刀流の光の鞭を取り出した。
一振りすると空気が嘶き、鞭の触れた木々が次々と倒れていく。
ただ無心に鞭を繰り出し、舞を舞うかの様に身体を動かしていく。
やり場の無い思い。
答えの見えない出口。
そして・・・後悔。
今の私にはこうする事しか出来ない。
ひたすら己の腕を磨き、当代の闘神太子焔に忠誠を尽くす。
それは、嘗てナタク様一人に戦わせてしまった屈辱と、様を守れなかった罪の意識。

・・・それをあの方で償いたいと思っているから・・・でしょうか。

無心に鞭を振るう。
邪念を追い払うように、答えを見つける為に。
木々が倒れ、衝撃で幾つもの葉が空中に舞う。
そんな中一人の子供が現れた。

「神様、み〜っけ♪」
「・・・。」
「おいらは李厘。勝負だ!おいらが勝ったら紅孩児お兄ちゃんから奪った経文、返してもらうかんね!!」
「ほぅ。誰かと思えば、牛魔王の娘・・・ですか。いいでしょう。」


今日、この日、この場所で、こうして貴女に会えた事に感謝しましょう。

そして戦いの火蓋は切って落とされた。
辺りに舞い上がる土煙。
荒れ狂うように倒れる木々。
衝撃音が幾層もの空気をも切り裂くように、光りの軌道が縦横無尽に走る。
それから避けるように飛び上がり、空中から攻撃を繰り出す李厘。
だが・・・・・・。















ジープに揺られ、次の町へと進むべく山道を行く三蔵一行。

妖怪が出るのも歓迎できないが、神が降り立つのも出来れば避けて通りたいというのが本音である。
しかも焔の側近の紫鴛なんてなおのこと。
食事だけを済ませ、ゆっくりとする暇なく祭夏の街を後にした。

「なあなあ、。」
「何?」
「青龍は?」

今日、祭夏の街へ来てから青龍は何も言わずの元を離れ、勢いよく舞い上がって上空へと消えていった。
――何処へ行くのか。
疑問に思ったが、何かあったらすぐにでも戻ってくるだろうとさして気にも留めなかった。
が、どうやら悟空は気になっていたようだ。
バックミラー越しに八戒もを見つめていた。
それに苦笑しながらも、行き先も目的も知らない事に肩を竦めるしかなかった。
心配といえば心配なのだが、青龍の事だから何処に居てもの気配を追ってくるだろう。
でも何故この街で急に別行動したのか、その方が気になって仕方が無い。
紫鴛にしろ、青龍にしろ、一体ココに何があるのだろうか。

「危ない!!」

は意識を別の方へと向けていた為、八戒の急ブレーキに対応するのが遅れた。
突然の事での軽い身体が宙に浮きかけたのを、咄嗟のところで悟浄が引っ張り、その腕の中に抱きとめた。
悟空は逆に前のシートにおもいきり顔を打って、その痛みに蹲っている。

「チッ、八戒!」
「すいません、ですが・・・。」

三蔵の舌打ちに謝りながら、八戒もハンドルに埋めていた顔を上げて前方を見た。
八戒が急ブレーキを踏む原因となったのが、茂みから飛び出してきた影。
それは・・・

「八百鼡さん。どうしたんですか?」

そこにはジープのボンネットに両手を付く形で立ち尽くしている八百鼡がいた。

「あの・・・李厘様を見かけませんでしたか?」
「居ないんですか?」
「ええ。飛龍は見つけたのですが・・・・・・・すいません。」

謝る八百鼡が、次の瞬間ビクッと肩を震わせた。
突如響き渡った銃声。
それは紛れも無く八戒の隣に座っている三蔵から発せられたものだった。
が、当の三蔵の狙いは八百鼡ではなく、後部席の悟浄。

「っぶねぇなぁ!!何すんだよ!」
「るせぇ!!!いい加減その手を離しやがれ!!!!!」

まだまだ狙いを定めたままの三蔵が悟浄を睨みつけていた。
いつもの冗談ではなく、本気で撃たれそうだと心底焦った悟浄が急いでを抱きしめていた手を上げた。

「ったく。落ちねぇように抱きとめたんだぜ?礼より銃かよ。」
「フン。いつまでもくっついてんじゃねぇと言っているんだ!」
「まあまあ、三蔵。悟浄もありがとう。」

が二人を宥めていると、不意に前方の森の中から爆音ともに土煙が立ち上がった。
八百鼡と八戒が互いに顔を見合わせる。
互いが行き着いた答えは同じだった。
十中八九、そこに李厘がいる。

