「今日は必ず早く帰ってきてね。」
「ああ。行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
そう言った後、いつものキスをして三蔵を送り出した。
X'masの天使
仕事をしながら、三蔵はふと自分の唇に触れた。
今朝のとのキスを思い出す。
何故かいつもと少し違ったような気がした。
今日はクリスマスイブ。
寒いといえば寒い。
しかも最近のは気が付けば空を見上げていることが多くなった。
「何かあるのか?」と、聞いても、ただ「手が届きそうだな」と、笑って答えが返ってくる。
何とかは高いところが好き・・・っていう訳でもなさそうなそのクセ。
そのおかげで自分達が出会えたのだから、いいといえばいいのだが。
切なそうな表情が、どうしても三蔵の心引っ掛かりを残していた。
夜触れ合っている体温ですら、日を重ねるごとにだんだんと、本当にごく僅かだが冷たくなってきている。
の身体を気遣って、情事の後、意識を手放している時は三蔵がパジャマを羽織らせたりしている。
咳は出てねぇし、風邪じゃないだろう。
風邪だと、体温は逆に上がるもんだしな。
今日帰ったら、それとなく聞いてみるか。
そう結論づけて、三蔵は頭を仕事へと切り替えた。
三蔵を送り出した後、は急いで家事を済ませ、室内の飾り付けを始めた。
クリスマスツリーといっても、子供の背丈程しかないが、それを奥の部屋から出してきてオーナメントを飾っていく。
スター、スノーマン、サンタクロース、ベルにリボン。
そして、エンジェル。
なんとなく手にした天使が可愛くて、思わずそれも買っていたのだ。
「よし。ツリーはこんなもんかな。」
ツリーの下にからのプレゼントを置いた。
三蔵の紫との蒼が交ざり合った毛糸で編んだセーター。
それと、と同じ白いマフラーを綺麗にラッピングしたもの。
立ち上がった時、スーッと血が引いていくような寒さに襲われた。
倒れそうになる体をようやくのことでソファーへと沈めた。
息が乱れる。
目の前がチカチカとぼやけていく。
「だ・・・め。まだ・・・も・・・少し。」
お願い。
せめて今夜まで
生きたい。
ギュッと目蓋を閉じて、深呼吸を繰り返すと、なんとか寒気はおさまってきた。
倒れそうになる体を励まして、キッチンへ行き薬を飲んだ。
薬で体調が持ち直している間に、ケーキと料理を作る。
大急ぎで作ったわりには、見栄えあるものが出来上がった。
ホッと一息つくと共に、体の力が抜けていく。
胸がいつも以上に焼けた。
熱湯を飲んだような感覚に、込み上げてくるものが血だと分かる。
リビングの上でなんて、もどせない。
力の入らない体を引き摺るようにしてシンクへ辿り着いた。
シンクに顔を近付けると、我慢していたものが一気に口から溢れ出る。
これまでにない量の血。
かるくコーヒーカップ三杯は出ただろう。
身体が冷たい。
感覚がなくなる。
ガクガクと震えながら、手にしたケータイで三蔵ではなく八戒へ連絡した。
それから暫くして駆け付けたのは、白衣を着たままの八戒先生だった。
玄関の鍵を開けて、そねまま崩れゆく体を抱き抱えられる。
「!!しっかりして下さい!貴女、三蔵に連絡したんですか?」
「だ・・・め。まだ仕事・・・・・・。」
「そんなこと言って・・・。」
「先生。お願・・・い。夜・・・ま・・・で・・・生き・・・た・・・い」
翡翠の瞳が切なげに揺れた。
生かせるものなら、生かせてあげたい。
せっかく愛する者を見つけたんですから。
クリスマスイブの今夜が終わるまで。
せめてそれまで生きたい。
それがの願い。
「―――神様。」
人はこういう時に神に縋るのだろうか。
僕の手では、どうする事もできない。
できる事といえば、病院へ連れ帰って、少しでもその命を延ばす為の薬の投与ぐらいしかない。
それで持ち直すかどうか、保障はまったくない。
気休めでも何でも、可能性がなくても、僕は・・・。
を抱き抱えたまま、外で待機していた救急員を呼び入れた。
必要な処置をして、ストレッチャーに寝かせる。
そして急いで救急車へと乗り込んだ。
冷えている体温を温めるように毛布をかけ、口から酸素を送る。
神様・・・。
お願いです。
を、をまだ連れて行かないで下さい。
冷えきったの手を握り締め、遣る瀬なさに唇を噛み締める。
ふと、閉じられていたの目蓋が開いた。
視線の定まらない蒼い瞳に八戒が映っている。
「。大丈夫ですから。」
八戒が懸命に呼び掛けた。
それを理解したのかは定かではないが、はフッと薄く笑みを見せた後眠るように意識を手放した。
脈が安定している。
これならなんとか・・・保つかもしれない。
いいえ、保たせてみせます。
そして救急車は病院へと滑り込んだ。
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