私立斜陽殿高校の保健医の祢健一は一風変わった人物だった。

保健医なのに、それでいいのか?と疑いたくなる外見。

不精髭をはやし、ウサギ柄のスリッパを履き、ヨレヨレの白衣。

そして傍らには、いつもウサギのぬいぐるみがある。

本棚に置いてある本は、保健の専門書などではなく、

生物工学や人体構造の全て、遺伝子理論などどこか得体が知れない。

そんな彼のもとに、好き好んで来る生徒は少ない。






††††† lost it ††††† act.7








そして彼は今日もタバコを吸いながら、生物工学バイオテクノロジーの本を読んでいた。



ガラッ



ドアの開く音で、活字を追っていた瞳を上げた。

「おんや〜っ。玄奘君、珍しいねぇ。」
「フン、御託はいい。さっさと看やがれ!」

三蔵の言葉に、視線を下にずらした。
ココに好んで来る生徒は少ないにしろ、全校生徒の顔ぐらいは覚えている。
が、三蔵の腕に抱かれた彼女に見覚えはなかった。

「ああ、そう言えば。ウサギちゃんが転校して来たって言ってたけど、彼女?」

吸っていたタバコを灰皿に押しつけながら、ニヤッと口元を歪めた。

「るせぇ!とっとと看やがれ!!」

三蔵の紫暗の瞳が鋭く光る。
それに怯む事無く、肩を竦めてベットに視線を投げた。
何も言わずに従う三蔵。

「さてさて。」
「変なまねはすんなよ。」
「へぇ〜。玄奘君の彼女?」

くくっと笑みを向ければ、不機嫌全開で睨まれる。
射るような視線を受け流し、ベットに眠るウサギちゃんに向き直った。
閉じられているので瞳の色までは分からないが、
サラッと腰元まである漆黒の髪が彼女の意志の強さを示しているような気がした。

「ん〜、風邪かな?」
「いい加減な事ぬかすんじゃねぇ。」
「くくっ。やっぱ面白いね。そーねー、過労による体力の低下。そこに風邪のウィルスが入ったんだろーね。長引くよ。」
「・・・そうか。」
「起きるまで寝かせてあげるよ。」
「くだらんまねはするんじゃねぇぞ。」
「信用ないね〜。」

三蔵は一度祢を睨み付けて、保健室から出ていった。
ピシャッと音を立てて閉まったドア。
それと同時に、ベットで寝ていたが起き上がった。

「おんや〜。もうお目覚めですか?」

そう言った祢を、深い蒼が冷たく見据えた。
ナイフのような冷たく鋭い瞳。
冷めた雰囲気。
何もかもを拒絶しているような彼女に、祢は息を飲んだ。
そんな祢の事など気にも留めず、はベットから降りた。

「もうちょっとゆっくりしていけば?」
「必要ない。」

少し乱れた制服を直し、は一歩足を踏み出した。
次の瞬間、揺れる地面。
傾く身体。
血の気が引きそうになるのを、寸でのところで堪えたを抱きとめたのは祢だった。

「・・・離せ。」
「そ〜お?ウサギちゃん、あんまり無理しすぎはよくないよ。」
「関係ない。これ以上拘らないで。」
「つれないね〜。」

ニヤッと口角を上げながら、祢はを再びベットに沈めた。

「いちよ〜、保健医なんでね。取引しようじゃない。」

見上げる蒼を真正面から見据える祢は、懐からタバコを取り出し、それを銜えた。

「何が言いたいの?」
「ウサギちゃんの
。」
「あ〜。チャンの荷物を取ってくる代わりに、昼休みが終わるまでは休んでいく。」
「・・・そうね、今戻っても三蔵が煩いだけだし。乗ったわ。」

その言葉に、一度頷いた祢は銜えていたタバコに火をつけた。
そして口に含んだ煙をに向けて、ゆっくりと吐き出した。
それに顔を歪めながら抗議しようとしただが、自分の意思に反して声がでない。
それどころか、瞼がゆっくりと閉まっていく。
明らかに不自然な出来事に、薄らぐ意識の中で抵抗する。

「あれ〜。案外しぶといね。」
「・・・・・・な・・・・・に・・・・・・・・。」

ようやく振り絞った声は、擦れていて。
そのままは意識を失った。

「この紫煙を吸って、ここまでもったのはウサギちゃんが初めてだよ。まったく、面白いね。」

睡眠薬入りのタバコを灰皿に押し付けてから、視線をドアに投げ掛けた。

「どうぞ。」

言葉と同時に空くドア。
入ってきたのは―――――。




























〜♪

聞きなれた着信音に、沈んでいた意識が反応する。
ズキズキと痛む米神を押さえ、はそこから起き上がった。

絢爛豪華な部屋。
ふかふかのベット。
一目見て保健室ではない事が窺い知れる。


一体・・・何処なのよ。


そう思いながらも、はケータイを探し当て通話ボタンを押した。

?何かあったのか!?』

少し慌てた声。
心配している事が、言葉からもひしひしと伝わってくる。
ルーが名前で呼ぶときは、必ず心配している時。
痛みに顔を歪めながらも、その事に苦笑いをする。

『何度か連絡したが・・・。』
「そう。悪かったわね。」

話しながらはベットから降り、窓辺に歩み寄った。
そこから見渡す風景に見覚えがある。
遠い
遠い
昔の記憶
思い出したくない幸せの記憶。
そして、今の状況になった原因の人物にも察しがついた。

「・・・菩薩の仕業ってワケね。」
『何がだ?』
「こっちのこと。ルー、明日朝一で帰るわ。」
。無理してるだろ。』
「無理じゃない。ココにいる方が・・・変になる。」




もうこれ以上日本に居たくない。
殺してきた感情が、表に出てしまいそうで・・・。
怖い。

今の自分が壊れてしまいそうで・・・。
怖い。

馴れ合いも、戯れ合いも
キライだ。

私の過去は、もうないの。

綺麗な記憶は、綺麗まま閉じ込めたから。
心の奥底に・・・。

それを開ける権利なんて、誰にもない。

年相応の生活は苦しいだけよ、菩薩。
私には似合わない。

茶番には、もう充分付き合ったでしょ?
これ以上は御免よ。

だから、私が本来居るべき場所に帰らせてもらうわ。
私が私らしくいられる場所に。




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