麗らかな午後の日差しを浴びて、はひとつ小さな欠伸を溢した。
思い返せば昨夜から色々な出来事が続けざまに起こっている。
不安な心が幾分収まったからか、ここにきて今までの疲れが出てきたようだ。
それに気付いた晴明が柔らかく目尻を下げた。
今朝、吉昌と露樹には遠縁の孫という形でを目通しした。
何があっても動じない吉昌も、一晩のうちにこのような幼子が晴明に預けられていたことにいささか眉をよせた。
が、相手は稀代の陰陽師。
予想を上回る出来事は今に始まった事ではない。
一つ息を呑んで、吉昌は納得した。
露樹は今まで授かったのが男児ばかりだったのもあり、素直にを迎え入れた。
そして色々と考慮した結果、にあてがわれた部屋は晴明の隣の部屋だった。
「少し眠ったらどうかの。」
晴明の言葉に、は過剰に反応した。
今のにとって眠るという行為が恐怖を伴う事だと誰が解るのか。
心が幾分か落ち着いたとはいえ、眠るという事は現実から遮断されるという事。
外界から閉ざされた結界の中で幾年も眠って過ごしていたのに。
その間に何があったのか、記憶すら持てずに。
無意識に零れた欠伸だが、体に、心に刻み込まれた淋しさ、恐怖はたった一晩で拭える事はなかった。
「天一、すまんが茵を」
晴明の言葉で、傍らに控えていた天一がふわりと立ち上がったのと、青龍が顕現したのはほぼ同時だった。
僅かに瞠目した晴明だったが、それを一瞬で隠し青龍に問うた。
「どうした、宵藍。」
「連れて行く。」
主語すら述べずに淡々と答えた青龍は、晴明の前を通り過ぎ、僅かに震えているを抱き上げた。
抱き上げられたは、しっかりと青龍の首に小さな手を回す。
「昌浩の時とはえらい違いじゃの。」
ほけほけと告げた晴明を一睨みした青龍だったが、を連れて何も言わずに部屋から出ていった。
「よろしかったのですか?」
「仕方あるまいて。それよりも…太裳も来るとはの。」
十二神将の一人で、天空と共に異界に留まっている太裳。
滅多な事がない限り、こちらに降りてくる事はない。
顕現した太裳は穏やかな物腰で晴明の前に座った。
「異界で何かあったのか。」
「いいえ。青龍は相変わらず何も言わなかったのでしょう。」
あれの無愛想ぶりは今に始まった事ではないが、太裳の言動に何か含まれている事を感じとった晴明は先を促した。
太裳の紫苑の双眸がよりいっそう優しく細まり、告げられた内容は………。
「様は」
安倍邸の庭の一際高い木の上に青龍はいた。
勿論、も一緒にだ。
一番太い枝に腰を下ろし、膝の上にを座らせると、小さな手が伸びてきて青龍の頬に触れた。
大きな手のひらでそっと包み込み、あどけない蒼い瞳を覗き込むと何故だか心が静まる。
「俺がいる。」
ここに晴明がいたら、腰を抜かすだろう言葉と表情をした青龍。
だが、そんな青龍の言葉にもは首を縦に振らなかった。
みるみるうちに蒼い瞳に涙が溜まっていく。
その訳も青龍は知っている。
だが、人は眠らなければならない。
例え天孤の血を引いていてもだ。
「眠れ。」
「いや。ねたらまたみんないなくなっちゃう。またひとりになっちゃう。」
「お前が起きるまで傍にいる。」
そう言ったところでが納得するわけもなく、瞳に溜まっていた涙が途切れる事なく流れ落ちてった。
泣かせたくはない。
ただ、眠ってほしいだけ。
けれども、青龍の思いとは裏腹に、はしゃくりあげながら泣き続けた。
ここまで泣かれたら、青龍とてどうしていいか解らない。
完全なお手上げだ。
やるせない溜息を溢した時、神将の気を感じて下を見た。
青龍の視線の先に顕現したのは太裳だった。
「お困りのようですね。代わりましょうか?」
「いらん。」
「でしたら、一言だけ。そういう場合は、一定の間合いで背中を優しく叩いてあげると落ち着くのですよ。」
本当に一言だけ忠告してから太裳は隠形してしまった。
太裳の言葉だから、やけに信憑性があった。
考えるよりも先に青龍は実行に移した。
腕の中で泣き続けるが少しでも落ち着いてくれるならと、青龍は言われた通り一定の間合いで背中を優しく叩く。
ものの数分そうしていただけなのに、いつの間にかの嗚咽も止み、うつらうつらとし始めた。
止める事なく叩き続けていると、終にはの瞼が閉じて、規則正しい寝息が聞こえてきた。
無意識のうちに張り詰めていた気をほぐす。
と会う以前なら、絶対に考えられない事をしているのだから不思議だ。
昨夜この小さな手をとってから、何故だか守りたくなった。
確かに、秘められた天孤の力は強大だ。
だが、力があるからついたわけでもない。
晴明の妹だからか?
否、それも違う。
答えるに足る理由など見つからないが
「ずっと傍にいる。」
初秋だからといって、このまま外で寝かせれば風邪を引いてしまう。
起こさないように注意して、青龍は地面に降り立った。
着地の僅かな衝撃に、腕の中のが身動ぎする。
が、起きてしまう事はなかった。
そのままの部屋に連れていくと、大方太裳が言って用意していたにちがいない茵があった。
おろそうとしたが、小さな手がしっかりと肩布を握りしめているのに気が付いた。
「……仕方ない。」
茵に寝かせる事を諦めて、青龍はそのまま壁に寄りかかった。
膝の上に楽な体勢でを寝かせて、袿を掛けてやった。
こうしてやる事で、少しでも恐怖が拭えるなら。
安心して眠れるのなら、それでいい。
小さな、小さな体で、負けないように虚勢を張ってばかりでは、いつかは倒れてしまう。
だから、今は―――。
「ゆっくり休め。」
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完全に青龍が偽者になってしまったような・・・・・・(汗)
最近、ちょっとアニメ沿いっていいながら、かなりの捏造が入ってきました。
ごめんなさい。
私には無理です。。。。
諦めて、このお話しを中断するか考えたのですが。
そんな折、拍手のコメントに少年陰陽師に関するコメを頂きまして。
捏造万歳!になりますが、頑張って再開してみようという気になりました。
これからも、宜しくです。