・・・くだらない。

興味本位で近づかないで。

私の中に入ってこないで。










††††† lost it ††††† act.5










廊下を歩いてくる女性に、焔の足が止まった。
腰元までの漆黒の髪を揺らしながら、誰も近づけないような雰囲気を纏い歩いてくる彼女を・・・・・・知っている。
冷淡なまでの蒼い瞳。
漆黒の髪が、鋭い刃のようだった。
けれども、焔の記憶の中にあるのはそんな彼女ではなかった。
春の陽だまりのような、空の色の瞳。
艶やかな漆黒の髪は、夜空のようで。
温かい微笑みえをいつも浮かべていた彼女。



まさか・・・。
いや、はアメリカに居るはずだ。



そう思ってみても、自分の方に歩いてくる彼女は、纏っている雰囲気こそ違えどやはり。

「・・・・・・なのか。」

焔の正面まで来ていたは、その言葉に足を止めた。
蒼い瞳が冷たく焔の姿を映している。

「焔。お久しぶりね。」
「本当になのか。」
「ええ。菩薩に何も聞いていないのね。まあ、その方がいいけど。」
「・・・驚いたよ。いつこっちに帰ってきたんだ?」


聞きたいことは山のようにあった。
だが、聞くことを許さないような。
係わりを拒絶するかのような、そんな視線に焔の口は閉ざされた。
知っているとは全く異なる。
口調も昔と違ってどこか冷たい。
あの頃よく見せていた、花が咲いたような笑顔が欠片も見当たらない。
笑顔を何処かに忘れてきたかのような、そんなの変化に戸惑いを隠せなかった。


「じゃあね。移動だから。」


――これ以上、私に係わらないで。


そう言っているように聞こえた。

、無理はするなよ。」

焔の声が聞こえたのか、聞こえなかったのかは解らない。
既には歩き出していたのだから。
そんなの後姿を見送りながら、焔は小さな呟きを落とした。





もう一度、あの頃のように笑ってくれないか。
おまえの笑顔に、俺は何度も救われたんだ。
・・・。




















昼休み。
屋上に向かっていたの後ろを数人の男子生徒が付いてきた。
それにチラッと視線だけを投げ付け、何事もないように屋上のドアを開けた。
後から彼らもやってきた。
このままでは仕事が出来ない。

「めんどくさいな。」

溜め息を吐いて、持っていたノートパソコンを下に置いて彼らに向き合った。
先程見た時とは数人減っているようだが、それでもまだ五人も残っていた。

「何か用?」
「お近付きになりたくてさっ。」

そう言った、一人の男が一歩前へ出てくる。

「仲良くしようぜ。」

いやらしい笑みを浮かべた男共。
何処の世界でもいるのね、こんな奴ら。

「貴方たちみたいな下衆野郎、こっちが願い下げよ。」
「なっ・・・。何だと!?」

そこで怒るって事は、自分達が下衆野郎だって認めてるのよ?バカな奴ら。

怒りながらも、ジリジリと距離を縮めてくる。
多勢に・・・というヤツなのだろう。

自分一人じゃ何も出来ないくせに。

「ホント、バカよね。」

ブレザーの胸元に手を入れる。
その手に触れるものは、命の分身。
己を護るモノ。
冷たい感覚を手に感じながら、は黒光りする愛銃S&Wを取り出した。
治安の悪い向うで習得したものの一つ。
それを構え、平然と彼らに狙いを定める。
もちろん殺すつもりは更々ない。

こんな奴らに、自分の手を汚されるのは反吐が出る。

「・・・怯むな。どうせモデルガンだ。」
「あら、試してみる?」


ガウン!

ガウン!

ガウン!


「・・・。」
「ヒッ!!!!!」

銃声に驚いた奴らが腰を抜かし、その場にへたりこんだ。
間抜けな奴らを一瞥する。

くだらない。
でも、誰よ。

自分は撃っていない。
が、聞こえてきた銃声はS&Wそのもの。
蒼い瞳を硝煙の方へ向けると、金糸の髪が映った。
見るからに不機嫌全開の三蔵。

「人の女に手ぇ出すんじゃねぇ!とっとと失せやがれ!!」


ガウン!


もう一度鳴る銃声に、彼らはあたふたと駆け出して行った。


ドカ・・・ドドド・・・


何かが、否、人が落ちる音が聞こえてきたのは気のせいではないだろう。
音が止んでから、屋上に八戒と悟浄、そして悟空が現われたのだから。

「大丈夫でしたか?さん。」
「怪我ないか?」
「ったくよ〜、俺ですらまだ口説いてねぇってのによ。」

心配そうな三色の瞳。

偽善ぶるのはやめて!
助けてなんて言ってない。
本当に・・・もう近付かないで。
私の中に入って来ないで!


「助けてくれたみたいだから、『ありがとう』とだけは言っておくけど。私、三蔵の彼女になった覚えはない。」
「フン。昔の事も覚えてねぇのか。」


・・・。
ああ、確かに。まだ両親が生きていて、毎日が幸せだったあの頃。
そんなたわいもない事を言ったような気がする。


「子供の戯言よ。それに、確か焔にも言ったわよ。」
「んだと!?」
「これ以上私に係わらないで。」

持っていた銃をしまい、三蔵たちに背を向けた。
チッという舌打ちが聞こえたが、それ以上何も言ってくる事はなかった。
諦めてくれたのだろう。
空気が動き、三蔵たちはとは反対の方へ行ってしまった。





それでいい。

馴れ合いは嫌いだ。

仕事をしてる方が楽でいい。





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