「すいません、急ぎますので。」
「待ってください。乗って!」
「ですが・・・。」
「おい、。」
「な、ちょッ!」

三蔵に呼ばれ後部席から身を乗り出したのと、それを担ぎ上げられたのはほぼ同時。
何が起きたのか理解できずにいるが落ち着いた場所は、三蔵の膝の上だった。
三蔵の行動に苦笑した八戒が、それでも八百鼡を空いた後部席へと促し、一気にジープのアクセルを踏み込んだ。

「あ〜あ。病気だぜ、病気。」
「死にててのか?」
「イエ・・・・・・スミマセン。」
「あはは。掴まってて下さい、飛ばしますよ!!」

にこやかに――いや、明らかに黒い笑みを浮かべている八戒を見ながらも、は微かに染まる頬を誤魔化しながら三蔵に抱きしめられいた。
抗議しても聞いてくれるはずも無い事は十分承知している。
それより今は、李厘の無事を祈るのみ。










吹き飛ばされ地面に倒れこんでいる李厘を紫鴛が見下ろした。

「覚えておいて下さい。私達は万人に対して平等です。たとえ相手が妖怪であれ、女子供であれ・・・平等に愛し、憎むのです。覚悟は出来ていますね。」

冷ややかに告げた紫鴛が二刀流の光の鞭を振り上げた時、茂みの中から何かが飛び出してきた。

「李厘様!!」

女性の声が聞こえた瞬間には辺りに煙が充満する。
李厘に対して容赦なく振り下ろされるはずの鞭が空を切り、覆っていた煙を切り裂いた。
煙が晴れたときには、もう誰の姿もなかった。

「煙玉・・・ですか。逃げられましたね。」

捕らえ損ねた獲物。
ぶつけようとした憎しみが紫鴛を駆り立てる。

あの日の屈辱と、後悔。
牛魔王さえ居なければ、大事なナタク様も様もこの手から失わずにすんだんです。
今度こそ、その息の根を止めてあげますよ。
大切なものを失う悲しみと、後に残されるこの痛みを味わってください。
絶対に逃がしません。
そして、出来ることならあなた方といらっしゃる様も奪い返してみせますよ。
もう二度と・・・・・・





紫鴛から距離をとり、山道を徒歩で登っている三蔵一行と李厘と八百鼡。

「なんでハゲ三蔵もいるんだよ!?」
「黙れ!誰がハゲだ!!」
「ハゲ三蔵〜。」

米神に青筋を立てる三蔵の周りを、ちょこまかと動きながらちょっかいをかける李厘。
怒りが込み上げているのが握りしめて震えている拳と、その表情からも伺い知れる。
問答無用で繰り出されるはずの銃も、今は発砲しないで耐えているということは紫鴛に気付かれるのを避けるためなのだろうか。
一歩後ろで漫才のようなやり取りを見ながら歩いていると、後方で爆発が起こった。

「トラップに掛かりましたか。」
「近いですね。」

八戒と八百鼡が足を止め、煙の上がっている方を見つめた。
その隣に欠伸をしながら悟浄が並ぶ。

「ったく、しゃ〜ね〜な。ちょっくら運動してくっか。」
「そうですね。」
「おっしゃ〜!!」

悟浄が元来た道を戻り始める。
それに続くは、八戒と悟空。
そんな彼らに三蔵は静かに、それでいて表情一つ変えること無く問いかけた。

「お前達はそれでいいのか?」
「ええ。狙いは三蔵の経文と李厘さんでしょうから。」
「そんな・・・。だったら僕が行く!」
「お前は行かなくていい。」
「でも」
「でももクソもねえ!!」

反論しようとしたの鳩尾に、三蔵の容赦ない拳が叩き込まれた。
意識を失い崩れ行くの身体を担ぎ上げた三蔵は、八戒達とは逆に山を登り始めた。

「ハゲ三蔵、酷い!」
「るせぇ!てめぇも、とっとと歩きやがれ!!」
「や〜だよ。オイラも行くからね。」
「ほぅ。コイツと同じ事してやろうか。」
「まあまあ、李厘様。すいませんが三蔵様、李厘様をお願い致します。」

ペコリと頭を下げた八百鼡も、八戒たちの後を追って駆け出していった。
それを見送る事すらせず、不機嫌全開の三蔵は渋る李厘を小突きながらも再び歩を進めた。



何も解っちゃいねえ。
今のアイツは気が立っている。
なら、狙いは俺の魔天経文と李厘、そしてお前なんだよ。
アイツ等や俺達の過去がどうだったのかは知らないが、それでもお前が絡んでるのは確実なんだ。
俺達には容赦ねえだろうが、お前は・・・。
囚われちまったら、もともこもねえだろうが。
お前が囚われるのは俺だけでいいんだよ。
俺だけで。




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後書き

アニメ幻想魔伝最遊記の中の第42話「忘れえぬ風景」を参考にしています。
それぞれの想いに関しては個人的な解釈です。