洞窟に入って数十歩ほど進んだところで、悟空がピクッと反応した。

「・・・なぁ、血のニオイがする。」
「なにっ!?」
「どっちですか、悟空。急ぎましょう。」

悟空の道案内で三人は走りだした。
悟空が感じた血のニオイが敵の妖怪であってほしいと願いながら・・・。





――― revival ――― act.8





悟浄の錫杖が20匹目の妖怪を切り倒した。

「くそっ!やっぱり簡単にはいかねえってかッ。」
「そのようですね。早いとこ片付けてしまいましょうねっと!!」

にこやかに笑みを浮かべながらも、八戒は肘で背後から襲い掛かってきた妖怪を沈めた。
錫杖が宙を舞い、悟空の如意棒が空気を切る。
そして八戒の気功が残りの妖怪を消し去った。

「あ―ッ、腹減った〜!」
「またそれかよ。ったく、急ぐぞ!」
「だいぶ近いようですよ。行きましょう。」


音が聞こえてくる。
それも、洞窟内に似付かわしくない、激しく大きな音が。
何も言わず、ただ夢中でその音がする方へ走っていく。
いつのまにか足元には細い水路があり、静かに水が流れていた。
その水は崩れた壁の向こうから流れてきていた。
そして悟空が最初に壁の向こうに消えた。
それに続く悟浄と八戒。
目を見張るような大きな地下湖がそこにあった。
その上空を青龍が孤を描くように飛んでいる。

「三蔵!!」

そんな中、地面に座り込んでいる三蔵のもとに悟空が駆け寄った。
だが、そんな悟空の声が聞こえないのか三蔵は項垂れたままぼんやりと地面を見ていた。
そのことに眉を寄せながら、八戒が気になっていることを口にした。

「三蔵、はどこです?」

八戒の言葉に微かに反応した三蔵だったが、それ以上の反応はなかった。
いつもの射抜くような鋭い紫の瞳も、焦点があっていないようで、光がなかった。
その上、輝く金糸の髪からも、法衣からも僅かだが水が滴っている。
悟浄もそんな三蔵の目の前で手をひらひらとさせていた。

「お〜い、三蔵?・・・って、聞こえてんのか?!」
「三蔵ッ!!なぁ、どうしたんだよっ!」

心配そうに覗き込んでいる二人を押し退けた八戒が三蔵の前に立った。


パシーンッ!


乾いた音が一つ落ちた。

「・・・ってめえ、八戒!」
「やっと気付きましたか。三蔵、はどこですか。」

八戒に平手打ちをくらった頬が、虚ろな三蔵を現実に繋ぎ止めた。
静かに切れている八戒を、悟浄たちは一歩後ろから見守っている。

「どこですか!言って下さい。」
「・・・そこだ。」

力の無い声音で答えた三蔵が顎で地下湖をさした。
八戒が地下湖とその上空を飛んでいる青龍を交互に見て、息を飲んだ。
騒つく水面。よく見ると薄紅い液体がそこに漂っている。

「まさか!!水中ってことですか!?」
「ああ。・・・俺は・・・」
「まぁだ終わったわけじゃねえっしょ、三蔵サマ?」

ウインクしてから悟浄は錫杖を片手に、ヒヨイッとばかりに水中へその身を投じた。

「待てよ、悟浄!俺も行くって!!」

如意棒を手に、悟空も水中へ飛び込んだ。
そんな二人を八戒は苦笑しながら見送り、再び三蔵へと向き直った。

「何があったんです。手短に話してください。」
「・・・妖怪野郎に昇霊銃が効かねえ。アイツが・・・俺を突き飛ばして」



そうだ。
が俺を突き飛ばして、俺の代わりに蛟魔王のシッポに締めあげられて水中へ引きずり込まれたんだ・・・。
また守られた・・・。
師匠の背中がとかぶる。
俺は・・・あの時、強くなると誓った・・・・・・なのに・・・。



