ナタク様・・・様・・・

どうしてあなた方があの景色を好きなのか

いつか私にも解る時がくるのでしょうか





―― memory ―― act.3





青龍に連れてこられた地。
それは先程登っていた山の、紫鴛と李厘が戦っていた所からそう離れていない場所だった。
木々が緑の葉を揺らす中、小鳥が囀り、滝の音が心地よく耳に入ってくる。
そして前方の木々が開けた場所からは祭夏の街が眼下に見下ろせた。
見上げれば澄み渡った高く青い空。
そよぐ風がとても気持ちいい。

「綺麗な所。」

深呼吸してから、はおもむろに靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げた。
川側の岩の上で羽根を休めていた青龍が何をするのかと視線を投げてきた。

「もちろん入るんだよ。」
「相変わらず・・・だな。王よ、服が濡れる。」

その言葉に視線を足元に向けると、くるぶしより少し高めの水位だがこのまま入ればロングチャイナの裾の部分が濡れそうだ。
はチャイナも脱いでTシャツ姿になり、脱いだ服を靴の隣に置いてから静かに川の中に入った。
時刻はもう夕方になろうかという頃だったが、夏真っ盛りの今、気温も高いので川の冷たさが心地よかった。
川の中心辺りへ歩み寄って、そこの岩に背を預けるようにして上空を振り仰いだ。
木々の葉がそよ風に揺れる。
さわさわと揺れながら、隙間から太陽の光りをへと届けた。

「なんだか・・・・・・・・懐かしい。」

何故だか理由は解らないが、この景色が、この空間が、とても懐かしく感じては静かに瞳を閉じた。
どう表現すればいいのか解らないけど、心の中が温かく満たされていく。
それでいて何処か寂しくて、ちくりと胸の奥が痛んだ。
不意に誰かの気配がした。
青龍が警戒しないところをみると敵ではないのだろう。
ゆっくりと蒼の瞳を開くと、そこには穏やかに微笑んでいる一人の神様がいた。

「紫鴛!!あの・・・・・・。」

何と言ったらいいのか解らないから、それ以上言葉が続かなかった。
つい先刻の事だろう。
八戒たちが紫鴛と戦いに行ったのは。
は言葉が見つからず、視線を宙に泳がせた。

「かまいませんよ。様が来られる前から、彼等とは敵どうしでしたから。」
「でも!」
「気に病まないで下さい。それに、我々は貴方には一切手出しは致しません。」
「・・・わかった。」

自分自身がこの桃源郷に現れる前からの三蔵たちと焔たちの関係。
確かに今自身が気に病んでも、その関係が覆ることもない。
自身がそう望んだとしても紫鴛や焔、そして是音が今更ながらに三蔵たちと手を組む事もないだろうし、逆もまた然りだろう。
ある程度納得して、は川から上がり紫鴛の元に行った。
祭夏の街が見下ろせる所にあった倒れた樹に二人並んで座り込んだ。

「どうして毎年、今日、この日に・・・ここに来るの?」

どうしても聞きたかった。
街の人たちの噂の真相を。
何の目的があるのだろうか、それが気になってしかたなかった。
の言葉を受けた紫鴛がフッと寂しそうな顔をした。

「今から500年も昔の事・・・・・・なんですよ。」


500年もの昔。
牛魔王討伐の時の事。
それ以前も、それ以降も闘神ナタク太子と龍王がこの地をよく訪れていたという事。
二人がこの場所を好きな事。
それが自分にはよく解らない事。


淡々と話してくれる紫鴛の横顔をはただ無言で見つめていた。

「紫鴛。ナタク太子と王って、どんな関係だったの?」
王はナタク様の姉君だったのです。」
「そうだったな。本来ならば年齢的、実力的にいっても王が闘神太子の任につくはずだった。だが、龍族の王が天界の闘神太子になる事を一族が許さなかった。」

の隣に舞い降りた青龍が言葉を繋いだ。

「だからナタク太子が闘神になったの?」
「ああ。」
「でも・・・ナタク太子って龍族じゃないんだろ。」
「ええ。ナタク様は・・・・・・神と妖怪の合成体だったのです。」
「ならは」

