「おや。あれは」


楸瑛の横を通り過ぎていく軒。
準禁色の紅を使っている事から紅家のものと解る。
が、この先にあるのは邵可様のお邸。

まさか絳攸が使うわけはないだろうし。
なら・・・紅尚書が?

首をかしげる楸瑛の遥か前方で停止した軒から降りてきたのは―――。
遠目でも解る親友の姿。
本人が聞いたら腐れ縁だと反論してくるだろうけど。
その親友が軒の中に手を差しだしている。
やはり紅尚書だろうか。
そう思ったのも束の間。
絳攸の手をとって降りてきたのは女性だった。
考えられない出来事に唖然と立ち尽くしている間に二人は邸の中へと消えていた。










「よく来たね、。」

穏やかな表情で出迎えてくれたのはこの邸の主、紅邵可だった。
は黎深に文を出すついでに、邵可にも訪問する旨の文を送っていた。

「ご無沙汰しておりました、邵兄上。」

は胸の前で両手を組み合わせての正式な礼をとった。

「本当に久しぶりだね。元気そうでよかったよ。」
「はい。邵兄様もお元気そうで。」
「ここじゃなんだから、入らないかい。さあ、絳攸殿も。」

邵可の言葉に促されるままに邸の中へと入った二人は今度は秀麗に出迎えられた。
と秀麗は、まだ邵可が紅州の本家にいる時に一緒に過ごしたきり。
だからは覚えているが、秀麗にとっては幼少の頃の記憶。
覚えているようで、覚えていない。そんな曖昧な記憶だった。

「覚えてないかしら。」
「すいません。」
「仕方ないわ。まだ小さかったのだし。でもこれからは宜しくね。」
「はい。・・・ところで、こんなに頂いていいんですか?」

そう言って、秀麗は絳攸から受け取った肉や魚や調味料がたくさん入った包みに視線を移す。
もとは鶏肉と葱だけだったはず。
だが、秀麗が菜を作ってくれると知ったが食材の追加をした。
倍以上に膨れ上がったそれにも目を向ける。

「いいのよ。気にしないで。」

にっこりと微笑んだとき、室の扉が開いた。

「旦那様、お嬢様、ただいま帰りました。」
「こんばんは。」

そう言って入ってきた人物を見た瞬間――声を聞いた瞬間――に絳攸の怒鳴り声が響いた。

「つれないねぇ。せっかく仕事を早く切り上げて来たというのに。」

やれやれとばかりに肩を竦める楸瑛に、絳攸の中で何かが音をたてて切れた。
楸瑛の視線からを庇うように立ちはだかり、爆発した怒りを遠慮なしにぶつける。

「何しに来た!!大体、今夜は宿衛だったはずだぞ。」
「代わってくれと頼まれたのでね。せっかく君が寂しがっているんじゃないかと思って、急いで来たというのに。そんな言い方はないんじゃないかい?」
「誰が寂しがるか!!!今すぐ回れ右して、とっとと帰れ!!」

朝廷随一の才人、『鉄壁の理性』と言われる絳攸の姿は何処にもない。

「残念。喜んでくれると思ったのにね。ところで、そちらの姫君は」
「誰が貴様に教えるか!この万年常春男ッ!!!」
「どういう風の吹き回しなんだい。女性嫌いの君が守るなんて。」
「うるさい!今すぐその無駄に回る口を閉じろ!!」

こうなるとまったくもって二人の世界の出来上がりである。
誰も話しにすら入っていけない。
いち早く我に返ったのは楸瑛と共に入ってきた静蘭だった。

「お嬢様?」
「え・・・ああ、お帰りなさい、静蘭。」
「はい。」

にこやかな笑みを浮かべた静蘭をはじっと見つめていた。






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