二日降り続いた雪は、路肩に僅かに残っているだけ。
眩しいばかりの快晴の空。
その蒼が、彼女の瞳を思い出させた。
X'masの天使
は白い建物を下から見上げた。
晴れ渡る碧い蒼い空に映える真っ白い建物・・・と言えば聞こえはいいが。
それは病院だった。
昨日おとなしくしていたが、思ったほど熱は下がらず咳もよく出るようになっていた。
本当は来たくなかった。
でも行かなければ行かなかったで後が怖い。
なら、もう腹をくくるしかないと、覚悟を決めてやってきたのだ。
午前の診察が終了する。
その最後の患者がだった。
のカルテをじっと見つめるのは翡翠の瞳をした、物腰柔らかな医師の猪八戒。
若干23歳にして外科部長の座につく彼の腕は素晴らしいものだった。
県外、海外からでも彼に手術をしてもらう為にと、来院する患者も多数いる。
そんな八戒の悩みはただ一つ。
手にしたカルテの人物。
の事だった。
「・・・治せるものなら、治してあげたいんですけど。」
小さな呟きはナースにも聞こえたようで。
「八戒先生、さん入れていいですか?」
「ええ、お願いします。」
苦笑しながら、ナースを促した。
は不治の病にかかっている。
今の医学では治すことが不可能な病。
遺伝子レベルでの問題だった。
彼女の命は、後・・・もって二ヵ月。
早ければ一ヵ月あるかないかだろう。
そう思うと自分が情けなくなってくる。
どれだけの技術を持っていても、彼女の命を救うことが出来ない。
けれども、を助けてあげたい。
エゴかもしれない。
どうすることも出来ないもどかしさに、翡翠の瞳が曇っていく。
寿命が分かってからのは、はた目にも分かるくらい落ち込んでいて。
でもそれを隠そうと懸命に明るく振る舞っている姿が、逆に痛々しかった。
入院させてもよかったんですが、無理さえしなければ普段の生活に支障はありません。
それに少しでも好きな事が出来ていれば、あるいは僅かでも生きられる可能性も出てきます。
僅かな可能性でも、賭けてみたいんですよ。
ナースに呼ばれて入ってきたを見て、八戒の眉が微かに寄った。
が、あえてそれ以上表情を崩さずにナースを昼休憩に送り出し、改めてに向き直った。
「さん。」
「・・・八戒先生。私、元気だよ。」
「そうですか。それはよかったです。」
ニッコリと微笑んでを見ると、もうイスから立ち上がりかけていて。
「帰るんですか?」と、問い掛けると、肯定の頷きが返ってきた。
そんなの手を取り、イスへと再度促す。
「。自分で矛盾していると思いませんか?」
「あはは・・・。」
「何があったんですか?」
元気だと言うのは。
けれども明らかに熱がありそうな、紅みを帯びた顔。
それと少し擦れた声。
何も言わずに、ジッとの蒼い瞳を覗き込んだ。
本当は、今の時期、風邪を引くのが一番怖い。
こじらせてしまえば、治らないどころか・・・悪くて"死"がを待っているのだから。
暫らくして、ぽつりと言葉を落とした。
「一昨日ね・・・神様に会ったの。」
「はい?」
告げられた内容に唖然としてしまった自分が面白かったのか、はくすくすと笑いながら続きを話してくれた。
「で、風邪を引いたんですね。」
「・・・。」
「。今風邪をこじらせたら大変なんですよ。」
「解ってるけど。・・・でも、後悔はしてないよ。」
それは神様に会えたからでしょうね。
話に出てくる人物像は・・・おそらく自分の友人の玄奘三蔵だろうと当たりを付ける。
眩しい金糸の髪で、紫暗の瞳の男性なんて、そう滅多にいるもんじゃありませんしね。
「また逢いたいですか?」
「え?逢いたいけど、無理よ。」
「どうしてです。神様なんでしょ?」
「そうだけど。でも、名前も知らないし・・・。」
そう言ったは、寂しそうな表情をして顔を伏せた。
思わず名前を教えてしまいそうになった八戒は、それを堪えて一つ息を呑み込んだ。
もしかしたら、三蔵がの最期の支えになってくれるかもしれない。
三蔵にその気がなければそれまでなんですけど。
「逢えると信じてみるのもいいかもしれませんよ。」
「そうだね。コホ、コホッ。」
「?今から内科で薬を出してもらって下さいね。なんでしたら、点滴も打って帰りますか?」
注射嫌いのに、この一言はてきめんだった。
おとなしく薬を貰って帰ると約束して出ていった。
八戒は一度自分の部屋へ戻り、白衣を脱いでイスに深々と腰掛けた。
そしてデスクの上の電話を取り、押し慣れた番号を押した。
の為に自分が手助け出来る事は一つでも多くしてあげたい。
患者として出会う前なら、恋人にしていたでしょうね。
今でも恋心を抱いてしまうのは事実。
けれど、は八戒のことを主治医としか見ていない。
そして今日の三蔵のことで、八戒の恋心は親心へとかわっていた。
諦めたくないんですが、の最期が少しでも明るいものになるなら僕は喜んで身を引きますよ。
それに相手は三蔵ですし。
思いに耽っていた八戒の耳に不機嫌な声が飛び込んできた。
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