その日の午、吏部に在籍している官吏は皆生きる屍と化した。
他の部署も似たようなものだが、屍と化した理由が異なる。
連日のように照りつける太陽の暑さではなく、それはもう本来ならば喜ぶべき理由で。
が、ここ吏部に関しては例外といっていいだろう。
仕事をしない上司が、今日初めて出仕した玲吏部尚書代理のおかげで仕事をしだした。
そこまでは万々歳だったのが、何故か吏部尚書の機嫌が悪い。
ピリピリした、否、綺麗な笑みを浮かべては書翰に署名をしていく姿に全員があてられたのだ。
そして見事に部屋に溢れかえっていた書翰や書類は綺麗さっぱりなくなり、反対に官吏達の屍の山が出来上がった。
「ふん。たわいもない。」
筆を擱き、扇を広げ一扇ぎした黎深は目元を剣呑に細めた。
机案の上は見違えるほど綺麗になった。
なら、吏部を離れても文句は言われないだろう。
生きる屍を一瞥した黎深はパチンと扇を閉じ、吏部から出ていった。
向かうは――
「黎深。何しに来た。」
不機嫌極まりない声が出迎える。
それに臆する事なく、戸部の敷居をくぐった黎深は室内を見回した。
そこに居ると思っていたが居ない事に眉根を寄せる。
「を何処へやった。まさかこき使ってなどいないだろうな。」
「貴様こそ、に何をした。あれが私のもとに来るのは昔からそういう時だ。返答次第では連れ帰るぞ。」
声はくぐもり、表情は仮面の下で読めないが、怒っているのは間違いようがない。
黄尚書が仮面を被る以前からの付き合いである黎深は、その言葉が本気な事も解っていた。
「何もしていない。」
「黎深、私は誤魔化せないぞ。本当の事が言えないなら尚更だ。」
「ああ、そうそう。景侍郎、そこらの書翰を届けに出てくれ。」
戸部でもない黎深の言葉に、景侍郎は嫌な顔一つせずに立ち上がった。
「分かりました。では鳳珠、少し休憩させて頂きますね。」
仕事だと言って体よく人払いする意図をしっかりと汲み取った景侍郎は、適当な書翰を持って室から出ていった。
そして二人きりになったところで、黎深は一つ大きな溜息を溢した。
「が兄上の邸に行った。」
「清苑公子の存在を知ったのか。」
「ああ。どうして隠していたのかと詰め寄られた。」
「ふん、自業自得だ。」
「はまだ傷が癒えてなかったんだ。隠しているのが妥当じゃないか。なのに、が口を聞いてくれないんだ。
私のこの悲しみが分かるか?あぁ、このまま嫌われたら・・・考えるだけで私は・・・〜ッ。」
しまいに頭を抱えて蹲る黎深に、氷の長官の異名は掻き消えている。
「まったく、このバカをなんとかしてくれ。」
「バ、バカとはなんだ!」
「兄姪もそうだが、の事となると見境なくなるヤツにバカと言って何が悪い。」
「な!兄上と秀麗は私にとって」
むきになりかけ、逆に笑み崩れかけた黎深を鳳珠の冷たい声が遮った。
「何故ここにいる。」
「いや、だからを」
「仕事はどうした。」
「終わらせたにきまっている。」
「府庫にでも行っていろ。」
「鳳珠、冷たいんじゃないか。兄上のところに行きたいのはやまやまだが、」
「なら行け。」
表情を変える事なく淡々と述べる鳳珠に違和感を覚えた黎深は後ろを振り返った。
そして暫し固まる。
戸部の入口に探していたが立っていたからだ。
その手には、つい先程鳳珠が口にした言葉が書いてある紙を持っていた。
鳳珠がそれに気付いて、の代わりに黎深を問い詰めていたのだ。
「。わ、私は・・・」
「見苦しいぞ、黎深。は私が連れ帰る。」
「何を言う!私はちゃんと仕事を終わらせてきたんだぞ。それに、そういう事は自身が決める事だ。」
「よかろう。、どうする。」
二人に見つめられたは―――
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すいません。(汗)
ヒロイン、最後しか出てきてないですね。しかも!喋ってないし・・・。
でも、まあ、黎深と鳳珠に想われて下さい。