全ては一本の国際電話から始まった。
今にして思えば、あの時何故、YESと答えてしまったのか
日本に帰国してしまったのか・・・。
伯母である観世音の人柄ぐらい心得ていたつもりだったのに。
誰も・・・近づかないで。
私の生活を壊さないでよ!
††††† lost it †††††
「帰って・・・きた。」
自分の瞳の色と同じ蒼いスーツケースを持って、久しぶりの日本の地に降り立った。
フォーマルな、それでいて気品のある黒いスーツを着こなしたは、晴れ渡る空を仰ぎ見た。
蒼い、青い空に飛行機雲がスーッと一本の線を作っていた。
アメリカとは違った風が頬を撫で、通り過ぎていく。
長い黒曜石の髪を、それ以上弄ばれない様に指ですくい耳にかけた。
六年ぶりに降り立った日本は、変わること無く昔のままで、はフッとその瞳を伏せた。
この空港はいい思い出と嫌な思い出が重なっている。
自分の両親が健在だった頃、ここからアメリカへ旅立った。
仕事のために。
そして、が十歳の時に両親は車の事故で亡くなった。
葬儀の為に一度帰国したときに降り立ったのも、この空港で・・・。
三人だったのが、たった一人になったと実感した。
日本にいて、伯父や伯母の世話になってもよかったんだけど、はそれをしなかった。
両親の死を受け入れる事が辛かったから。
だから忙しい日々に追われて、現実から逃げたかったんだ。
頼るものなどいない。
信じるのは己のみ。
そう言い聞かせて、走ってきた。
空港からタクシーで、一度自宅へ帰り荷物を置いた。
息付く暇も無く、車庫からシルバーメタリックのフェラーリを出し、郊外の墓地へと向かった。
の両親の眠る墓だ。
六年ぶりのお墓参り。
冷たい人間だと思われるかも知れないけど、でも、それ以上にしなければならない事があったから。
桜の花弁が春風に吹かれてチラホラと舞う中、は持ってきた花を供えた。
「父さん、母さん、お久しぶりです。長い間、帰って来れなくてごめんなさい。
もう、受け入れれたから。一人でも大丈夫よ。心配しないで。」
静かに手を合わせ、報告を済ませたはスッと立ち上がった。
そしてバックの中からケータイを取り出し、そもそもに帰国をさせるように仕向けた張本人へと連絡を付けた。
私立斜陽殿高校の理事長室で、そこの理事長である観世音菩薩は、口角を上げたままケータイを切った。
ソファーに座ってお茶を飲んでいた光明校長が、その様子に何かを察して微笑み返した。
「帰ってきたんですね。」
「ああ。両親の墓参りも済んだんで、今から来るそうだ。」
「そうですか。久しぶりですねぇ。」
「まったくだ。まぁ、これからは毎日のように会えるんだぜ?」
ククッと笑みを漏らす菩薩。
そう、事の発端はこの菩薩からの国際電話だった。
コンツェルンのアメリカでの事業が一段落付いたという噂を聞きつけた菩薩は、迷うこと無くに連絡を取った。
やはりそれは本当で、また新規の企画を立ち上げようとしていたに、「一度帰国しろ」と半ば強引に事を推し進めた。
両親の墓参りもしていないだろう。
それに、日本のグループの方にも一度くらい顔を出しておかないとダメだろう?
と言いくるめて。
諦めたような、それでいて、納得したような口調では帰ると言った。
が、菩薩の本来の目的はそこではないのだ。
両親が―――自分達の弟の一樹とその妻の霞が亡くなってから、は一度も笑わなくなった。
それどかろか、忙しい毎日を送る事で、そこから逃げているような・・・・・・。
そして、は十四歳の時に、飛び級でハーバード大学を卒業していた。
誰にも頼らなく、自分一人の力で。
実力社会のアメリカで、まだ十六歳のが社長をしている。
子供だから、女だから、とバカにされないように努力している自分達の姪に、菩薩も光明も心を痛めていた。
まだまだ、自分達から見れば子供なのに、今の状況は酷である。
そう思ったからこそ、呼び戻したのだ。
もう一度、笑ってほしいから。
ただ、ただ、それだけの願いで―――――。
「ああ、そう言えば。」
ズズッと、また日本茶を啜る光明が口を開いた。
「何だ?」
「いえ・・・。よくさんが納得したな、と思いましてね。」
「納得も何も、言ってねぇもん。」
楽しそうにニヤッと口角を上げる菩薩に、光明が苦笑した。
「やっぱり、ですか。」
「分かってんなら、聞くなよ。」
「早く会いたいですねぇ。」
話しがかみ合っていないことなど、全く気にせず、光明は再びお茶を啜った。
菩薩は、視線を光明から窓の外の晴れ渡る空に向けた。
そこには、一色の白が晴れ渡る青いキャンバスに綺麗な一筋の線を描いていた。
NEXT
またまた、やってしまいました。
学園物。
ですが、今回は皆学生ですよ?たぶん。。。
ヒロインは、なかなかの学歴ですが。
怯むこと無く、お付き合い下さい。
学歴だけで、内容は普通のはず・・・です。