「三蔵ッ!しっかりして下さい。まだが死んだと決まったわけではないでしょう!」
「・・・」
「三蔵!!」

八戒が一段と声を荒げた時、湖から蛟魔王がその姿を現わした。
激しい水柱があがり、辺りに水飛沫が飛び散る。
そのシッポに締めあげられているを助けようと、悟浄と悟空がくらいついていた。
蛟魔王の巨大さもさることながら、の体から流れている血の量に八戒は己の目を疑った。
幾筋となく切り裂かれた傷から流れ出る血が、の白いチャイナを紅く染め上げている。
蒼いズボンも至る所が切り裂かれ、そこからも白い肌が裂けおびただしいまでの血と傷が見て取れる。
あまりの残虐さに、八戒は無意識に手を耳のカフスにあてていた。


「天篷!冷静になれ。」

青龍の言葉に、八戒はカフスに触れていた指を離した。
先程までの冷たい怒りは幾分か治まり、無くしていた冷静さを取り戻していた。
それを確認した青龍は再び蛟魔王に向けて攻撃を始めた。

「くっそーッ!コイツ、メッチャかてぇーッ!!」
「たく、いい加減にくたばれっての!」

水浸しになりながらも二人は攻撃の手を緩めようとはしなかった。
だが、蛟魔王も攻撃されてばかりではない。
その長く鋭い爪を悟空と悟浄に向け、青龍には口から吐く刄を投げ付けていた。
は項垂れたまま、ピクリとも動かない。
一刻を争うことは見ていて明らかだ。
一度深く深呼吸した八戒が、攻撃する二人と青龍に言葉を投げた。

「二人とも、一点集中です。を締めあげているシッポの辺りを狙って下さい。青龍も、いいですか。」
「「おうっ!」」
「ああ。」
「いきますよッ!」

八戒の声に合わせて、それぞれがシッポの付け根に攻撃を放った。
その攻撃で、ようやく蛟魔王の体に僅かだが傷を付けることが出来た。
赤黒い体液が吹き出し、蛟魔王が叫び声をあげる。
さすがに千切れる事はなかったものの、を締め付けていた力が緩み、ズルッという音とともにその体が水の中に落ちていった。


突然、三蔵が動いた。


水飛沫があがるのを苦笑して見つめる八戒。
そして次の瞬間には、三蔵が意識のないを抱えて水面から顔を出した。
八戒が手をかしてを引き上げ、湖から少し離れたところに寝かせた。

「・・・どうだ、八戒。」

後からあがってきた三蔵が問い掛ける。

「まだ、なんとも・・・。」


息はしていない。
水をかなり飲んだんでしょうね。
必ず助けますから。


八戒が人工呼吸をしようとした時、三蔵がそれを押し退けた。

「さ、三蔵!?」
「俺が・・・俺がやる。」

気道を確保してから、三蔵の唇がへかぶさった。





戻ってこい!
おまえは・・・俺を置いていくのか!
守るものなんざいらねぇ、そう思ってた。
だけどな、おまえは・・・おまえだけは俺が守りたいと思った。
なのに・・・この様かよ!
俺は、もう二度と大切なヤツを失うのはゴメンなんだよッ!!

ッ!





何度目かの人工呼吸で、の肩が微かに反応した。

「三蔵!横に向けて下さい。」

すかさず三蔵がの体を横向けにすると、口から大量の水が吹き出した。

「ゲボッ、ゴホッ・・・、ゴホッ・・・グッ。」

激しく咳き込みながら、身体をくの字に折り曲げる。
苦しそうなの背を擦りながら、三蔵が八戒を見た。

「解ってますよ。」

八戒はの元へ跪き、酷い傷を気功で塞いでいった。
ある程度治癒したところで、ようやくが声を出した。

「も・・・大丈夫。ありがと、八戒。」
、お願いですから・・・」
「誰が庇えと言った。このバカ!!」
「・・・バカだよ、僕。でも三蔵置いていかないから。」


だから、安心して?


弱々しい笑みを向けながら、は立ち上がった。
その蒼い瞳で見据えるのは、まだ悟空と悟浄、青龍が攻撃を放っている蛟魔王だった。







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