慌ただしく回廊を走る神々。
天帝の前に集い、報告を逐一入れている。
そんな中、一人の男が目元を細めた。
「くっくっく。戻ってきたのか、我が娘よ。」
――― Refusal ―――
常春の天上界。
蓮池を見下ろしながら、観世音菩薩はその綺麗な脚を組み直した。
とうとう天界が目を付けた。
その人物は、まぎれもなく龍王。
ジープの後部席で揺られながら、悟浄と悟空とトランプに興じている彼を見つめた。
『龍珠の守り人』としてのなら、天界の軍関係も、また李塔天ですら気に留めたくらいで事は済んでいた。
だが、つい先日の蛟魔王との戦いで龍王としての絶大なる力を見せ付けた。
下界からの計り知れない巨大な気に慌てふためいた天上界の神々。
そして天帝自身が龍王を迎えろとの命を下した。
「どうする、。」
問う瞳は、それでも鋭い光を宿していた。
「観世音菩薩様!大変です。遂に動きだしました!!」
二郎神が顔色を変えて部屋へと駆け込んできた。
「慌てるんじゃねえよ。」
「ですが・・・」
「決めるのはあいつ自身さ。まぁ、答えは決まり切ってるだろうがな。」
なあ、。金蝉。
手放すんじゃないぞ。
その為に巡り合ったんだろ、おまえ達は。
「やばくなったら、俺様が出向いてやるよ。」
「か、観世音菩薩様。さすがに・・・それは」
「ふん。知ったことか。」
俺様が出るより先に、出てくる奴らもいるだろうがな。
荒野を走る一台のジープ。
その上で騒ぐのは、相変わらずの二人。
「あっ、ちょいタンマ!悟浄、今カードすり替えただろッ!!」
「なんだ〜ッ、とうとう視力も悪くなったんじゃねーのー?」
タバコをくわえた悟浄がニヤッと笑った。
それに過剰なまでの反応を示す悟空。
「じゃあ、今捨てたカード見せてみろよッ。」
「けッ、ヤダね。」
「このエロ河童!!!」
「んだと〜、チビ猿!」
そんな二人の言い合いの中央にいるは頭を抱えた。
だから、やめろって・・・。
心の中で叫ぶのも、声に出して叫ぶのも結果は同じだと分かっているので、あえて何も言わず体を小さくして縮こまった。
それを見透かしてか、助手席の三蔵がおもむろに立ち上がった。
「降りてやれ、降りて!!」
ガウン!
ガウン!
「「待て!当たるッ!!その距離はマズイだろッ。」」
「るせぇ!ちったぁ静かにしやがれっ!!!」
「今日もまた平和ですね。」
ギアを入れながら、八戒がにこやかに締め括る。
・・・いや、どこがだよ!
「!」
突然、ジープの上空を飛んでいた青龍が声をあげた。
「チッ、敵か。」
「げぇ〜っっ。俺腹減ってるのに〜っ。」
「こんのバカ猿!さっき食ったばっかだろ。」
また始まった悟浄と悟空を放っておき、はその腕に青龍を招き降ろした。
の耳元で青龍が小さく囁いた。
それを聞いての眉が寄る。
「妖怪じゃないのか。」
「「「「はい?」」」」
の呟きに全員が声を裏返す。
訝しみながら八戒がジープを止めると、それを見透かしたように前方に総勢二十名の男たちが現われた。
全員が同じ黒いロング丈のコートを着用し、額には深紅のチャクラ。
「神がなんの用だ。」
三蔵が眉間の皺を深くして問う。
焔の手先かもしれないと、八戒、悟浄、そして悟空が身構える。
そんな中、メガネをかけて銀白色の髪を肩までおろしている神が一歩前に出た。
「龍王様と玄奘三蔵一行で間違いないでしょうか。」
「そういう貴方がたは誰なんです?」
いつの間にかジープを降りていた三蔵の隣に八戒がすっと出た。
それに続くように悟空と悟浄もひらりと飛び降りる。
はジープの後部席で、青龍を腕に乗せたまま事の次第を見ていた。
「我々は天上界、天帝の命を受けた、東方軍大将春瑛。」
「・・・天帝の使いだと?」
「どういった用件でしょうか。」
「そうそ。俺たち別に天帝だか何だかって知り合いなんていねーし?」
悟浄の言葉に敏感に反応し、攻撃態勢に入ろうとする部下を片手で制し、春瑛は視線をへと移した。
それに気付いた三蔵は、チッと苛立ち紛れに舌打ちした。
「コイツは渡せねえ。」