ナタクは神と妖怪の合成体。
は神と龍の合成体。
しかも龍王の末裔にあたる龍を天界関係者が何処からか拉致してきたのだという。
その黒幕は何を隠そうとナタクの生みの親である李塔天。
天界上層部の座を狙う為に仕組まれたシナリオ。
神は殺生が出来ない。
それを利用して、自分の身内に闘神を立てた・・・と。
まだまだ子供の彼に、大人は・・・大人たちは何を押し付けた?
大人のエゴで利用されたナタク。
したい事だって色々あっただろうに。
自分達の手は血で染めること無く、異端の存在のナタクとに殺生を押しつけて高みの見物。
なんて身勝手な!
先日自分達の前に現れた神たちを思い出した。
表向きは是非とも天界に招くといった形だろうが、ようはこの力が欲しいだけではないか。
現在の闘神太子である焔が下界へ降りているから、天界で殺生を出来る者が不在なんだろう。
そして龍王の復活。
誰しも目をつけるその力の強大さ。
自分達は安全な場所にいて・・・・・・。


「反吐が出るね。」
「ええ。天界は病んでいますからね。無殺生を謳っていますが、異端な存在にはそれが適応されないのですよ。」
「・・・ちょっと待って。じゃあ、焔は?」
「彼は神と人の間に出来た子供ですから。」


焔も異端の存在として幼少時代はずっと枷をはめられ、地下牢に閉じ込められていたという。
日の光りも入らない、ただ人工的な明かりしかないそんな場所で、彼は一体何を考えていたのだろうか。
神には寿命がない。
だが、異端の存在である神は違う。
いつかは来る寿命。
天帝は焔が地下牢に幽閉されている間にそれが来ないかと待ちわびていたのだという。
人の命を一体何だと思ってるんだ。
仮にも天界の帝。
神の頂点に立つ人物の考えることだとは到底思えない。


「僕、神様って嫌いかも。」
「そう思われて当然でしょうね。」

ふと曇った表情に、そういえば紫鴛も神なんだという事実を思い出した。

「あ。紫鴛は好きだよ。もちろん焔や是音も。」
「ありがとう御座います。」
「そういえば・・・観世音菩薩も別だな。」

が懐かしむように目を細めた。
紫鴛も苦笑し、「確かに」と呟いた。
彼女は今も昔も変わらない。
その態度も考え方も、何もかもが公平で、それでいて一歩下がって物事の全てを見通している。
だからだろうか。
こうして今、と金蝉たちが再び出会い、また我々もと出会える事ができたのは、
何もかも500年前から仕組まれた事のような気がするのは。
あの時も天界で唯一事の始まりを予測していたのは観世音菩薩ただ一人だった。
あまり人の手の上で踊らされるのは気が進みませんが、それでもこのことに関してはお礼を言ってもいいのかもしれませんね。

「ねえ、紫鴛。」
「なんでしょう。」
「あのさ・・・。よく解らないけど、きっとナタク太子もも――」



――この平和が好きだったんじゃないかな。
あるがままのこの自然の中
何者にも囚われず、生きている動物や・・・自然。
そして、懸命に今を生きている人間達が・・・。
自由に羽ばたいている彼らが・・・。
ここに来る事で自分達も、少しの間その中の一員になれる気がするから。
荒んだ自分達の心を綺麗に洗い流してくれそうだから。
だからこの場所が好きだったんじゃないかな――






青龍と共に山を降りていくの後姿を見送りながら、紫鴛は目元を緩めた。

「見つかったのか?」

予兆もなく背後に現れた焔と是音。

「本当に無粋ですね、貴方は。」
「そうか。これでも心配してるんだぜ。」

隠しているつもりでも、やはり何もかもお見通しと言うわけですか。
気付かれないように肩を竦めながら、紫鴛はの後姿を愛しそうに見つめている焔に視線を投げた。

「どうされるんですか。」
「・・・決まっている。俺は俺の進むべき道を行く。はいつか手に入れてみせるさ。」

不敵に笑う焔に紫鴛が無言で頷いた。


それが今でないことは確かですね。
自由を求めて下界に下りた。
禁忌だ、異端だ、と何の枷も嵌められない新しい世界を創る。
そんな焔に付き従ったのは私自身。
それでも今日は一つの答えにようやく辿り着いた気がします。
今も昔も何ら変わらない様。
ただ一つ心残りといえば、転生すら出来ずに天界で死んだように眠りについていらっしゃるナタク様のこと。
ナタク様もいつかは様と同じようにこの世界に生を受けることが出来るのでしょうか。
焔の新世界創造の暁には、ナタク様も自由になることができるのでしょうか。
昔のように――




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後書き

アニメ幻想魔伝最遊記の中の第42話「忘れえぬ風景」を参考にしています。
それぞれの想いに関しては個人的な解釈です。