何故!?
必要ない。
じゃれあいはキライだ。
今更、私に何をさせる気?
何が望みなの?
「どうしても・・・ですか?」
「まあいいじゃねぇか。」
「よくないです!」
言ってみたところでその言葉が覆るはずも無く、は盛大な溜息を吐いた。
それを面白そうに見つめるのは観世音菩薩。
紅く引かれたルージュが不敵に笑みを作っている。
そんな菩薩に敵うはずも無く、は二つの条件を出して諦めた。
一つは、会社で何かあれば直ぐにそっちの仕事に取り掛かるという事。
もう一つは、その為に必要な車で通学する事。
††††† lost it ††††† act.3
桜の花がフワッと風に舞って窓から入ってきた。
四月十七日。
世間一般に入学式、始業式も終わり、皆新しい気持ちで一年をスタートする季節。
期待と希望の入り混じった気持ちが溢れる中、苛立ちと投げやりな気持ちで臨むのはただ一人だった。
「新しい企画、進めたかったな。」
小さくぼやきながら、担任であり従兄である金蝉の後ろをついて行く。
窓から入ってくる春風が優しくの髪を撫で吹き抜けていくが、どうしてもこのやり切れない想いは消えることが無かった。
不意に前を行く金蝉の足が止まった。
心ここにあらずだったは、いきなりの事で立ち止まるのが遅れ、金蝉の背中に軽くぶつかってしまった。
「!!何?急に止まらないでよ。」
「フン、悪いが教室がココなんでな。早く馴染めよ。」
「残念ね。ジャレあう気なんて更々ないから。」
「言ってろ。」
紫暗の瞳を軽く受け流して、見上げた蒼の瞳に教室のプレートが映った。
”2−A”
それが今日から自分が生活、否、勉強していくクラス。
日本の学校なんて、小学校の時以来だ。
最近はゆとり教育なんて言葉が飛び交っているけれど、そんなことをするより私を自由にしてよ。
同い年の連中なんて、所詮程度が知れている。
もう、卒業したのに。
お遊びはサッサとやめてもらおうじゃない。
の気持ちを知ってか知らずか、金蝉は悪戯に口角を上げ教室のドアを開けた。
―――新たな学園生活のスタートだ。
先に入った金蝉の声が廊下のにまで聞こえる。
このまま、何処かでサボろうか?
そんな思いが頭をかすめる。
が、間髪いれずに開かれたドア。
不敵に笑う金蝉に、それが無理なのだと暗に言われた気がした。
「新学期始まって直ぐだが、転校生だ。」
ザワザワと煩くなる教室内。
煩っとばかりに顔を歪ませると、金蝉の怒鳴り声と共に響き渡る何かをぶつけた音。
瞬時に静まり返る生徒たち。
開け放たれたドアから見ると、出席簿を黒板に叩きつけていたであろう金蝉の姿が目に入った。
揺れる金色の髪の間に一筋の蒼を見つけた。
これは先が思いやられそうだわ。
まったく、菩薩といい光明伯父といい、その息子の金蝉といい。
ホント、いい勝負よね。
どうしてそんなに構いたがるの?
そっとしておいて欲しいのに。
溜息を吐き出しては教室の中に足を踏み入れた。
自分に向けられる視線がウザい。
好奇心が目に見えて分かるそれは、ウザい以外の何物でもない。
「自己紹介しろ。」
「です。」
金蝉の言葉に、ただ淡々と名前のみを告げた。
「他に何か言うことは無いのか?」
「無い。」
睨みつけてくる紫暗の瞳をサラッと受け流し、冷ややかな目で睨み返した。
―――じゃれあいはキライだ。
「ったく。こんなヤツだが、仲良くしてやってくれ。席は三蔵の隣だ。」
そこでようやく、もう一人の存在を思い出した。
光明伯父様の養子。
金蝉の弟である三蔵。自分と同い年の従兄。
何も同じクラスにしなくてもいいんじゃない?
ホントに手回しがいいっていうか。
菩薩の悪巧みには、何も言い返せそうにない。
けど、本当に早々とこんなお遊びから辞退させてもらうから。
金蝉に指された方に視線を向けると、今まで伏せっていたのか全く見えなかった金糸の髪が一番後ろの席に見えた。
ガタッと立ち上がって、こちらを睨んでくる。
はその視線を真っ向から受け止め、机の間を通り抜けて三蔵の隣の窓側の席に座った。
「おい、。テメェ、いつ帰ってきた。」
「答える必要はない。」
「チッ。」
舌打ちが聞こえたが、それ以上視線を合わせること無く窓の外へと視線を向けた。
教壇に居る金蝉も、そんなの仕草に溜息を吐きながらもHRを始めた。
金蝉の話も聞くこと無く、隣の三蔵の視線もあえて気付かない振りをして窓からの風と空に意識を預けた。
退屈な時間だけが刻一刻と過ぎていく。
慌しい時間ではなく、間延びしたような時間。
こんな無駄な時間はいらない。
どんなに素っ気無くしても若者の好奇心は集まるワケで、昼休みになったとたんの机の周りに人ごみが出来た。
転校生に対しての一通りの質問が飛び交う。
「ウザッ。」
小さく毒づきながらも、さてどうしたものかと考えていると、横から一際大きな音が響いた。
スッパ―――ン!!!
「テメェら、煩ぇってんだよ!!!」
三蔵の怒鳴り声で、クモの子を散らすように集まっていた生徒が散っていく。
視界が開けたところで、ハリセンを持って眉間に皺を刻んでいる不機嫌全開の三蔵が目に入った。
どんな理由にせよ、助けてくれたってことには変わりは無い。
はノートパソコンが入っている鞄を持ち、席を立った。
「とりあえず、お礼だけは言っておくわ。ありがとう。」
「フン、テメェを助けた覚えはねぇ。それより、もう一度聞くがいつ帰ってきた。」
「・・・・・・。昨日よ。どう、コレで満足?」
肩を竦めて答えたが、聞こえてきた声に視線をゆっくりと動かした。
「おい、三蔵!!メシ・・・・・・。」
「何固まってるんですか、悟浄。邪魔ですから退いてください。」
2−Aのドアの所で、立ち止まったまま動かなくなった悟浄を押しのけた八戒。
そして八戒も、三蔵の前に立っている女性に見惚れて動けなくなった。
絡まる蒼の瞳と紅と翡翠の瞳。
先に視線を逸らしたのは、もちろんの方だった。
二人が動けないでいるうちに、は彼らの隣を通りぬけて教室から立ち去っていた。
NEXT
後書き