以前、観世音菩薩が言っていた事を思い出した。
の力、龍王の力を天界軍も見逃さないだろう・・・と。
「いいえ。是非、来て頂きます。」
「僕・・・行かないよ。」
それまで黙っていたがジープから降り立った。
先日街で購入した蒼のチャイナの裾がひらりと宙に舞う。
同じ白がなくて、白はジーンズに、蒼のロングチャイナで腰より下は以前のモノと同じで四身頃に別れている。
「龍王様。お越し下さいますか。」
「行かないよ。」
いつもの穏やかな優しい口調とは違い、冷淡な態度に三蔵は方眉を釣り上げた。
一方の春瑛は、怯む事無くを見据えた。
「ふん。こっちが下手に出ていれば・・・。天帝の命令だ、逆らうことは許さない。」
メガネの奥の瞳が冷たく光った。
は一歩、また一歩、ゆっくりと三蔵たちより前に進み出た。
遮るものなどなにもない状態で、春瑛を睨み付ける。
「イヤだ・・・と言ったら?」
「お前ごときに拒否権はない。」
そう言い切った春瑛と、の間に青龍がバッと舞い降りた。
刹那、蒼い碧い光が辺りを包み込む。
「うわっ!すっげ〜ッ!!」
最初に声をあげたのは悟空だった。
それにつられ、その場の誰もが閉じていた目を開き、息を呑んだ。
「なんだってんだ・・・・・・。」
「まさしく龍・・・ですね。」
「・・・。」
悟浄と八戒とは違い、無言で見つめる三蔵。
当然といえば当然の反応。
目の前には神話に出てくる程の巨大な龍がいて、その手の上にが立っているのだから。
春瑛がメガネを指で押し上げ、を見上げた。
「ようやく行く気になったのか。」
「行かないよ。」
「拒否権はないと言ったはずだ。」
巨大な龍の存在に騒つく部下を睨み付けて黙らせ、春瑛は一段と声を荒げた。
「フン。貴様ごときが我が王を連れていくなど笑止よな。」
低い低い声が響いた。
誰から発せられたのか瞬時に解らなかったが、それが青龍のものだと理解するのにそう時間はかからなかった。
呆然とする天界軍とは反し、平然と事を進める。
一瞬にして顔色が変わり、言葉のつまる春瑛。
畳み掛けるようにが言葉を続けた。
「悪いけど、僕、貴方に命令される覚えないし。」
「くっ・・・。」
「天帝にも言っといてよ。まがりなりにも天界の帝だろ?僕だって、龍族の王だからさ。」
「我等が主に命令を下す者など存在しない。今すぐ立ち去れ!」
青龍が低く唸ると、彼らはそそくさとその場から消えた。
春瑛が消える間際、に視線を向けてきたが、はそれをあえて見流し薄く笑みを零した。
「くくくっ。やってくれるぜ。なぁ、二郎神。」
蓮池から事の次第を一部始終看ていた観世音菩薩はお腹を抱えて笑いだした。
「観世音菩薩・・・ちと、笑いすぎですぞ。」
「ああん?こんな面白い事、他にあるかって!?あの高慢チキな春瑛の苦虫を噛み潰した顔。見たか?くッ、あははは。」
そんな観世音菩薩とは正反対に、深々と溜息を吐いた二郎神は懐から取り出した胃薬を飲み込んだ。
まだまだ気苦労が耐えないようだ・・・。
一方、地上では―――
「さすがだな、。」
天界に動きがあった為、少し警戒していれば、奴らの目的は焔たちではなくだった。
自分の事以上に心配で、焔たちはが見下ろせる丘の上に降り立っていた。
天界軍が力づくでという事ならば、こちらもに手を貸すつもりだったが・・・。
「ご無事で何よりです。」
「まっ、心配には及ばねえな。なんせ、青龍が付いてんだぜ?」
「ええ。」
青龍の手の上で立つの、燐とした姿が五百年前と少しも変わっていなくて。
間違った事や、理に合わない事を嫌い、真っすぐに生きてきた。
その生まれ変わりであるを、紫鴛はただ黙って見つめていた。
「今日は引くぞ。」
「焔。・・・いいのですか?」
「ああ。次はゆっくりと会いに行く。」
行くぞ、と羽織を翻し空間に消える焔。
その後に是音が続き、紫鴛も一足遅れて空間に消えた。
誰もいなくなった丘の上を、一陣の風が駈けていった。
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後書き