食事を終えた後、秀麗と絳攸は勉強の為別室へ移った。
もちろん楸瑛に怒鳴り声での置き土産をして。
「楸瑛!俺がいないからと言って、様に近寄るなよ。」
「君。一体私をなんだと思っているんだい?」
「決まっている。万年常春男だ。」
「やれやれ。酷い言い様だね。」
「そう思われる事ばかりしてるからだろおがッ!!」
そんな絳攸を見ていた秀麗が申し訳なさそうに口を開こうとした。
が、それより早く二人の間に割って入ったのはだった。
「絳攸、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。それより貴方はやるべき事があるでしょう?」
「解りました。ですが、くれぐれもその常春には注意して下さい。」
未だ心配色の消えない絳攸に笑顔を見せて、は二人を送り出した。
邵可も用事があると退席してしまった現在、この室にはと楸瑛と静蘭の三人が残った。
「お茶でも入れましょうか。」
例え様のない雰囲気を打破しようと手を叩いて、は茶器に手を伸ばした。
その手を止めるように重なる手。
「私がやりますので。」
やんわりと拒否されて、は肩を竦めながら手を引いた。
そんなの手を引き椅子へ座らせたのは楸瑛だった。
「それにしても、先代に姫君がいたとはね。」
「あまり表に出なかったから、知らなくてもおかしくないわ。」
「確かに。私も初耳です。」
静蘭は驚きに似た声音で告げながら、の前にお茶を差し出した。
旦那様に拾われてから今日まで知らなかった事。
自分が知らなくてもおかしくはないが、藍家の四男である楸瑛が知らないのは腑に落ちない。
流れるような漆黒の髪の下に、存在を主張するように輝く紫暗の瞳。
あれを私は何処かで見たような・・・。
「ねえ、静蘭。・・・静蘭?」
遠退いていた意識を呼び戻されて、慌てて返事をする。
それが可笑しかったのか、がくすりと笑った。
「どうしたんだい、君らしくないよ。」
「すいません、藍将軍。で、何か?」
「私にもお茶をくれないかな。」
「あ、すいません。どうぞ。」
静蘭が差し出したお茶を一口飲んだ楸瑛は改めてに向き直った。
値踏みするかのようにの上を滑っていく視線。
それに臆する事なく不敵な笑みを浮かべる。
先に降参したのは楸瑛だった。
「参ったね。さすが紅家の姫だ。」
どんなに探られても、値踏みされても臆さない。
先代の長姫なだけある。
それに絳攸の態度から察するに、紅州ではなくここ貴陽の別邸で現当主と生活しているのだろうね。
まったく面白い。
「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくわ、藍様?」
本当に不敵な笑みとはまさしくこの事かも知れない。
出生の秘密が明らかになった静蘭が時折見せる笑みに準ずるものがある。
楸瑛が内心舌を巻いていると、が戸惑いがちに口を開いた。
「あの・・・静蘭に聞きたい事があるのだけど。」
「なんでしょう。」
「貴方幾つ?」
質問の内容に唖然とするのは静蘭だけではなく、楸瑛もまじまじとを見つめた。
「不躾だって分かっているわ。でも・・・答えて貰えないかしら。」
「二十一になりますが。」
「本当に?」
疑問の言葉に、静蘭の瞳が僅かに眇られる。
いつかの宋太傅の言葉が脳裏を過った。
宋太傅には剣の型で見破られた。
なら、今目の前にいる彼女は何を知っている?
私が清苑公子である事実を知っている者は限られている。
ちらりと楸瑛を伺うと、「私は違うよ。」と態度が物語っていた。
なら・・・誰が?
それとも、考えすぎなだけなのか?
前を見ると、紫暗の瞳が自分を見つめている。
そんな彼女に、動揺を表に出さないように取り繕って再度頷いた。
それでも納得のいかない表情をしているはおもむろに立ち上がった。
「どちらへ?」
「兄様のところへ。」
短く告げて、は室を出ていった。
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